第13話

「こんにちは、メイヴィス嬢」


 迎えに出ると、オズワルドが柔らかく微笑んだ。


 前回会ってからは10日ぶり。今日は私の家で、来月王城で行われる舞踏会に着て行くドレスを仕立てる。

 先日きた手紙の返事の内容に困ってつい「もうすぐ仕立屋が来ます」と書いたら「僕も一緒に選びたいです」と返ってきた。


 どう断ろうかとカーラに話していたらうっかり兄に聞かれ、無言の圧力をかけられてしまった為に今に至る。


「まぁまぁまぁ、今日は素敵な殿方もいらっしゃるんですね」


 仕立屋のマダム・グレースがオズワルドを見て弾んだ声を上げる。

 その見目の良さに喜んでいるのではなく、彼が公爵家の嫡男だと知ってのことだ。


「貴女がいつも彼女の素敵なドレスを仕立てておられる方ですね。出しゃばってしまって申し訳ない、初めて一緒に行く舞踏会だから僕も口を出させてもらいたくなってしまって」

「出しゃばるだなんて!メイヴィスお嬢様のパートナーでしたら大歓迎ですわ」


 いつも以上にニコニコしながら、マダムが色とりどりの布や糸、飾りのモチーフを机に並べる。

 それから前回から私の体型が大きく変わっていないかチェックをして、ドレスの見本絵をアンとカーラに渡した。


 見本絵にはマダムが今まで作ったドレスが書かれていて、その中から好きなドレスを選べば私に会うように作ってもらえる。

 正直そこまでドレスに興味が無いので、他のメイドにいくつか選んでもらってから自分で決めている。


 今日も楽しそうに話し合う彼女たちを見つめていると、隣に座っていたオズワルドが机の上の布に触れた。

 その姿を見て、今日のミッションを思い出す。


「オズワルド様はいつもご自分で仕立屋を?」

「いいえ。今まであまり興味が無かったので、殿下に任せっきりでした」

「まぁ、殿下が?」


 100%その名前が出るのをわかってて話を振ったのだけど、こうも上手くいくものかと頬が緩んだ。


「生地の研究が殿下の趣味の一つなんです。手触りがどうとか伸縮性がどうとか、僕にはさっぱりですが」

「先日までの留学もその関係で?」

「それもありますが、一番の目的は語学です。留学先のコロメ王国で主に使われている言葉は発音がとにかく難しくて。殿下はああ見えて負けず嫌いなので、どうしても完璧な発音に近づけたい、と」

「まぁ、勤勉な方なんですね」


 私はわざとうっとりとした表情を浮かべた。

 ……これで合っているんだろうか。考えてみれば、そもそも誰かに対して好意を持ったことがないし嫉妬したことも無いから正解がわからない。


 オズワルドは私を見ると、悪戯っぽい笑顔を浮かべた。


「ここだけの話、サーシャの為なんですよ」

「サーシャ様が?」


 サーシャはバレンタイン公爵家の令嬢で、王太子の婚約者だ。

 何度か話したことはある。気さくで快活な少女だが、その一方で王太子妃としての威厳を感じる。

 敬称をつけないということはオズワルドとも仲が良いのだろう。


「彼女がコロメ王国出身の楽師にかの国に伝わる歌を気に入って、それを殿下が練習して歌ってみせたんですがサーシャは「そんなんじゃない」ってバッサリ切ってしまって」

「まぁ」

「よくあることなんです。この間も茶会中にサーシャが──」


 突然、オズワルドがパシッと手で口を抑えた。


「すみません、サーシャ……嬢は、幼い頃からの友人の1人でして、身分は違いますが、その」


 あぁ、王太子妃に横恋慕してると勘違いされるとでも思ったのか。

 私的な場での王太子やサーシャの話が聞けて少し楽しかったのでがっかりしてしまう。


「お気になさらず。ご友人に敬称をお付けしないのは自然なことですよ」

「いや…………はい」


 なぜかオズワルドが曇った表情を見せるのを不思議に思ったが、私は今日の目標が上手く達成出来ていないことに表情を曇らせた。

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