第 5 話 現在 〜君といるはずだった場所〜
「和水、今日P・W連れて行ってよ」
学校から出ようとしたところで、
P・Wとは、俺の伯父さんが経営するカフェの名前だ。伯父の名前は
亮太さんがカフェを始めたのは、だいぶ前。俺がまだ小学生くらいの時、定職につかず、フラフラしていた亮太さんは、突然カフェを始めた。
亮太さんのカフェは、こじんまりとした、人のいないカフェだ。
もう三十代半ばだが、甘いルックスとふわふわした掴みどころのない接客で、数少ない女性客をメロメロにさせている。
そんなのが、俺の伯父さんだ。
俺の目指す大人の姿。俺の顔と女を
「愛菜! 和水にくっつくな!」
愛菜の彼氏が、俺から彼女を引き剥がす。
「イケメンに飢えてるの!
この愛菜と大輝のカップルは、学校の中では一緒にいることが多い。他の女子だけと一緒にいると、どうしてもどんどん増えていってしまう。この二人といれば、増殖型女子は出てこない。
あまり交友関係の広くない俺は、だいたい圭夏といるか、このカップルのどちらかといることが多い。あとは、名前を覚えられない勝手についてくる日替わりの女子だ。
なすがまま、俺は圭夏も連れて四人で亮太さんの元へ向かった。よく圭夏と二人では行くが、友達を連れ立って行くのは初めてだった。
カフェのドアを開けると、ドアに付いた来店ベルがチリンチリンと鳴る。
「あれ、今日は人が多いね」
暇そうな亮太さんは、ついさっきまで寝ていたような無造作ヘアーと、眠そうな目で俺たちを迎え入れる。
「はあ、あの気だるげが堪んない」
愛菜は胸が苦しそうに大輝にもたれかかる。
大輝は、この彼女どう思う? という呆れた顔を俺に向けてくる。肩をすくめるしかなかった。
俺たちは、カフェの奥のテーブル席に座った。俺と圭夏が隣同士、愛菜大輝カップルがその向かいに座っている。
「何にする?」
メニューを持ってきた亮太さんは、自然と後ろから愛菜の肩を抱きつつメニューをテーブルに置く。
「結構練習して、上手くなったと思うから、ラテアートとかよかったら」
愛菜は白い肌を真っ赤にさせ、俺は顎をテーブルについてため息をつく。大輝は、亮太さんの行動に驚きを隠せないようで目をまん丸に見開いて亮太さんを凝視している。自分の彼女に肩を回されているのに、たらしがナチュラルすぎて口を挟めていない。
「たまに来てくれるよね。和水の友達だったんだ」
亮太さんが愛菜と健太に話しかける。
「可愛い彼女で羨ましいなって思ってたんだ。大事にするんだよ」
亮太さんは大輝の頭にぽんぽんと手を置く。
「うす」
恥ずかしそうに俯く。大輝も、亮太さんのふわふわ雰囲気に呑まれた。
ふわりと微笑むと、亮太さんは全員の注文を聞いて厨房に戻っていった。
柔らかい物腰、飛んだら消えてしまいそうな雰囲気、謎の包容力。俺には亮太さんの真似はできない。
「あたし可愛いって言われた。亮太さんにあたし可愛いって言われた」
愛菜は頭を抱えてぶつぶつと呟いている。
大輝は、自分の彼女の錯乱にため息をつく。
カウンターから出てきた亮太さんは、全員分の飲み物をトレンチに乗せて持ってきた。
愛菜はオススメ通り亮太さんのラテアート、大輝はコーラ、俺は冷たいカフェラテを頼んだ。圭夏はコーヒーが好きじゃないから、いつも注文はしない。勝手にカフェの水を飲ませてもらってる。
ラテアートは、いつも通り決して上手くない。ラテアートが世に流行った頃からやり始めて数年経つが、上手くなってない。
が、愛菜は可愛い可愛いと携帯でパシャパシャ撮りまくり、亮太さんも含めて四人で映る写真まで撮っていた。
「あとでこの写真あげるね。二人が写ってるからいいねいっぱいつくぞ〜」
愛菜は嬉しそうにSNSに投稿準備をする。更に、店内もパシャパシャと撮り始めた。
「これ可愛いですよね。亮太さんが描いたんですか?」
愛菜が見上げるのは、俺たちのテーブルの壁際に飾られた絵だ。額に入れられた絵が、それぞれのテーブル席に飾られている。
「ああ、それね、妖精の絵をいっぱい描いてる女の子が、置かせてくれたんだ」
亮太さんが趣味で置いているのだと思ってた。
額には、妖精が子供と一緒に遊ぶような絵や、花や木と一緒に描かれる妖精。本当に全部、妖精の絵だった。綺麗な絵だ。俺たちの真上に飾られている、木の葉っぱに座る絵が特に良い。
「これを見る女性がね、みんな笑顔になるから、それがまた可愛いんだ」
額縁を指で撫で、微笑む亮太さん。一挙一動に、愛菜はもう息ができていない。
息をするように挙動でさえも、女子をたらしこめるのが、この人だ。
「亮太さんって、すごいよね」
感心する圭夏は、カウンターの向こうに戻り、俺たちと話しながらもゆったりと新聞を広げる亮太さんを見つめる。
「所構わずっていうか、会話全部がたらしっていうか」
確かに、三十代半ばのおじさんが女子高生の肩に手を回すなんて、普通はしない。嫌がられるのが当たり前のはずで、こんな触れただけで錯乱させられるのは天性だ。
「亮太さんって、昔俺らの高校ですごい有名だったんですよね」
大輝が、亮太さんに向かって話しかけた。
亮太さんは、俺らの高校の卒業生だ。
新聞からふと顔を上げる。
「そうかなあ。あんまり覚えてないけど。和水の方が人気じゃない?」
「和水はまあいいとして、俺の母親も亮太さんのことは知ってるって言ってました」
いいとしてって何だよ、大輝。
「あたしの兄ちゃんも」
愛菜大輝カップルの言葉に、亮太さんはあははと笑う。
「それは人気かもしれない」
俺がモテることは周知の事実だが、亮太さんの伝説には負ける。今でもあんなモテる先輩がいた、と話題になることがあるのだから。が、亮太さんにそれを言っても、覚えてないな〜とはぐらかされる。大人としてわきまえているのか、それとも本当に覚えていないのか。後者だったら、相当罪な男だ。そのくらい俺でも思う。
「亮太さんも有名だけど、和水も有名だったよね」
と愛菜。過去形の言い方はどうだろう。
俺と圭夏と、あともう一人が、地域では有名だった。
「色んな意味でね」
圭夏がくすくすと笑う。
ふと、俺はある事を思い出して愛菜を見る。
「昔、お前俺にバレンタインかなんかでシュークリームくれたよな」
愛菜は首を傾げた。
「そんなことあったっけ」
「でも、俺嫌いだったから大輝に食べてもらった」
愛菜は俺の二の腕をパンチしてきた。
「サイテー」
大輝は首をぶんぶん縦に振っている。
「覚えてる! 初めてあんな美味しいシュークリーム食べたんだ」
この辺りで、有名なシュークリームの店だ。そんなシュークリームをバレンタインに持ってきた葵もなかなか強者だ。
「変な噂多かったよね、和水たち」
愛菜は指を折って数え出す。
「代々続く名家とか」
半ば間違ってはいない。
「会うと幸せになれるとか」
顔を見て幸せになってくれるのか。
「通りすがりの人からお菓子をねだるとか」
それ、勝手にバレンタインでチョコ渡してくる人がいるだけだ。
「地域の子供を牛耳ってるとか」
杉の木の公園でみんなと遊んでたからな。
「幽霊が見えるとか」
見えるかな。
「超能力が使えるとか」
少し顔のいい子供が集まって遊んでいるだけでこの噂だ。
「変な噂ばっかり」
圭夏は腹を抱えて笑っている。
「あのもう一人って、どうしてるんだ? 確か、いくつか年上の奴いたよな? 今はもう、つるんでないのか?」
大輝の言葉に、俺は言葉に詰まった。
「あいつは——」
「おかわりはどう、学生たち」
助け舟を出してくれた亮太さんはメニューを葵大輝カップルの前に立てた。
「学生は何でもおかわり無料だよ」
「あ、じゃあどうしようかな」
「あたし次コーラがいいかな」
さっきの話題を忘れたように、二人は仲良くメニューを選ぶ。
俺は隣の圭夏を見た。
圭夏は、ゆっくりとこっちを見てくる。その顔は、心配と悲しさと寂しさ。もう覆すことのできない事実への後悔の顔だった。
俺は、圭夏のこの顔をいつも見続けなきゃいけない。
それが、彼への、自分への、彼女への贖罪かもしれなくて。
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