第3話

「お嬢様、お召替えを致しましょう」

「嫌よ。気に入られる為に着替えるなんて絶対に嫌」

「ではせめて香だけでも」

「嫌だと言っているでしょう」


 カーラを睨むと、肩を竦められる。


 水を被ったお兄様はただ一言「その服は地味だ。着替えておけ」と言って食事を終えた。

 私も怒り狂いながら私室に戻ったけど、着替える気なんて起きるはずもない。


 貴族の娘が親しくない男性と結婚させられたり、夢を諦めさせられたりすることはよくある話だ。

 友人の中には二十も歳が離れた男の下へ嫁いでいった娘もいた。

 本当は異国で暮らしたいと呟いた娘もいた。


 オズワルドとの縁談は幸運だ。

 彼は家柄だけでなく、見目も良いし私と歳も近い。

 性格はよく知らないけど、悪い評判は聞かない。

 王太子の傍に常にいるということは、王家にも認められた優秀な人材だという証明でもある。


 それでも長年の夢が、叶えられると思っていた未来が急に閉ざされた絶望感を慰めるにはあまりにも足りない。


「失礼します、アンです」


 部屋の外から声がして、使用人のアンが入って来る。

 彼女の手にある盆にはスープが乗せられていた。


「お食事が途中でしたので、スープを温めなおして来ました」


 さぁお嬢様、と言ってアンは私にスプーンを持たせる。

 ここで飲まないとカーラが怒るとわかっているので、大人しく口に運んだ。


「アンもカーラも、今日のことは元々知ってたんでしょう」


 私の恨めしそうな声に、二人は顔を見合わせて困った顔をした。


 知らないわけないのだ。

 アンは今朝、私をいつもより早く起こしていつもより丁寧に化粧を施していた。

 カーラも昨日の夜、やたら口うるさく夜更かしするなと言ってきていた。


 思い返せばここ数週間、使用人たちはやたらと私に優しかった。

 てっきり、近づく別れを惜しんでいるんだと思っていたのだけれど。


 観念したようにカーラが頷く。


「公爵家から頻繁に書簡が届いておりましたので、お嬢様に縁談が来ているのは存じ上げておりました」

「でもお嬢様、誓って私たち、既にご婚約が済んでいるなんて知りませんでした」

「そうね。アンが私に隠し事をしていたら気付かないはずないもの」


 アンが私の傍に跪き、両手を握りしめる。


「お嬢様、諦めてはいけません。今日オズワルド様にお話しして、せめて婚儀の日を延ばしてもらいましょう」

「アン、なんてことを言うの!お嬢様、申し訳ありません。すぐに下がらせます」

「だってあんまりだと思いませんか!」


 アンの丸い瞳に涙が溢れる。


「お嬢様はずっと旦那様を支え続けていたのに、きちんとした説明もなく約束を破って結婚を命じるだなんて!」

「泣かなくて良いのよ、アン。私の為にありがとう」


 気持ちが昂っているせいか震えるアンの体を抱きしめる。

 いつも明るい彼女が泣いているのは初めて見た。

 カーラも何かをこらえるように、唇を噛んでいる。


「今日の食事会が終わったら、お兄様のお顔をはたいてやるから、気にしなくて良いわ。ごめんなさい、私がわがままを言ったから、悲しくなってしまったんでしょう」

「お嬢様、私たちは」

「もう良いの。何も謝らないで。さぁ、ドレスを選びましょう。ぐずぐずしてるとまたお兄様に嫌味を言われるわ」


 何か言いたげな二人を見て、私は微笑んだ。


「私は大丈夫よ。大丈夫」

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