第12話

「え!?それってつまり、オズワルド様にわざと嫌われて婚約破棄をしてもらおうってこと!?」

「クレア、声が大きいわ。外に聞こえちゃうわよ」

「ごめんなさい、でもそれって、相当まずいんじゃないの?」


 オズワルドとの婚約が結ばれてから数日後、劇場で見られた後にやはり噂になっていたようで、友人の伯爵令嬢クレア・スペンサーに呼び出された。

 彼女は社交界で唯一、私の夢を知っている人間だ。


「婚約者としての最低限の務めは果たすわよ。ただ、この人と結婚するのは嫌だなって思ってもらうだけ」

「そうは言っても簡単なことじゃないでしょう?一体どうするつもり?」

「今日はそれをクレアに相談しようと思って」

「私と話して参考になるかしら。何か間違ったことを言って、メイに不利益が生じない?」


 クレアが眉を下げる。

 2歳下の彼女はカーラやアンよりも心配性だ。


「大丈夫よ。あのね、あなたが普段、カルバンとどう過ごしているのか聞きたいのよ」


 カルバンは伯爵家の息子で、クレアの婚約者だ。

 2人は婚約当初からずっと仲が良く、お互い惹かれ合って一緒にいるのがすぐわかる。

 彼女たちの話を聞けば、円満の秘訣がわかるに違いない。

 オズワルドと仲良くしたくないのであれば、逆のことをすれば良い。


 そう話すと、クレアはため息を吐いてから話をしてくれる。


「普段からお互いに心掛けていることで言えば、それぞれの話をよく聞くことね」

「話し合いをするってこと?」

「話し合いだけじゃなく、普段のちょっとした会話もよく聞くの。どんなものを見てどんな風に思ったのか、何を食べて美味しいと感じたのか」

「なるほどね、他にはある?」


 クレアが内緒話をするように、私に顔を近づける。


「……私は彼に、他の女の人の話を振らないようにしているの」

「あら」


 可愛らしくて思わず笑ってしまうと、クレアは頬を赤くしてむすっとした表情を浮かべた。


「大事なことなのよ。男女の争いの最たる原因は少しのすれ違いと嫉妬なの」

「ふぅん。まぁでも、私の婚約者が私に嫉妬するのは難しいかもしれないわね。クレアたちみたいに恋愛感情は無いし」

「でも、自分の婚約者が他の異性を褒めてたら誰だって嫌な気持ちにはなると思うわ。自分を褒めないなら尚更ね」

「じゃあ、次に会う時はそうするように心掛けるわ」


 そろそろ夕食の時間が近いので、我が家の馬車を用意してもらう間、クレアとカルバンの惚気話を聞く。

 こんな風に運命的な出会いを果たす2人もいれば、私のように逃げようとする人間が出てくるのだから政略結婚という仕組みはなかなか面白い。


 帰り際、クレアにお礼を言うと彼女は私の腕を引き、耳元で囁く。


「ねぇ、本当にやるの?相手はあのリード公爵家の嫡男よ。怒らせたらどうなることか……」

「そんなに心配しないで。問題を起こして修道院に行けなくなったら本末転倒だもの、やり過ぎないように注意するわ」


 そう言っても不安げな表情のままのクレアに微笑み、私は馬車へ乗り込んだ。

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