第7話

「……どう、とは?」

「正直に言いますと、私は納得していませんの。何しろ、今朝聞いたばかりなんです。婚約まで済んでいると」


 オズワルドが目を見開く。


『お嬢様、諦めてはいけません。今日オズワルド様にお話しして、せめて婚儀の日を延ばしてもらいましょう』


 アンに言われた通り、私は諦めてなどいない。

 これがただの政略結婚であるならば、まだ切り抜ける道はあるはずだ。


「婚姻は両家にとって非常に重要なことなのに、今回のお話はあまりに性急すぎると思いませんか?せめて両家のお顔合わせが先にあっても良かったのではないか、と思うのです」

「……申し訳ない。父は多忙で、王都の邸宅にもなかなか帰れていなくて」

「決して公爵家様を責めているわけではありませんのよ。でも、もう少しゆっくり進めても良かったのでは、と思っているんです」


 オズワルドは視線を膝に落とし、何事か考えているようだった。

 私は構わず話を続ける。


「お兄様なんて、早ければ来月にでも婚儀を執り行うと言ってましたの。いくらなんでも急すぎて、私の準備も時間も足りません。オズワルド様だって、帰国されたばかりで婚儀なんて慌ただしくてお休みを取る暇もないでしょう?せめて来月くらいはゆっくりしていただいた方が良いと思うんです」


 二ヶ月。たった二ヶ月で良い。

 私の誕生日である二ヶ月後以降に婚儀を延ばせれば、少し余裕が出来る。

 それまでに兄を説得するか、出来なくても17になったからと言って家を出てしまえば良い。


 兄は『破棄する』と言っていたけど、あんな一方的な宣言は無効だ。

 約束は果たされる為に存在している。


 オズワルドが顔を上げると、一瞬だけ目が合った。

 真剣な顔の彼は、天使より騎士と言った方がしっくりくる。


「確かに……あなたの言う通り、時間は足りていませんね。わかりました、婚儀は再来月以降で調整するようにしましょう」


 喜びのあまり緩みかけた頬を引き締め、神妙な顔で頷いた。


 今日の食事が二人きりなのは幸運だったかもしれない。

 兄や公爵がいればこんな簡単にはいかないだろう。


「ありがとうございます、オズワルド様」


 歌劇の時間が近づいていると言うので店を後にして、再び馬車へ乗り込む。

 劇場は街の反対側だ。


 ここへ来た時より気持ちがいくばくか軽い。

 本当の戦いはここからだけど、大事を成すには小さな勝利の積み重ねは欠かせない。

 まずは一つ。


 街の教会の鐘が鳴る。

 自然と背筋が伸びる音だ。

 窓の外でも鐘の音を聞いて祈りを捧げている少女が見える。


「先程の質問ですが」


 馬車に乗ってから黙っていたオズワルドが口を開く。

 視線を向けると今度はしっかりと目が合った。

 海のような深みのある青色は、見つめていると引き込まれそうな強さがある。


「僕はこの婚姻を、非常に喜ばしいものと思っています」


 そう言うと、視線を逸らしてしまう。

 何だかそれがもったいなく感じて、私は何も返せなかった。

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