第22話大魔王、弔う

 神狼リルに別れを告げ――何故かホッとした顔をしていた――ブリキ森を出た我輩たちは、一路キラル湖を目指した。道中、ミョルニルが寄越した魔法書を暇潰しに読みつつ、マルクたちに戦闘のアドバイスをした。


 金剛魔王マッソモンドという、ふざけた称号と名前の小物が支配している、キラル山脈に近づくにつれて、魔族や魔物の強さも増していく。しかしあくまでも人間レベルで強いというだけで、我輩から見れば雑魚に等しい。だから戦いは全てマルクたちに任せていた。


「なんか分からないけど、俺って強くなっているかも!」


 マルクが嬉しそうに剣を振り回している横で、プルートは「あんだけの修行をこなして、強くならないわけねえだろ」と冷静に返す。


「はあ、はあ……お二人、随分強くなりましたね……」


 三人の中では脆弱なティアも息切れしているが、戦いにおいては足手まといになっていない。

 これならば魔王の側近相手に良い戦いができるだろう。しかし魔王の実力が、我輩の部下であり同じ魔王であるサレーと同等だと仮定したらまだまだ及ばない。


「ブリキ森から出発して三日経つ。キラル湖まではまだ遠いのか?」


 我輩の問いにティアは「もうすぐ、キラル湖が見えるはずです……」と相変わらずおどおどしながら答えた。

 ちょうど丘を登っている途中だったので、頂上に着いたら見えるということだろう。


「キラル湖の近くに小さな村があるはずです。そこで休みましょう」

「あー、俺腹ペコだよ。久しぶりに肉とか魚食べたいな」

「乾パンや干し肉だったからな。最近の食事は」


 三人はのんきな会話をしているが、我輩は少しだけ予感がしていた。

 おそらく、その小さな村が滅んでいるであろうという予感だ。



◆◇◆◇



「そ、そんな……」


 ティアがショックを受けている。まあ当然だろうな。目の前に滅んだ村があるのだから。

 焼けた家屋。えぐられた地面。盗まれた野菜。食い散らかした家畜。

 そして放置された死体。


「ま、当然だろうな。さて、さっさと行くぞ」

「……おい待てよ。お前、分かっていたのか?」


 プルートが静かに怒りながら我輩に訊ねる。

 やれやれ。当たり前のことを説明しなければならんのか。


「当たり前だろう。自らの近くに人間の集落があったら滅ぼす。我輩でなくとも魔族ならばそう考える」

「…………」

「ふむ。死体の傷み具合からして、三か月は経っているな。ということは我輩たちが急いでも間に合わなかった」


 我輩は居たたまれない顔をしているプルートに優しく言ってやった。


「喜べ。我輩たちはこの件に関しては責任は無いようだ」

「そういう問題じゃあねえだろ! 少しは悔しいとか、酷いとか、そういう憤りはねえのかよ!」


 プルートが我輩の胸倉を掴む。大魔王に対して無礼な行ないだが、不問に付してやろう。一応仲間だからな。


「別に。我輩には関わりのない者たちだ。悼みの気持ちや悲哀の感情など湧かない」

「……ああ、そうだな。お前は人間じゃないもんな」


 理解したわけではなく、どこか失望した様子で我輩から手を放した。

 俯きながらプルートは「考えてみれば、そうだよな」と呟く。


「村があったら、討伐に来た勇者の補給や休息に使える。滅ぼすのが当たり前だ」

「むしろその考えに至れないことのほうが驚きだ」

「でもよ。どうしてもやりきれないんだ。もっと早く魔王を倒すって、俺らが思っていたら、この人たちは死なずに済んだかもしれねえ」


 仮定の話をいくら考えたところで不毛だ。

 考えたところで、転がっている者たちが蘇ることはない。


「おーい。あったぞ」


 今まで焼け残った家屋の中から探していたらしく、マルクがスコップを数本抱えて戻ってきた。


「お前、何をして――」

「これ、プルートの分な。それからククアとティアの分。じゃあさっそく掘ろうぜ」


 マルクが死体の傍で穴を掘り始めた。

 プルートは「村人全員分の穴を掘る気か?」と呆れ半分で訊ねる。


「何人いると思っているんだ?」

「数十人? 下手したら百人超えるかもな」

「それでも掘るのか?」

「うん。それしか俺たちにできることないだろ?」


 マルクはいつもの笑顔ではなく、真剣な顔をしていた。

 プルートは何も言えなくなってしまった。


「穴を掘ってお祈りするしか、俺にはできないけどやるよ」


 我輩は「無駄な行為だぞ」と言ってやった。

 プルートとティアの厳しい視線を感じながら続けて「誰のためにもならん」と言う。


「村の者を弔ってもお前が強くなるわけでもない。魔王を倒せるわけでもない」

「そりゃあそうだろう。俺はそんなつもりでやっているんじゃないよ」

「じゃあ何故だ? 自分の満足のためか?」


 マルクは我輩と真っすぐ見つめて「そうだな。自分の満足のためだよ」何の恥ずかしげもなく、堂々と答えた。


「単純に野ざらしは可哀想だし、そのまま放置するのも後味が悪い。とてもじゃないけど、このままにしておくのは嫌だよ」

「…………」

「ククアだって、同じ気持ちじゃないのか?」


 我輩は首を横に振った。


「我輩は関係のない人間に同情を覚えない」

「ふうん。俺さ、ミョルニルのじっちゃんから聞いたんだ。ククアが魔王と戦おうって決めたきっかけのこと」


 あの口の軽い馬鹿者め。今度会ったら口を縫い合わせてやる。


「それがどうした」

「もしも、この人がルーネちゃんだったら、弔おうって思うだろ?」


 マルクは傍の死体を指し示した。

 少し嫌な想像をしてしまった我輩は、自分でも分かるくらいに顔をしかめた。


「もちろん、俺はこの人の名前や人柄は知らない。それでも弔おうって思うんだ。そうじゃないと魔王を倒す資格なんてないから」


 我輩の脳裏に勇者セインの姿が浮かんだ。

 あの者は自分が損をしても、無関係の人間を助けていた。

 その姿に、奴の仲間たちはついて行こうと思ったのかもしれない。


「ふん。あの者と同じ考え方をしよって……」

「あの者?」

「なんでもない……分かった、協力しよう」


 奇妙なことだが、我輩は勇者セインのことを認めていた。

 何千年も我輩を吸魂器に閉じ込めた憎き相手であることは変わりないのだけれど、そのセインの意思が異世界にもあると分かると、少しだけ愉快に思えたのだ。


「意味が分からないが……どういう心境の変化なんだ?」


 プルートの訝しげな問いに我輩は「ただの気まぐれだ」と答えた。

 マルクは嬉しそうに「ありがとう!」と笑った。


「やっぱりククアなら分かってくれると思ったよ!」

「買い被りすぎだ……」


 流石に一人ひとりの穴を掘るのは大変なので、大きな穴を掘ってそこに死体を置こうということになった。

 村人の死体を集めて、大穴に入れて土をかぶせる。

 それだけで長い時間を使ってしまい、夜が来てしまった。


「これで良し。ティア、冥福を祈ってあげてくれ」

「分かりました。お任せください」


 ティアが祝詞を唱え終わったとき、キラル湖の方面から魔族の軍隊がこちらにやってくるのを感じた。

 我輩は「魔族が来るぞ」と三人に忠告した。


「数は……二十か三十ぐらいだ」

「マルク。とりあえずどこかに隠れよう。いくら何でも、数が多すぎる」

「うん……そうだな」


 プルートが促すとマルクは素直に頷いた。

 だが我輩は「何を言っているんだ?」と笑った。


「ちょうどよいではないか。マッソモンドの情報を聞ける好機だ」

「本気か!? 勝てるわけねえだろ!」

「安心しろ。我輩がいる。それに貴様らもあのリルに一撃食らわせたではないか」


 我輩は近づいてくる魔族に向けて足を進めた。

 後ろでプルートが毒づいているが、些細な問題である。

 さて。少しだけ遊んでやろう。

 大魔王は穴の掘りすぎで退屈していたのだ。

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ククアの愉快な冒険 ~大魔王は異世界転生して勇者となって七大魔王倒す。理由はムカつくから~ 橋本洋一 @hashimotoyoichi

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