『安達としまむら四方山話その3』


「しまむらは、私に会いたいって思うときとか……ない?」

 期待に色づく瞳と、面倒くさい彼女らしい確認が控えめな足取りでこっちにやってくる。

「会いたいなーっていうか……大体毎日会ってない?」

 学校がある日はこうやって。休日は、会わないこともあるけれどそういう日は通話するし。

「そうだけど、その中で……わーっと」

 わー、とうちの居候みたいな表現で安達が顔を覗いてくる。つまり安達は時々、わーっとなるらしい。わたしは正直ならない。こうやって教室でも、一緒にいるのが当たり前だし。

「一週間くらい会わなかったらそう思うかも」

 これまでとこれからを考えると、そんなときが訪れる気がしないのだけど。

 その発言を受けた安達が「いっしゅうかん」と声でなぞり、検討し、難しい顔になって。

 ぶんぶん頭を横に振ってから、こちらをじっと見る。

「一生思わなくていいです」

「はい」

 ということになった。



「安達はさ、北と南ならどっちに行きたい?」

 旅行から帰ってきて一週間くらい経ってから、しまむらがそんなことを聞いてくる。

 しまむらの手には、前も二人で読んだ旅行雑誌があった。

「しまむらがいる方」

「それは左」

 同じソファーに座っているしまむらを横目で見た後、少し考えて。

「しまむらは寒がりだから、南かな」

「それもいいね」

 ちなみに前も南国へ行った。でもまた行ってもいいと思う。

 思い出も、体験も、色濃く、滲むほどに記憶に残る。

 しまむらは行きの空港の雰囲気が好きだと言っていた。帰りはそうでもないらしい。

 でもそれは、なんとなく分かる感覚だった。

「また旅行のお金貯めないとね」

「節約しないと。でも、目標があると倹約してもわくわくする」

「うん」

 また分かる気持ちがある。一緒にいる間に、そういうものが増えてきた。

 それを集めて机に石を並べるように、記憶に飾って眺めるのが、今の私の趣味だった。



「本当に人様の庭にテント張るやつがいるかね」

 池の近くに設置された青色のテントを、廊下から眺めて呆れる。なんでも、青色は虫を寄せづらいと聞いてあの色にしたそうだ。テントから顔を出した永藤が周囲をきょろきょろと窺った後、しゅっと頭を引っ込めた。なにと戦っているのだろう、あれは。

 突拍子もない一方で割と飽きやすい面もあるので、一週間くらいでテント泊に飽きると見ている。ちなみにキャンプらしい行動等は特にしていない。キャンプごっこなのだ。

「大胆な子ね」

 通りかかった母さんが、恐らくわたしと同じような目つきでテントを一瞥する。

「あいつは分かるけど、分からんって感じなんだ」

 なにをしているかは分かるけど、なんでそうなったか分からないことが多い。

 時々、なにしているかも謎な行動に飛びつくけど。

「勝手に住み着いた亀とかの仲間と思ってほしい」

「いいけどね」

 いいのか、景観損なうけど。母さんが隣に立って、わたしを見ないまま。

「晶」

「んー?」

「私は色々あって……満足で、でも…………あなたは、もっともっと好きに生きなさい」

 置いた間になにを込めたのか、こちらも沈黙の中でなんとなく察する。

「ん、分かった」

 あれより好きに生きるのはとても難しいだろうけど、とテントを眺めて肩を揺らす。

 母さんと別れてから庭に下りて、テントに行ってみる。近寄ると丁度、永藤がテントから出てきた。手には昔買った、玩具の延長みたいな双眼鏡があった。

「今から池の亀をウォッチングする会が発足されるけど、きみも参加するかな?」

「お前死ぬほど暇なんだな」

 奇遇なことにわたしもそうなので、付き合ってやることにした。

 これからもずーっと暇なので、つまり、そういうことなのだろう。

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