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 宿での夕食を終えてから、再びサルーンへ向かった。女主人は良い顔をしなかったけれど、わたしの「どうしても行かなければならない」という言葉に最後は口を噤んだ。

 酒場は昼間よりも賑わっていた。はっきりいえば騒々しかった。昼間には聞こえなかったオルガンの音が微かに聞こえ、それを塗り込めるように男たちの粗野な笑い声が満ちていた。

 バーテンダー氏と眼が合った。わたしの姿がそこにあることで大体の事情を察したらしく、「やれやれ」とでも言いたげな顔で首を振った。わたしと、頼りにならない郡保安官殿の両方に対しての諦念なのだろう。わたしはあからさまに肩を竦めてみせ、それから店の中を見渡した。

 選択肢はたくさんあった。選びたくなるようなものは皆無だったけれど。それでも最低一つは選ばなければならないと思った。己の非力を認めるぐらいの冷静さは、わたしの中にも残っていた。

 意を決し、なるべく静かに飲んでいる男に近付いた。カウボーイ風の、そうした人種にしてはちゃんとした身なりの人物だった。だけど彼には梨のつぶてにされてしまった。いきなり声を掛けてきた年端もいかぬ娘に何か厄介事の臭いを感じたのか、野良犬でも払うような反応だった。あまりしつこく食い下がっても余計に怪しまれるので、程々のところで切り上げた。わたしは周囲を見回し、同じような類いの人物を探した。

 四人目ぐらいにもなると慣れてきて、口も回るようになった。一言目から取り付く島もなかった男たちは徐々にわたしの話へ耳を傾けるようになり、やがてわたしが声を掛けずとも、客から客へとわたしの用件が伝聞される状況が出来上がった。

 命知らずのブッツァーティを追っている娘がいる。彼女はその追跡の付添人を探している。報酬は弾むらしい――。喧噪の合間から、そんな話題が聞こえるようになった。

 尤も、男たちの口にわたしの話が上っても、実際に声を掛けてくる者がいるかは別問題だった。結局ほとんどの場合が酒の肴として消費されるだけで、彼らが真剣に行動を起こすかどうかを考えるまでには至っていないようだった。

 気長に待つことにして、わたしはカウンターの空いた席へ掛けた。バーテンダー氏がまた、ミルクを出してきた。

「決意は固いようですね」彼は言った。

「この街へ来た時から、気持ちは少しも変わりません」わたしはミルクに口を付けた。「もし誰の手も借りられないようなら、一人でだって行くつもりです」

「この先には道らしい道もありませんよ?」

「これでも牧場の娘です。何もない中を馬で走るのには慣れています」

「なるほど」

 別の客に呼ばれ、氏はそちらへ行ってしまった。わたしは一人で、ミルクをちびちびと飲み続けた。

 道なき荒野をソートで駆ける自分の姿が頭に浮かんだ。

 真っ赤な、不毛な大地。先ほどはあんなことを言ったけれど、わたしの故郷と〈フロンティア〉とでは、環境が明確に異なった。わたしが慣れているのは草原で、こんな砂と岩しかないような世界ではない。勝手が違うことは、少し考えればわかることだった。

 けれど、引くわけにはいかなかった。わたしは渡ってきた橋を自ら落とし、前に進むしかないのだった。

 不意にミルクの入ったグラスが影に覆われた。

 顔を上げると傍らに、男が立っていた。

「ブッツァーティを探してるっていうのは、君かい?」

 ステットソンハットを斜めに被り、首には青いバンダナを巻いた、絵に描いたようなカウボーイだった。彼はわたしの隣にいた客を押し退けるようにして、カウンターに肘を突いた。

「よかったら手伝わせてくれないか」

「本当に?」わたしは言った。

「報酬は出るんだろうね? 何せ危険な相手だ。タダというわけにはいかない」

「百ビット」と、わたしは答えた。「まず前金として五十、それから成功報酬として残りを払うわ」

「随分とお金持ちだな」男が笑う。

「必要経費よ。会社として、どうしても必要な」

「いいだろう。乗った」

 手が差し出された。握る前にわたしは、彼を見上げて訊ねた。

「ブッツァーティの居所を知っているの?」

「ああ。知り合いに奴と繋がっている男がいる」

 わたしは彼の眼と、節くれ立った手を交互に見た。噛み煙草だろうか、口元は絶えず動いていた。

 贅沢を言っている場合じゃないことは承知していた。

 けれど、契約成立を阻止する何かが頭の奥にあった。

 男は首を傾げた。握手に応じないわたしに、焦れだしたのだ。わたしはわたしで、己の本能に従おうと決め掛けていた。

「悪いけど――」

 言おうとしたところで、握手を求めていた手が翻った。アッと思う間もなく、それはわたしの二の腕に指を食い込ませてきた。

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