3-2

 馬上の人は両手を広げていた。右手はライフルの銃身を握っている。乗っていたのは、目の覚めるような青い服に身を包んだ若い男だ。初めて見る色だったけれど、形は騎兵隊の制服だった。

 彼の乗ったソートが歩調を緩めた。

「どうか銃を下ろしていただきたい。こちらに戦闘の意志はない」

 騎兵隊員の言葉を信じたのか、〈名なし〉は銃を収めた。

「アン=モーゼス嬢とお見受けします」騎兵隊員は言った。「私はヒース=ミラー。所属は第七騎兵隊です」

 生憎と騎兵隊員の知り合いはいなかったし、訪ねられる心当たりもなかった。わたしは腰を上げたもの、どう返事をしたものか迷っていた。すると、馬を下りた相手の方から「お父上のことで話があって参りました」との言葉が出た。

「ブッツァーティという男をご存知ですね?」

 眼を見開いたのが、自分でもわかった。

「私はヒンクストン・クリークから奴を追ってきました。追跡命令です」

「あの男が何かしましたの?」

「殺人です。代議士とその妻を殺しました」

 今さら驚きはなかった。あの男であれば、相手が誰であろうと躊躇なく引き金を引ける筈だ。たとえ相手が丸腰だとしても、自分の気にそぐわなかったら撃ち殺す。父の他に被害者がいたとしても、何ら不思議ではない。

「それはいつのことです?」

「四ヶ月前の夜でした。事件が発覚した時には既に奴は逃亡していて、足取りを掴むまでに時間が掛かってしまった。ようやく、ワイルダーにあるあなたの家の牧場に辿り着いたのですが、そこでも手遅れでした」

 四ヶ月前といえば、丁度ブッツァーティがうちの牧場へ来た時期だった。あの男は殺人を犯したその足で、わたし達の家に踏み込んできたのだ。

「あなたのお母様に聞きました。お父上のこと、大変気の毒でした」

「いえ……」

 もし、ヒンクストン・クリークで奴が捕まっていたら――。

 不毛だとはわかっていても、考えずにはいられなかった。そして一度そちらへ考えが傾くと、目の前の騎兵隊員が無関係だとわかっているのに憤りを覚えてしまうのだった。

「私の任務は奴の捕縛です。ヒンクストン・クリークへ連れて帰り、裁判に掛け、然るべき方法で罪を償わせます。ですから、どうかご安心を。あなたは〈フロンティア〉を出るべきだ」

 わたしは顔を上げた。

「それは、何に対する罪ですか?」騎兵隊員を真っ直ぐに見つめた。「父の殺害は、そこに含まれているのですか?」

 彼は口ごもった。

「わたしは、わたしの父を殺害したことであの男が断罪されることを願ってきました。ですが、誰もその望みを叶えてくれそうにない。わたしがここにいるのはそのためです」

「自分自身の手で、あの男を討とうと?」

 わたしは頷いた。

「無茶ですね。相手が悪すぎる。ブッツァーティは人を人と思わずに銃を撃てる人間です。あの男には善悪といった根本的な価値観は備わっていない。その上、銃の腕前は人並み以上と来ています。無謀というほかないでしょう」

「そんな男でも、騎兵隊員であれば一人で捕まえられると?」

「正直言って自信はありません」ヒースと名乗った男は首を振った。「途中で助っ人を雇うつもりでした。尤も、この辺りでは荒くれ者か、荒くれ者で且つカルヴィーノ一家の息の掛かった者としか出会えていないのですが」

「それで、一旦〈フロンティア〉の外へ出ようとわたしたちを追ってきたのですか?」

「いえ」彼は切れ長の眼を〈名なし〉へ向けた。「アイゼンの街で、丁度耳よりな話を聞きましてね」

 騎兵隊員の目的を、わたしはようやく理解した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る