『ちょっとしたその後』
娘が婚約者を家に連れてきて、まず驚いた。
「……………………………」
高校を卒業したばかりの教え子と聞いて、驚きが三倍くらいに膨れた。
「……………………………………………………」
女の子だったので、どこから話せばいいのか迷子になった。
「お義母さん、しまむらです! 島村抱月です! 以後お見知りおきを!」
声の大きい子だった。向かい合って座っているだけで、早くも義母扱いされた。うちの娘もいつかは結婚して家を出ていくのだろうと想像はしていたけれど、なかなかしないものだな、と忘れそうになっていたところに鉄砲水のようにやってくるものだった。
「結婚するの? ……この子と」
娘を窺う。婚約者の方は今にもそうだぜと言わんばかりに目が輝いている。まるで物怖じする様子もなく、無邪気そのものだった。娘はそんな婚約者の様子を一瞥して、「まぁ」と曖昧に頷いた。
「あれ、あだっちーどうした? 元気出していこう! エーザ〇!」
「いや、まさか卒業式にそのまま結婚することになって家に来ると思ってなくて……」
心の準備が……と娘が困惑気味の笑顔を浮かべる。卒業式だから制服を着ているのか、とこちらはそんなことに納得する。
「いいじゃん。わたしずっと待ってたし」
「待ってるとは思ってなかったなぁ……」
そう呟く娘の口元の緩みが、満更でもないことを伝えてきた。
それなら。
「本人たちがいいなら……いいんじゃない?」
私が反対する理由は特になかった。さすがに、教え子と結婚するとは思っていなかったけど。
結構な年の差に見えるけれど、本人たちが納得しているなら……いいのだろう、多分。
「いいって! よかったねあだっちー!」
「あの、もう一回くらい先生って呼んで」
「今度わたしの両親も連れてきますね! 特にお母さんはちょっと……かなり……少し元気です!」
「そう……」
今までと違って歯切れが悪いのが少し気になった。なに、少し元気って。
「そうと決まったらわたしの布団とか着替え持ってくるね」
「え」
私と娘、どちらが発した躓きか定かではなかった。
「ここに住むの?」
「とりあえずは! あ、大丈夫です実家にもちょこちょこ帰りますので!」
心配いらないよ! とこの世の春を迎えたように陽気な婚約者が、バタバタと駆け足で居間を出ていく。玄関が騒がしくなって、飛び出していったのが音で伝わってきた。
空間ごと巻き込んで走り去っていくような若さが、眩しくすらあった。
残された娘と微妙な空気の中、目が合う。
「教え子っていっても、小学校に勤めていたときの子で……」
「うん……」
「年の差が、大分、こう気になるんだけどー……」
ぽつぽつ語る娘の言葉を聞きながら、子供の結婚というのはこういうものなのだろうかと悩んだ。私が想像していたような湿っぽさはなく、快晴の中で吹き荒れる風がすべてを浮き上がらせるようだった。
しかし、それが娘の結婚だというならば。
「とりあえず、結婚おめでとう」
「どうも……」
私が与えられるのは祝福だけだろう。
硬い祝福の花束を押し付けられた娘は最初、ぎこちなく頭を下げて。
それでも最後は、「うん」と幸せを受け入れるように笑うのだった。
後日、娘の婚約者の両親を紹介されて、若干後悔するのは少し先の話だ。
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