第10話

 家に戻りオズワルドと別れて、私室でアンにお茶を淹れてもらう。

 兄が帰るまでまだ少し時間がある。


 外出中の出来事を話すと、アンは不思議そうな顔をした。


「なんだかあまり……その、貴族の方のお出かけっぽくはないのですね」

「そう?まぁ確かに、大衆向けの食事をするとは思わなかったわね」

「それもそうですけど、食事と観劇って、庶民の定番のデートコースですよ」


 デート、と言われてなんだか否定したくなる。

 そんな甘い響きの外出ではない。


 アンは実家は農家で、14の時から奉公に出ている。

 3年間は老齢の伯爵夫人の屋敷で働き、主人が亡くなった後に辺境伯家にやって来たのが今から1年前だ。

 彼女はどうも、貴族社会に対して憧れのようなものを抱いているらしい。


「アンの思うコースは?」

「えーと、従者を振り切って二人で変装して街中を手を繋いで歩いたり……」

「あら、アンは私が従者から逃げると思ってたの?」

「え!?違います違います!その、ロマンス小説の中ではよくあるんです。平民からしたら、常に監視されながら行動するのは息苦しいですから」


 息苦しいと聞いてもぴんとこない。

 私は基本的に寝ている時間以外は常に誰かがそばにいる。

 仲の良い令嬢は散歩や読書中は一人になれないと嫌だと言う子もいて、私の話を聞いて驚いていた。


「私はあまり知識は無いけど、食事も観劇も親しい間柄ならよくするわよ」

「そうなんですね。そう考えると、今日のデートは1回目としては完璧ですね、庶民的には」

「完璧?」

「はい。新鮮な体験をすることで印象に残りやすいですし、歌劇で自分がどんなものが好きなのか知ってもらうこともできますし」

「なるほどね」


 確かに、あの街に行く度、『精霊王の帰路』を読む度、今日の出来事を思い出しそうだ。

 ──初めて一緒に出掛けるので、思い出に残る体験をしていただきたかったんです。

 オズワルドもそんな感じのことを言っていた気がする。


「ごめんなさい、お嬢様。無理はなさっていませんか?」


 アンが眉根を下げた。

 恐らく今朝の私の荒れ模様を思い出したのだろう。


 私は安心させるように微笑む。


「大丈夫よ。今日は悪くない一日だったし、これからのことはお兄様とちゃんと話すわ」

「あの、お嬢様」


 アンがまた何かを言おうとしたところで、ノック音が響いた。

 返事をするとアンが扉を開ける。


「お嬢様、旦那様がお帰りになったので、お食事にしましょう」


 何を言おうとしたのかと聞こうと思ったけど、アンは私に食堂へ促した。

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