第15話 過去の僕の話 〜桜咲ク、僕ハ散ル〜
———— 高校一年生の僕
電車に乗って、約十分歩いた所に僕の入学する高校はあった。
たくさんの男子が、ちょっと大きい制服を着て学校に入っていく。もうすでに、部活の勧誘の列があった。高校はどうしようかな、吹奏楽でもいいけど、ちょっと別の世界も見てみたい気もしちゃう。
クラス分けの表を見ると、僕は一年B組だった。教室のドアを開けると、十人程度もう席に座っている状態だ。
「お、今度はイケメンやな」
窓側の方に座っているツンツン頭の男子がそう言った。
「どうも」
「席順、黒板に書いてあるから、そこに座れゆうてたで」
前の黒板を見ると、担任の先生らしい人の『入学おめでとう』と、出席番号順に書かれた席順だった。笹島・・・・・・笹島・・・・・・あ、あった。左から三列目の、一番後ろ。見ると、ツンツン頭の隣だった。その席につくと、ツンツン頭は目をまん丸にして僕を見る。
「ここなん?」
「あ、うん」
「……悠哉?」
ツンツン頭は、目を輝かせて僕の机に身を乗り出してきた。
この顔、そして関西弁。
「英司?」
「せや! うわマジかー!」
と、ツンツン頭は僕の手を掴んでぶんぶん振る。
小学校の頃、杉の木で一緒に遊んでいた英司だ。小学校は違った近所の子だったから、あれからあまり会わなくなっていた。和水と連絡は取ってたみたいだけど。まさか、一緒の学校だなんて。
「なあ、悠哉はなんか入りたい部活とか決めてんのか?」
「んー、演劇部とかいいよね」
聞かれてふと答えた部活。圭夏が女優になるって言ってた時、僕は裏方もいいなって本気で思ったんだ。キラキラ光る人たちを見ながら、自分の仕事をするのって素敵じゃない? 音楽は色々吹奏楽で知識得たし、音響さんもありだよね。
「演劇部か! 主役とか狙っとんのか?」
にやにや見てくる英司。
「違うよ、裏方やってみたいんだ」
「へえ、もったいない」
「主役をはるのは、もっと相応の人がいるからね」
僕が言うと、英司も誰かを思い出したのか、ああ、と声をだす。あの生意気な後輩なんて、主役の王子様とかピッタリだと思うんだ。
「そっかー……俺どうしたもんかなあ」
「スポーツ系に見える」
木登りの英司だったし。
「やっぱそう思うか? 俺なあ、スポーツまるっきし駄目やねん」
「あ、そうなの?」
「中学の時、バスケ部入ってたんやけど、毎年補欠やったもん」
「でも、何もやってない人よりはできるんじゃないの? 背も高そうだし」
一瞬で英司と判別できなかったことの一つ。背がすごく大きくなってる。座ってるだけで、大きいのがわかる。あと、髪の毛がツンツンしてて小学校の時とイメージが違ったからだ。僕たち、もう高校生だからね。
英司は首を横に振った。
「背は無駄に高いだけや」
「好きでもないの? バスケ」
「せや。入った理由も、友達が入ったからや」
「ああ……それじゃあ、ね」
「やろ?」
「英司、何センチあるの?」
僕が聞くと、英司は視線を右上に向ける。
「去年は百七十五あったけどなあ」
「おっきー」
「悠哉は?」
「僕は……百六十五だったかな」
英司はうんうんと頷く。
「元々、悠哉でかい方やったもんな。このまま止まるんちゃうか」
「ええ、百七十は欲しいよ」
英司は笑った。
「牛乳よく飲み」
「ココアは毎日飲んでるんだけどなあ」
「ミルは美味いよなあ」
「亮太さんのカフェのココア美味しいよ」
「ああ、亮太さん! 懐かしいわー。今日行こうや、せっかくやし」
「いいね」
椿さんと突然カフェにお邪魔した以来行っていない。亮太さん元気かな。相変わらず格好いいんだろうな。
「せや、和水と圭夏は元気か?」
「うん。和水、ここを受験するために頑張ってるよ」
英司は気持ちよく笑い飛ばした。
「あんな顔良いやつがうちの学校来たら危ないやろ! 男が寄ってくる」
確かに、色々危ないかも。BLってやつだ。たまに、見飽きてるくらい見てる和水の顔でも、ドキッとする時がある。最近、大きくなってきて特にそうだ。可愛いんじゃなくて、かっこよくなってきてる。
伯父さんではあるけど、亮太さんの血が流れてるんだから、しょうがない。
「圭夏は?」
「圭夏も元気だよ。いつも通り。女優目指して最近雑誌とか買い出したかな」
英司は腹から声を出して笑う。
「圭夏が女優!?」
「あの子ね、セリフとか覚えるのがすごい早いんだよ。瞬間記憶能力みたいなのが。喋るのも上手いから、声優とかにもなれそう」
英司は、にやにやとこっちを見ている。
「な、何」
「いやあ、やっぱ三人組のお兄ちゃんは、二人のこと大好きなんやなあと思って」
うん、大好きだよ。どんなことがあっても、離れられないよ、きっと。
教室の前のドアが開いた。
「席つけー。入学早々浮かれ過ぎだ、お前らは」
若い先生が入ってきた。
一通りのクラスの挨拶が終わり、入学式へと向かった。廊下に出ると、やっぱりかなりの大人数がいる。
そう思っていると、また咳が出てきた。
「大丈夫か?」
英司が、背中をさすってくれる。
「うん。ごめん、大丈夫」
入学式で、校長先生の話を聞いてる間も、咳が止まらなかった。
皆の視線もだんだん僕に集中してくる。心配そうに見る目と、早く黙れ。と言いたそうな目。前者には英汰がいた。斜め前に座っていた英司は、後ろを向いて訊いてきた。
「おい悠哉、本当に大丈夫か? 先生呼ぼか?」
やばい、今に血が出てもおかしくない。
「うん、ごめん。ほ、けんしつ、行く」
英司と先生に連れられて、僕は保健室に運ばれた。
熱を測られ、ベッドに促される。ベッドで休んでいると、なんとか咳は止まってきた。
かなり寝ていた気がする。カーテンが開くと、保険の先生が立っていた。
「入学式も終わったみたいよ。大丈夫? 親御さん呼びましょうか」
「いや、いいです。仕事でいないし」
「ちゃんと帰れる? 落ち着くまで、ここにいていいけど」
大丈夫ですって言おうとした時、保健室のドアががらりと開いた。
「笹島大丈夫ですか?」
英司だった。僕の鞄を持っている。
「大丈夫か? 入学式終わったけど、帰れる?」
僕はうなずいてベッドから降りる。
「喘息か?」
「うん、たまに」
僕は先生にお礼を言って、保健室を出た。
「子供の喘息って聞くけど、大変やな。そういえば、昔もなんか公園で倒れてたよな」
笑い話にしてくれる英司に感謝しつつ、僕は唸る。
「なんなんだろうね。実は身体弱いのかな、僕」
中学だって吹奏楽してたし。安定してる時は、なんでもないんだけど。
「一度病院行った方がええで」
確かに、もう高校生だし、一人で病院行っても入院とかにならない限り一人で対処できそうだ。
「今日は、亮太さんの所やめておこか」
僕は首を横に振った。
「嫌だよ、せっかくだし行こうよ」
英司はあはは、と笑う。
「入学式は出ないで、寄り道はすんのかい」
「英司との再会記念だもん」
僕達は早速、亮太さんのカフェへ向かった。
カフェのドアを開けると、ドアに付いたベルが鳴る。
たまたま、今日は別の学生のお客さんがいた。カップルのように見える。店内をパシャパシャと携帯で撮りまくっている彼女さん。そういえば、携帯は中学で買ってもらった。後で英司と連絡先交換してもらおう。
「悠哉くん、久しぶりじゃない? お友達もありがとう——」
カップルの頼んだカフェオレを作っているのか、カウンターの向こうにいる亮太さんが笑顔で言った。けど、途中で僕の後ろにいる英司をじっと見た。
「わかった。木登りの英司くんでしょ」
英司は驚きの声を出す。
「え、すご。なんで覚えてるんですか」
ふふ、と笑った亮太さんは、カップルにカフェオレとコーラを出す。
僕たちはカウンターに座った。
「人の顔と名前覚えるの得意なんだ。和水たちと遊んでたから覚えてるよ」
にっこりと微笑む亮太さん。
こうやって、覚えてた女子を虜にしてしまうんだろう。すごい人だ。
「今日入学式? じゃあラテアートを披露しよう」
亮太さんは、僕達にカフェラテを出してくれた。決して上手くはないラテアート。でも可愛いから、僕は携帯で写真を撮っておいた。
店内の妖精の絵の額縁は、綺麗なまま飾られている。椿さん、元気かな。ほんとに海外に行っちゃってたりして。美味しいココアの素買ってきてくれるかな。
少し深く息を吸った時、また咳が出てきた。ああもう、今日は散々な日だ。
「ほら、だから無理して来るなって言ったやん。いつでも来れるんやから」
英司は僕の背中を摩ってくれる。
亮太さんは、水を出してくれた。
「ありがと、ございます」
口を押さえていた僕の手に、赤いものが大量についた。やっちゃった。
「悠哉!?」
英司の声で、カフェは一瞬静寂に包まれる。
素早く携帯を取り出す亮太さんの腕を、僕は掴めなかった。病院だろうか、お母さんだろうか、どこかに電話しようとしている。
僕は、なんでもないです、っていう言葉が喉から出せなかった。
「悠哉……」
英司は咳をし続ける僕の背中を擦りながら、亮太さんに助けを求める。
「水飲ませてあげて」
携帯を耳に当てる亮太の言葉が、もの凄い遠くで聞こえた。
頭の中で、誰かが鐘を鳴らしているように疼き、めまいがしてきた。
「おい、悠哉!」
最後に英司の声を聞いて、僕はカウンターの椅子から転げ落ちた。
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