第5話

「良い香りのお茶ですね。飲むのは初めてです」

「雪山でしか育たない花のお茶ですの。お口に合えば良いのですが」

「……うん、すっきりしていて美味しいです。これなら食事中にも飲めますね」


 オズワルドがにっこりと微笑むので微笑み返す。

 男性にしては柔らかい言葉遣いをしている。


「今日は昼食の後、歌劇を観に行こうかと思っています」

「まぁ、楽しいです」

「良かった。歌劇がお嫌いだったらどうしようかと心配していました」

「ふふ。まさか」


 まさか劇場より教会の方が好きですとは言えない。


 しばらく他愛もない会話をして「そろそろ行きましょうか」というオズワルドの声掛けで馬車に乗り込む。

 馬車の中でも会話は続くが、私はほとんど相槌ばかりだ。


 歳も身分も近いから共通項が多いのもあるけど、オズワルドは話が上手くて話題が途切れない。

 1年も国を離れていたというのに、彼はこの国での出来事をよく知っていた。

 領地からほとんど外に出ない私よりもよっぽど詳しい。


「最近、城下で食事をとるのが流行っているのは知っていますか?」

「城下で?初めて聞きました」


 私は目を丸くする。

 この国では貴族が食事を出来る場所は限られている。

 私自身、自宅と社交の場でしか食事をしたことはない。

 友人との私的な茶会も、お互いの家に招き合ったことしかなかった。


 城下は平民のテリトリーだ。

 劇場や仕立て屋、宝飾品店などに赴くことはあるが、貴族でも食事が出来る場所があるなんて聞いたことがない。


「今日はそれを体験していただきたいなと」

「では、今日は王都へ?」

「いいえ。知人に頼んで、辺境伯領内で。辺境伯にも許可はいただいています」

「お兄様が……」


 兄が知っているのなら何も問題は無いだろうけど、見当もつかないので不安になる。

 そもそも婚約者との初めての食事にしては少し飛ばし過ぎではないだろうか。

 態度に出ていないだけで、オズワルドも急に婚姻が決まって戸惑っているのかもしれないけど。


 馬車は街の中に入って行く。

 領内なのでもちろん知っている街だ。

 国境に特に近く、他国からの旅行者や王都へ目指す商人で賑わっている。


 馬車は街のはずれにある建物の裏で止まった。


「お手をどうぞ」


 オズワルドに差し出された手を取ると、少しだけ強く握り返される。

 馬車を降りてからすぐに手を引っ込めたが、気にする素振りも見せない。


 やっぱりね、と私は確信に近いものを抱く。

 恐らくオズワルドも私への恋愛感情など無く、家が決めた相手だから私にこうして会いに来たのだろう。


 彼の会話は当たり障りのない話題ばかりで、婚約者や恋人と話すものとしてはどうも味気ない。

 それに、二人きりになってからずっと目が合わないのだ。

 私の方を見てはいるけど、視線はいつも少しずれている。


 もちろん悲しみなんて湧かない。

 彼も私と一緒、それだけのことだ。

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