第8話
劇場は王都のものより一回り小さな建物だった。
この国では貴族も庶民も皆劇場へ足を運ぶ。
観るものは別だから一緒に観るわけでは無いけど、建物自体は同じだ。
今日観る歌劇も貴族向けなので、建物に入ると貴族しかいない。
劇場は私的な場とされているので、互いの身分に関わらず会釈以外の挨拶は控えるのが暗黙の了解だ。
それでも周囲の人間が私たちに話しかけたそうな素振りを見せる。
当然だ。
公爵家と辺境伯家の男女が辺境伯領内にある劇場で一緒にいるのを見れば誰だって気になる。
明日から、いや、今日の夜から私たちのことが噂になるのだろう。
用意された席が後ろの方でほっとする。
見やすいのは前の席だけど、きっと背後からの視線で集中出来なかったはずだ。
今日観る演目は『精霊王の帰路』。
人間との長い戦争に話し合いで終止符を打った精霊王が、これで良かったのかと悩みながら帰る途中、様々な生き物に感謝されて迷いを打ち消すという話だ。
元である童話は私も読んだことはあるけど、歌劇で観るのは初めてだった。
「僕はこの演目が一番好きなんです」
「オズワルド様は歌劇はよくご覧になるのですか?」
「幼少期は母に頻繁に連れて来られていました。でも裏切りだの悲恋だのはどうも苦手で。ここ数年は何かと理由をつけて避けてしまっていますね。今日も久々に観ます」
オズワルドが言うように、歌劇の演目は暗い話が多い。
特に切ない恋の話は女性に人気で、運命的な出会いをした二人が最後の最後に自死を選ぶなどはよく見られる。
『精霊王の帰路』は盛り上がりに欠けると言われているらしいけど、血生臭い話よりよっぽどいい。
「女性と一緒ならば恋物語の方が良かったかもしれませんが、今の僕たちには縁起が悪いような気がして」
オズワルドが苦笑する。
確かに、最後に恋人を失ってしまうような話を婚約者同士で観るのは躊躇われる。
「メイヴィス嬢は、何の演目がお好きですか?」
「そうですね、私は」
言おうとしたところでブザーが鳴り、口を閉じた。
正直に答えるべきかどうか迷っていたのでありがたい。
私が好きな演目は『エルメラ』。
ある国の騎士と王女が恋に落ちるが、それを知った国王の怒りに触れ、王女は大国との婚姻を結ばれてしまう話だ。
王女が国を発つ日、騎士は王女が乗っていた馬車を襲って彼女を修道院へと逃がす。
修道院に保護されて修道女となってから数日後、騎士の訃報を聞いた王女は「もう誰も愛さない」と神の前で誓うのだ。
若い女性に人気の演目だから答えてもおかしくは無いのだけど、好きな理由を聞かれてしまうと困る。
「修道院や讃美歌が出てくるから好きです」とは言えないのだから。
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