第56話 激闘?福引会場?(29)勤造の娘

 さて、タカトたちのいる融合国内地の話に戻ろう。


 ヒョウタンを翠玉すいぎょくエメラルドと交換したタカトとビン子は、朝の配達で通る土手上を帰る家に向かって歩いていた。

 太陽が沈み始めている道上は赤い光に照らされて二人の影を大きく引き伸ばす。

 そんな二つの影が、先ほどからじゃれあっては引っ付いて、どつきあっては離れていくのであった。


 それはちょうど二人が川の上にかかる橋のたもとへとたどり着いたころのことである。

 そう、この橋は、毎朝、その下で蘭華と蘭菊が歌の練習をしていた橋である。

 だが、今は夕刻。だからその二人の姿は当然、見えない。

 おそらく今の刻限だと、ちょうど入院している母がいる病院に見舞いに行こうと、アルバイトをしているコンビニを飛び出している頃合いだろう。


 そんな橋の脇で地面の上に何枚もの絵を広げて売っている男、いや、お爺さんがいた。

 その屈強な体つきの上には三度笠をかぶり、咥えるキセルから煙を立てる。

 三度笠の破けた隙間からチラリと見える左目には、瞼を縦に切り裂くような深い傷がはいっていた。

 どう見てもただ者ではない……というか、カタギの匂いがしない……どちらかというと極道?

 しかし、タカトには、この男、いや、この爺さんに見覚えがあったのだ。

 そう、いつも毎朝、橋の欄干に腰を据え、川沿いで歌う蘭華と蘭菊の姿を飽きることなくいつまでもスケッチしていたジジイである。

 どう見ても変質者……どちらかとロリコンジジイ? 


 そんなジジイの横をタカトが手に持つエメラルドを、まるでお手玉でもするかのようにポンポンと投げ上げながら通り過ぎようとしていた。

 その時である!

 先ほどまで、のほほんとキセルをふかしながら空を見上げていたジジイが急に立ち上がると血相をかえてタカトのもとへと駆け寄ってきたのである。

 しかも、近づいてきたかと思ったら、いきなりタカトの胸元をつかみ上げた!

 おかげでタカトのティシャツに印刷されていたアイナちゃんのご尊顔が変顔のようにビローンと伸びてしまっていた。

 しかもそれどころか、すでにババアのようにしわくちゃになっているプリントされたお肌がボロボロとちぎれ落ちていくのである。

 ――俺のアイナちゃんが……俺のアイナちゃんが……くそっ!

 ということで、当然!

 カチ―ン!

「なにしやがる!」

 頭にきたタカトはエメラルドを強く握り締めた手を振り上げ、その重量とともにジジイの頭に拳を押し付けようとした。

 したのだが……

 それよりも早くジジイの眼がタカトを殺したのである!

 ぎらっ!

 ――ひぃぃぃぃっ!

 その眼光はまさに狼!

 いや、野生の狼というより、戦闘訓練を受けた軍用狼と言った方がいいだろう。

 とても勝てる気がしない……いや、生きて帰れる気がしない……

 しかも、そんな狼が大きな声で吠えるのだ。

「小僧! その翠玉すいぎょくエメラルドをどこで手に入れた!」

 このジジイ、年は先ほどヒョウタンとエメラルドと交換してくれた老人と同じぐらいか……

 だがしかし、タカトをつかむ腕は、先ほどのじいさまの腕とは違いたくましく鍛え上げられて傷だらけ……とてもじゃないが絵描きには見えやしない。

 

 先ほどから、そんな強い腕に力いっぱい胸元を掴まれているのである。

 しかも、今やその力によってタカトのつま先は地面から離れそうになっていた。

 だからこそ……今のタカトには先ほどまでの虚勢など残っているわけはなく……打って変わって、必死に愛想浮かべるのであるwww

「いや……さっきほど……別のおじいさまがですね……わたくしめが……いや、違った……筋肉マッチョのオッサンがですね……ガラポンで当てましたヒョウタンと交換してくれとおっしゃられましてですね……私、それと交換させていただいたわけでございますよぉ」と、とりあえずしどろもどろになりながら必死に答えた。

 その姿……もう……なんというか……見苦しい……お前にはプライドというものはないのか!

 はあ? プライド? そんなもの糞の役にも立つか!

 ――俺はな!強いものには逆らわない主義なの!

 嘘つきぃ~www

 常に貧乏くじを引いて、強いものに喧嘩売っているくせにwww

 ――あほか! あれは成り行き! 俺がいつ自分から喧嘩を売ったというんだ!

 えっ? 第一の門のジャック隊長とか……

 ――あれは! ビン子があいつらに馬鹿にされた……いや、そのあれだ……別になんでもいいだろ!

 などと、タカトの脳内で作者と問答をしているのを知ってか知らずか……いや、おそらく、じい様、タカトのへらへらした態度が気に食わなかったのだろう。

 先ほどよりも余計に声を大きくして怒鳴りつけたのだ。

「ふざけるな! ヒョウタンなんかと交換? 嘘をつくな!」

「本当なんだよ!」

 タカトも必死に肯定するが、じいさまはその事実をどうやら受け入れたくないようで、かたくなに信じようとしないのだ。

 怒りに震えるじいさまの手にはますます力が入り、ついには引っ張ったティシャツごとタカトの下あごを押し上げ始めたのである。

 それとともに曲がりゆくタカトのうなじは、とうとう限界を迎え始めた。

「痛たたたたた……」


 ビン子も突然のことで何が何だか分からなかった。だが、目の前のタカトがなんだか大変なことになっているのは分かる。途端、ビン子はタカトをつかむじい様の腕に必死にすがりついて懇願し始めた。

「タカトの言っていることは本当なんです! だから許してください!」

 そして、その腕を引きはなそうと必死に踏ん張るのだが、老人とは思えぬその男の力の前ではビン子のか細い力など全くもって無力の無力。

 まるで鉄棒でもするかのようにビン子の体もブランブランと揺れていた。


 そんな時、ついに意識がもうろうとし始めたタカトの手から一つの大切なモノがこぼれ落ちたのだ。

 もしかして、エメラルド?

 いやいや、タカトにとってエメラルドなどただの石!

 もっと大切なものがあるでしょうwww

 そう! アイナちゃんの入浴写真!

 そんな写真がタカト手を離れひらひらと木の葉のように舞い落ちたのである。


 それを目のはしで追うじい様。

「なんだこれは?」

 タカトをつかんだまま残った手でその写真をパッと掴み取ったのである。

 グシャ……

 じいさまの手の中で小さき断末魔の音を立てる一枚の写真。

 それは、まるで紙ごみを扱うかのように乱雑に、そして、どうでもいいかのように思いっきりと握りつぶされていた。

 だが、それを見た、いやその音を聞いた途端、タカトの中で何かがはじけたのである!


 タ

 カ

 ト 覚醒!


「うおぉぉぉぉぉ! 手を放しやがれぇぇえぇぇぇぇ!」

 とたん、ジジイの腕を力任せに振りほどこうと暴れだしはじめた。

 だが……

 タカトの威勢もそこまでだった……

 そう、じい様の屈強の腕の前ではタカトのあがきなど赤子が暴れているのと同じこと。

 とてもじゃないが、非力なタカトが力比べで打ち勝つことなど土台無理な話であった。

 ということで、タカト陥落!

 ガクっ……

 ついに力尽き、爺様の腕の先からだらりとぶら下がる様子は、まるでテルテル坊主。

 あ~した♪ 天気になぁ~れ♪ と、きっと明日も晴れるだろうwww


 だが、そんな必死なタカトの様子にじい様も少々気になったようで、グシャグシャニした写真を指先に持ち直すと中身を確認するかのように広げ直したのだ。

 そして、一言……

「なんだ……勤造の娘ではないか……」

 そう、そこに映っていたのはアイナを模した勤造の娘だったのである。

 アイナの偽物! イミテーション!

 まるで、タカトの持っているエメラルドと同じwww

 えっ? エメラルドは本物だろうって?

 ならば、そのアイナちゃんも本物なんじゃないwww

 モノの価値なんて人それぞれなんだからwww


 だが、その言葉を聞いたタカトは反応した!

「な・ん・だ・と・ぉぉぉぉぉぉお!」

 再び! タカト復活!

 先ほどまで力尽きていたタカトの意識が、その爺様の言葉によって再び覚醒したのである。

 いや覚醒というより、大混乱www

 無理もない。

 その写真に写っているのはこの国のトップアイドルのアイナちゃんなのだ。

 そのアイナちゃんが、先ほどのジジイの娘?

 確かに、あのジジイ、娘がいるとは言っていた……

 言ってはいたが、その娘がアイナちゃんだとは聞いていない。

 というか、アイナちゃんがあのジジイの娘なのか?

 いやいや! よく考えろ!

 あの入浴写真……あの無防備な表情は、家族だからこそ撮ることができたのではないだろうか?

 そう考えると……確かに、アイナちゃんがあのジジイの娘であると言えるのかもしれない……

 というか……マジで! あのジジイの娘がアイナちゃん?

 ちょっと! 聞いてないよ!

 ちょっ! おじい様、いや、この際、お父様と呼ばせていただこう!

「お父様! アイナちゃんと結婚させてくださいませぇぇぇぇえぇ」

 

 それを聞くじい様は少々意味が分からない様子の顔をしていた。

「小僧……お前に、お父様呼ばわりされる覚えはないのだが……というか、この写真に写っているのは、アイナではなく勤造の娘の真音子だぞ」

 それを聞いたタカトは再び!

「な・ん・だ・と・ぉぉぉぉぉぉお!」

 意味が分からない。

 ますます大混乱するタカトの頭。

 だが、こう見えても体は子供! あそこも子供 ついでに理性は赤ちゃん並み!

 そんな名探偵顔負けの頭脳がフル回転する。

 ――権蔵じっちゃんの名にかけて! 俺がこの問題を解いて見せる!


 整理してみよう……

 あの写真に写っているのは、まぎれもなくアイナちゃんである。

 ということは、アイナちゃんが勤造の娘である真音子という女なのか……

 式にするとこうだ!

 アイナちゃん=勤造の娘=真音子という女

 ならば、この式も成り立つのである!

 アイナちゃん=真音子という女

 ならば、これを充足させる条件とはなんだ!

 そんな今、タカトの頭の中でスパコン腐岳が一つの答えを導きだした。


 そうか! 芸名なんだ!


 真音子という女がアイナちゃんという名前を名乗っているに違いない!

 これですべてがつながった!

 名探偵タカトの前に解けない謎などありはしない!


 ということで、その写真は真音子が演じるアイナちゃん! だから、アイナちゃんなのだ!

「そのアイナちゃんの入浴写真を返せ!」

 と、暴れ始めるタカトであったが、じい様は、そんなタカトをぐっと無理やり突き放すと、もう一度マジマジと写真を見直すのであった。

 そして、何かに気づいたようで、先ほどまで満ちていた殺気がスッと消えたのであった。

 ――勤造……そういうことか……

 そう、その写真には、「情報国」に伝わる暗号文字がひそかに写しこまれていたのである。

 そこには……

『蘭造へ、翠玉すいぎょくは返す。アイナを探す』

 とあった。


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