第14話 過去の僕の話 〜僕から親友へのお願い〜
———— 中学三年生の僕
「悠哉くん、これ、あげる」
「ありがと」
「あたしも!」
「あたしのもあげるね」
「ありがとう」
五、六人の女の子が、三年A組にやってきて、僕にチョコを渡して帰って行った。さっきから、それが何回かある。
「あーあー、今年も、悠哉がダントツ一位かな」
隣の男子が、自分にはくれない女子の後ろ姿を恨めしく見つめる。
「チョコ好きだけど、さすがに食べきれないんだよね」
「あー! モテるやつの言い訳は聞きたくない!」
「笹島くん、どうぞ」
クラスの子が、チョコをくれた。あ、違う。この子は手作りクッキーのようだ。よし、一番に食べよう。
「ありがと」
チョコをくれる女の子より、爽やかな笑顔になった。
「悠哉ー!」
教室のドアが、壊れんばかりに開いた。
女の子たちが、小さな黄色い声を出す。おそらく、今年入学して話題になった、この学校で一番人気の男の子が僕に近付いてきた。
「何個もらった?」
圭夏も、和水の後ろから一緒に入ってくる。
無事、二人は僕と同じ中学を合格したんだ。二人の合格発表を見に行った時、二人の受験番号を見つけた時、二人より先に泣いちゃった。だって、僕も勉強教えてたし、少しだけ、一緒の学校に行けない未来があるんだ、とか思ってたから本当に嬉しかったんだ。
「学校にいるときくらい、静かにしようよ」
「じゃあ、外にいるときはうるさくしていいのか?」
「それも困る」
「ね、何個?」
「今は二十五個くらい」
「はあ? 朝だけで二十五個!?」
クラスの男子が悲痛な声をあげる。
「勝った!」
和水の今の一言で、クラスは一斉にしんと静まり返った。
「和水くん、何年生だっけ?」
近くにいた男子が訊く。
「俺? 一年生だよ、よろしく先輩」
「お、おう」
可愛い一年生男子に突然挨拶された三年生男子は、たじたじと数回会釈をする。
「で、いくつもらったんだ?」
「三十七個!」
男子は目を丸くする。まあ、そうなるよね。
「朝だけで?」
「うん」
「うわー、悠哉を上回る中一がいたんだ」
「どうせ、義理の小さいのも入れてだろ」
和水は、首をふるふると横に振った。
「全員に配ってるやつは入れてないよ。入れたら数えらんなくなっちゃうよ」
純粋な和水の言葉に、
「そんなに、誰にもらうの?」
にこにこ笑う女子が、和水に訊く。
「ほとんどは、同じ学年の女の子。でも、先輩からももらったよ。小学校の子とか」
「うわー」
僕の隣にいる男子は頭を抱える。
「年上なんて、姉ちゃんにしかもらったことないってのに!」
「通りすがりの男の人からももらってたよね、わっちゃん」
「通りすがり!?」
僕は思わず声をあげた。
「うん。学校に来る途中に」
圭夏はにやにや笑っている。
和水の衝撃告白に、クラスの女子が沸く。
「どういうこと! どんなチョコもらったの!」
「別に、普通のチョコだよ」
和水も、なんだかにやにや笑っている。しかも、“別に”って言った。これは、身内だって隠して話してるな。きっと、亮太さんにもらったんだ。
「でもすごい美味しかったから、あとで男の人のとこにお礼しに行くんだ」
「どんなお礼ー!」
女子がまだまだ騒ぐ。好きだよなあ、こういう話。
そう、今日は二月十四日。バレンタインデーだ。僕も和水も、この日はたくさん袋を持ってこなきゃいけない。今日持ってきた袋で、足りるかな。
「何で? 何でそんなにもらえるの?」
頭を抱えていた男子が、
「そりゃ、悠哉くんは最大の二つの条件がそろってるからよ」
当たり前じゃない。と言いたそうな女の子は、男子に向かってそう言った。
「何? 最大の二つ条件って。教えて!」
男子がその女子にすがる。
「顔と性格」
「はっ、どうせ俺は両方ないよ」
「そうだね、ないね」
「ああ!?」
二人は教室内を走り回り始めた。あんなこと言って、結局二人は付き合ってんだから何とも言えない。どうせ、その女子にもらってるんだろうし。
今日も、僕は何人の子に告白をされるんだろう。どうして、みんな友達以上の関係になりたがるんだろう。不思議だ。あまり、その関係を羨ましいと思ったことがない。彼女が欲しいと思うこともないし、女の子が可愛くて好きだって思う気持ちも、まだいまいちわからない。
大事な友達で、一番守ってあげたいと思う圭夏にだって、付き合うってことの想像がつかなくて、泣かせてしまった。
亮太さんや和水のような、女の子への接し方がわからない。
僕にはよくわからなかった。
「そういえば悠哉、受験どうなったの?」
和水が、たった今クラスの女の子からもらったチョコを食べながら言った。
「え、言ってなかったっけ?」
「聞いてない!」
「俺たちも聞いてないぞ! みんなの結果聞いといて、自分だけ言わないつもりか!?」
「え、違うって。本当に、言うの忘れてただけで」
「で?」
僕は頭を下げる。
「おかげ様で、受かることができました」
歓声と拍手がおこった。
「すげー、合格したのかよ」
高校もまあまあ頭のいい学校だから、みんなが祝福してくれる。
「じゃあ、俺もそこ受ける!」
和水が声を張り上げた。
「僕の後輩になる?」
和水が高校も一緒だったら楽しいな。ご近所だから、きっと学校違っても一緒だろうけど。
「なる! 絶対だ。それまで、退学させられないようにな!」
僕は、和水の頭を撫でた。また受験大変になっちゃうけど、僕もまた教えてあげよう。頑張ってね、和水。
「あたしも!」
圭夏が言った。
「圭夏は無理だよ」
和水が呆れたように言う。
「なんでよ! この学校も入れたんだから、高校だってなんとかなるもん」
「いくら頭よくても、圭夏は無理」
「なんで!」
「男子校だぜ? 悠哉の高校」
圭夏はしょんぼりと肩を下げる。
「ええ、じゃあ無理じゃん」
「そういうこと。ちんちん付けて出直してきな」
クラスがどっと湧いた。
和水の言葉に、圭夏は和水のお腹にパンチを入れる。
「変態!」
今度は和水と圭夏の鬼ごっこがはじまって、クラスがどったんばったん大騒ぎになる。身体の大きい男子に二人とも捕まえられ、子猫のように持たれて僕たちの元へ帰ってきた。
和水も圭夏も、まだ僕より小さい。圭夏は女子の標準くらいだと思うけど、和水はちょっと小さめだ。これは、高校になって化けるタイプ。嫌だなあ、和水に見下ろされるのだけは勘弁だ。
「ちんちん着いてないとダメなのかあ」
小さくしょんぼりした圭夏が、ぼそりと呟く。
また爆笑が起こる。
「圭夏! 女の子が、そんなっ」
慌てる僕に、圭夏があっかんべーをしてきた。久々にみたな、圭夏のあっかんべー。最近は和水ばっかりだった。
「あたしもいい高校に入って、女磨くんだから!」
圭夏は正直、大人の女性になる想像がつかない。でも、本当に女優になったりしたら、雲の上の存在になっちゃいそうで、それもなんだから寂しい。テレビの向こうで輝く圭夏を見てみたいけれど。そうしたら、僕は本当に音響さんとか目指そうかな。一番近くで見ていてあげたい。
二人の会話を聞いて、みんなで笑っていると咳がまた出てきた。治まってきたと思ってたのに。
「笹島くん、大丈夫?」
「うん。ちょっと、水飲んでくる」
クラスの女子に心配されて、僕はそう言って教室を出て、トイレへ走った。和水の睨みに見送られながら。
トイレに駆け込むと、洗面台に手をつく。
「ゲホッ、ゲホ……」
パタパタと、血が水に混ざって流れていく。
僕は水と混ざり合って流れていく真っ赤な血を眺めた。
だいぶ長い間、こんなことが続いているけれど、肺に何か変なものでもできてるんだろうか。保健の授業で、肺とか気管の話が出るだけで、ビクビクしちゃう。
トイレに、誰もいないことがせめてもの救いだった。こんな処見られたら、一気に噂が広まる。
誰かがトイレに近づいてくる気配がした。
僕は、慌てて口を拭って水を大量に流した。
「うわっ」
勢いつけて流しすぎて、水がばしゃっとかかってきた。
隣のクラスの男子が入ってくる頃には、血は全て流れて消えていた。
「あ、笹島。大丈夫か? なんかゲホゲホ言ってたけどって、なんだそりゃ」
前面びしょびしょになった僕を見て呆れて笑う。
「あは、平気。ありがと」
逃げるようにトイレから出る。
窓から、グラウンドに立てられた時計を見ると、朝礼まであと十五分もあった。あまり、教室に戻りたくはない。クラスが嫌いなわけじゃない。むしろ、好きだ、あの空間。でも、そろそろ僕には眩しすぎるようになってきた。辛いんだ。何も知らずに、笑顔を向けてきてくれる友達の顔を見るのが。
遅刻ギリギリに、僕は教室に戻った。それから、咳が出てくることはなかった。
「今日、杉の木行こうよ」
すべての授業が終わった帰り、僕は靴を履いている和水に言った。
「えー、こんな寒いのに?」
「子供は風の子でしょ」
「まあいいけど。圭夏は?」
「もうすぐ来るんじゃない」
僕がちょうどそう言った時、圭夏がやってきた。
「杉の木? 行く!」
何人かの友達とあいさつを交わし、僕たちは杉の木へ向かった。
「結局、今日二人は何個もらったの?」
圭夏に言われて、僕は手提げ袋と鞄に入っているチョコを見た。
「あ、数え忘れちゃった」
「俺も。数えるの面倒くさくなった」
「ちゃんと、全部食べてあげるんだよ」
圭夏が、切実な願いのように言った。
「どうしたんだよ、急に。いつもは、あたしのだけ食べてればいいの! って言ってるくせに」
「みんな、わっちゃんと悠くんが好きだからチョコをくれたの。だから、ちゃんと食べてあげないとかわいそうでしょ?」
「そう言う圭夏は、今年くれないじゃんか。俺たちのこと嫌いになったのか?」
「家に帰ったらあげる」
「バレンタインの効力は学校終わったら終了ですー」
「何それ、せっかく準備したのに」
「え、準備してくれてたの」
圭夏の顔を見ると、むっとした表情から僕を見てにこりと笑った。
「今日は、うちでご飯ね!」
圭夏のご飯なんて、初めてだ。楽しみだな。
杉の木の根本に着いて、僕は授業中にしたためた手紙の入った封筒を取り出す。
「何、それ」
「授業中書いた」
「悪い子」
圭夏が、届かない僕の頭に向かってチョップを出すから、受けてあげる。
「へへ」
中身を間違えていないかちゃんと確認してから、二人に渡す。
「手紙?」
「うん」
「どれどれ」
和水は封筒を開けようとする。
「わー!」
「何!?」
「開けちゃ駄目」
「何で? いいじゃん。今開けても」
僕は笑った。
「それじゃつまんないでしょ?」
「つまんない?」
二人は可愛らしく同じ動きで首を傾げる。
「そうだな、大人になって、ここだって自分が思った時、二人一緒に開けてよ」
と、筆箱にしていた縦長の缶のケースから中身を全部出して、二人に渡した手紙を半分に折って入れる。筆箱は、新しいのにしよう。思いつきだったから、缶を用意してなかった。
「そんなに待つの?」
「一生の僕のお願い」
僕は顔を前で手を合わせる。
「一生のお願いって、またいつか一生のお願いって言うんでしょ」
「わかった。この杉の木に誓おう。僕はこれから先、一生のお願いと言わない」
「言ったな? 男に二言はないって亮太さんが言ってたぞ」
何だ、かっこいいこと言うのかと思ったら亮太さんの受け売りか。
「いいよ」
「じゃあ、大人になったら開ける!」
「あたしも!」
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