空に奏でる僕らのフーガ
第16話 過去 〜君がいなくなった日〜
——和水
「あーあ、今頃、悠哉は男子校かー」
「一年生、可愛かったね」
圭夏は嬉しそうにそう言った。
「俺らだって、去年は一年生だったってのに」
「わかってるよ。でも、あたしたち、先輩って呼ばれるんだよ!」
俺は呆れた。人のお世話なんて難しいことが楽しみなのか、圭夏は。俺は嫌だね。得体の知れない一年生なんて。弟、妹じゃあるまいし。
「そうですか」
「わっちゃんは? 楽しみじゃないの?」
「別に」
「あ、実は楽しみでしょ」
「何でだよ!」
「あたしにはわかるもん」
帰り道、悠哉の手紙を埋めた杉の木を見てそわそわする。いつ開けよう。大人なったらって、いつだろう。
圭夏も杉の木を見てたのか、両手を合わせた。
「美人になってますように」
目を閉じて、お祈りしている。
「きっと変わんねえよ」
俺が言うと、圭夏は腹にパンチを入れてきた。
「変わらずブスだっていいたいの!」
そんなこと一言も言ってないのに。恥ずかしいから、本当のことは言わないけど。
いつも通り、杉の木の帰りは悠哉の家に行く。毎日、学校から帰ると家じゃなくて悠哉の家に行くんだ。
勉強も教えてくれるし、音楽も教えてくれる。色々なことを教えてくれる。
「ただいまー」
俺も圭夏も、悠哉の家の鍵を持ってる。三人とも、それぞれの家の鍵を持ってるんだ。もう通いすぎて、悠哉に家に帰るとただいまって言うようになってる。
電話で何か話している悠哉のお母さんが玄関のすぐ前にいた。いつもはまだ悠哉のお母さん帰ってない時間なのに、今日は早く仕事が終わったのか。
スーツ姿のまま、悠哉のお母さんはなにやら、血相を変えて話しているのに、圭夏も気付いている。
二人で大人しく玄関で、悠哉のお母さんの電話を待った。
「わかりました、はい、清水病院ですね、はい、すぐ行きます」
電話を切って、こちらを向く。悠哉のお母さんの顔が青白かった。
「圭夏ちゃん、和水くん」
何かあったことはわかった。
「どうしたの?」
何か怖いことが起こると予感したのか、圭夏が手を握ってきた。俺は、しっかりと握り返す。
「ちょっと、おばちゃん病院に行ってくるね。二人は、家で待ってて」
動揺した悠哉のお母さんの表情。
仕事のある悠哉のお母さんも、夕方には帰ってきてるから、ほぼ毎日のように見てる。いつもと違うことくらいわかる。
何かを隠されてることくらい、五年生の俺らにだってわかる。
「何かあったの」
悠哉のお母さんは目を泳がせた。
「悠くんがどうかしたの」
圭夏の握られた手は小さく震えている。
悠哉のお母さんは知らないかも知れない。でも、俺たちは悠哉が何回も倒れたり、血を吐くとこを見てる。悠哉の身体がおかしいの、俺たち知ってるんだ。黙ってろって言われるから、悠哉に従ってたけど、俺たち知ってるんだ。
「今、悠哉が搬送されたって」
車で行こうとしているのか、慌てたような、それにしてはゆっくりとした動きで電話機の近くにある車のキーを手に取る。
俺は頭が真っ白になった。
それと同時に、悠哉に対する怒り。やっぱり、大変なことになったじゃんか。病院で、おばさんたちの前で怒鳴り散らしてやる。
「早く行こうよ!」
圭夏が声をあげる。
「行くわ、行く。でも、二人はここにいて。お願い」
頭が回ってないのか、悠哉のお母さんの顔は青白いまま。このままじゃ、病院に行くのはかなり時間がかかりそうだ。
「もういい!」
圭夏は、俺の手を振り解いて悠哉の家を出て行った。
「圭夏!」
俺と悠哉のお母さんの声が重なる。
圭夏は病院に走って行ったんだ。俺たちの足で、走って十五分くらい。走れない距離じゃない。
「俺も行く!」
悠哉のお母さんに伝えて、俺は悠哉の家を飛び出した。
ついさっき出たのに、もう、圭夏の姿は見えない。けど、行く道はわかってる。
曇り空の中、必死に追いかけた。
嫌なじめじめした空気で、圭夏を追いかける足が妙に重かった。
夢を見てるみたいだった。俺、こんな足遅かったっけ。圭夏、あんな速く走れたっけ。
交差点の赤信号の向こうに、圭夏がいる。
俺は追いつかなかった。
追い付いてればよかった。
そう、追い付けなかったんだ。
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