第11話
先に席に着いていた兄は、食事には手を付けずに書類を読んでいた。
忙しいのだから食べれば良いのに、いつも一緒に食事をする時はこうして私を待つのだ。
私が先に食べていると物凄く不機嫌になるから、私も待たなくちゃいけない。
「お兄様、食卓に仕事を持ち込むのは無作法ですよ」
「サインするだけだ」
そう言いながら書類を読み続ける。
むかつくけど、この後のことを考えるとここで怒るのは得策ではないので黙って待つことにした。
ようやく食事が始まると「どうだった」と聞かれる。
「それなりに楽しめました。オズワルド様は私の意見を聞き入れて、婚儀は再来月以降に行うように公爵に打診してくださると」
「なんだ。乗り気じゃないか」
鼻で笑う兄に引きつった笑みを返す。
「そんなんじゃありません。誰かさんが脅しをかけてきたので、保険をかけたまでです」
「少し期限を延ばしただけだな。来月になったらまた同じことを繰り返すのか?」
「まさか。問題を解決するために必要な時間を確保しただけです」
「では次は?オズワルドに婚姻は嫌だとでも言って泣きつくか?」
挑発したような言い方だけど、ここで兄のペースに乗せられてしまっては負けが確定してしまうので堪える。
オズワルドには泣きつくどころか、婚約を破棄しようとしていることを知られるわけにはいかない。
婚約破棄は貴族の恥だ。
婚姻が嫌で逃げようものなら相手の家に拉致されたり、自分の家族に監禁されたりすることもあると聞く。
兄が私を監禁などしないと信じたいけど、公爵家がどう出るかはわからない。
あの優しそうなオズワルドだって、私の考えを知れば態度を急変させるに違いない。
残される兄や家のことを考えると、なるべく穏便に済ませたい。
「お前が何を企もうと、この話を蹴ることなど出来ないと思うがな」
「そうですね。数年後に無くなろうとしている辺境伯家が、あのリード公爵家に申し出るのは私も難しいと思います」
私が何を言おうとしているのか察したのか、兄は私を睨みつけた。
「無駄なあがきはやめろと言ったはずだ」
「無駄かどうかはやってみないとわかりません」
「オズワルドが自分からお前との婚約を破棄することは無い。絶対にだ」
「なぜ言い切れるのですか?向こうだって私へ特別な感情は抱いていませんでしたよ」
しばし睨み合う。
私から婚約破棄をすることも出来ないし、兄を説得させるのは不可能だ。
ならば、相手側にやってもらうしかない。
辺境伯の地位を返上しようとしている兄が家の名声など気にしてるわけもないし、私が公爵家に婚約を破棄されたショックで修道院に入ったことにすればむしろ同情が得られる。
肉親よりも他人の方が心を動かすのは簡単だと教えてくれたのは他ならぬ兄だ。
「オズワルドはお前が思っているより単純な人間じゃない」
「お兄様は無駄だとおっしゃいますか?」
「そうだな。無駄だ」
「では、お兄様が止めるまでもないですわね。婚儀の日まで、私のやろうとすることに手出しはしないと約束してください。そうじゃないと、もっと無駄な行為を繰り返すことになります」
兄が恨めしそうに私を見て頷いた。
これで朝の借りは返せたことにしてやろう。
朝の短い時間で考えたわりには、予想以上に上手くいく計画が立てられた。
やっぱり今日は良い日だ。
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