第64話 謁見の間

 謁見の間には、冷たい静寂が満ちていた。

 玉座に腰を沈めたアルダインは、肘をついたまま動かぬ瞳で来訪者を見下ろしている。

 その傍らには、黒のスーツに身を包んだ女秘書――ネル。

 硬く結ばれた唇と、スリットからのぞく白い脚。

 まるで氷像のような静けさの中に、張り詰めた気配が漂っていた。


 挿絵:https://kakuyomu.jp/users/penpenkusanosuke/news/822139837536679511


 オオボラは床に膝をつき、頭を垂れている。

 その表情は見えない。だが、わずかに動く指先から、極度の緊張と冷静な計算が読み取れた。


「手紙を持参した者をお連れいたしました」

 守衛の報告に、ネルが短く命じる。

「下がれ」

「はっ」

 守衛が退室し、扉が重く閉まる。

 その瞬間、空気がさらに重く沈んだ。


 アルダインは封筒を指先で転がしながら、低く問う。

「……お前、この手紙の中身を見たか」

「いえ。封は閉じたままでございました」


 その声に迷いはない。

 だが、アルダインは信じない。

 ──この封蝋は第六の門の印。なぜ、この男がそれを……?

 目を細め、冷たく見据える。

 ――いずれかの騎士の手の者か?

 だが、自分が王を監禁していることを知る者がいるはずはない。

 しかし、王が姿を見せなくなって久しい今、疑う者が現れてもおかしくはなかった。

 ――もし、こやつが……それを探りに来た者であれば。


「では、中身を知っていたのか?」

「存じません」


 オオボラは呼吸ひとつ乱さぬまま答えた。

 ──アルダインの奴、探っていやがる。俺がどこまで信用に足るかを……。

 彼もまた悟っていた。目の前の男が、一国を動かす怪物であることを。

 だが、怯めば即座に“消される”。


「なぜ、第六の宿舎に届けず、ここへ持ってきた」

 鋭い問いが放たれる。

 オオボラは静かに顔を上げた。

「ここならば、私の願いを、必ずや聞き届けていただけると思ったからです」


「ほう。内容も知らずに、か?」

「はい」


 そのやり取りを、ネルは一歩下がった位置からじっと観察していた。

 ──この少年、アルダインを恐れていない……。それに、目が……アルテラと同じ色をしている。

 アルダインの気配がわずかに揺れた瞬間、ネルは無意識に踵をずらし、即座に動ける体勢をとっていた。

 彼女にとって、アルダインは“盾”。

 自分の娘アルテラを守るための、汚れた唯一の盾なのだ。

 ――この男を害する者は、どんな理由であれ、生かしてはおけない。


 しかし――オオボラの目には怯えも焦りもなく、ただ静かな確信が宿っていた。

 ネルは一瞬、判断をためらう。

 ――この少年、本当に敵なのか?


「……して、その“願い”とは?」

 アルダインが低く問う。

 オオボラは、ゆっくりと息を吸い込んだ。

「私を、アルダイン様の神民にお加えください」


 一拍の沈黙。

 それを破るように、アルダインの笑い声が響いた。

「ははははは! 貴様を? わしの神民に? 命が惜しくないようだな」

「命は惜しいですが、それ以上に価値のある提案かと」


 その一言に、空気がわずかに震えた。

 ──ふん……近くに置いておく方が、監視はしやすいというもの。

 アルダインは口元に笑みを浮かべながら、心の内で測っていた。

 この少年がただの愚か者なら殺してしまえばいい。

 だが、もし彼の背後に“別の騎士”がいるならば――。


 重い沈黙ののち、アルダインは手紙をネルに放る。

「よかろう。……お前を、わしの神民に加えてやる」


 ネルが一瞬だけ息を呑む。

 ──まさか……この男を信用するおつもりなのか?


「ありがたき幸せ」

 オオボラは深々と頭を下げた。

 その陰から覗いた口元には、わずかな笑み。

 ──これでいい。権力の牙城は、内側から崩すのが一番だからな。


 アルダインは、その笑みを見逃さなかった。

 だが何も言わず、ただ鋭い目を細める。

 静かな火花が散る。

 三人の思惑が交錯する中、謁見の間には、再び深い沈黙が落ちた。

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