『安達としまむら四方山話』
部屋に戻るとアザラシくんが増えていた。
なんとなく正体は分かるので、どっちかなと上から見比べて片方を持ち上げてみる。
いつものアザラシくんの方だった。やぁ。
「ふふふ……引っかかりましたな」
残ったアザラシくんが当たり前のように二足歩行で立ち上がる。やっぱりか。
フード部分の顔がアザラシくんそのままだった。
「しまむらさんこんにちは」
「はいこんにちは宇宙人」
「本日はアザラシくんに擬態してみましたぞ」
「なぜ」
いつものタヌキやリスと比べたら、うちに馴染んでいるという意味では珍しく擬態として成り立っているけど。
「わー」
珍しいぞー、と諸手を上げて喜んでいる。しかしアザラシくんに擬態してなんの得があるかはさっぱり分からない。アザラシくんみたいに枕にしてみるか。
「ぎゃー」
横にして頭を乗せてみたら、ふわふわしすぎて置き心地が逆によくない。
こいつの材質は一体なんなのだろう。触れていると、海面のようだった。
水面に頭を乗せられるというのもなかなか、不可思議との出会いではある。
ま、いいか。
「そろそろ昼ご飯だから行くよアザラシくん二号」
「はーい」
部屋に残った本物のアザラシくんに手を振って、台所に変なのと向かう。
ありふれた我が家での風景だった。
汽笛が、少し遠くから響いてくる。
そろそろまた出発するらしい。少し長居して買い物しすぎただろうか。しまむらと顔を見合わせて、二人で緩い下り坂を走り出す。手足が自分のものではないように軽く振れて、ああ、久しぶりだとそうなるのかもしれないって思う。
こっこっこって、軽快に道を踏む音が二つ、時々重なる。
しまむらと手を繋ぎたかったけれど生憎荷物がいっぱいで、船の甲板に戻るまでお預けだった。異国の情景が駆ける身体に合わせて上下に揺れると、夢に見る景色のようだった。
昼の日差しに焼けたように、建物と地面がやや黄色く映る。
元いた土地とは違う砂の匂いがしていた。
「けっこう、遠くまで来たね」
走りながら私が言うと、しまむらが「そうだねぇ」と空を見上げる。
青色が濃く、雲が滲む。無音で静かに見上げるのが似合う、そんな空だった。
「まだまだ行くよ」
「うん」
「次はどんな国がいいかな」
「しまむらと一緒に、笑える場所がいい」
「じゃあどこでもだ」
枠を取り払ったような、満面の笑み。しまむらの白い歯に、頬が、震えた。
「そうだね」
出発を待つ添乗員に怒られないように、足を速める。
手も繋ぎたいから、私の方が少し、張り切っていた。
「ねぇ話聞いてる?」
「聞いてない」
「最近鳥の鳴き真似に凝っててさぁ。なかなかいい線のやつとか聞いてみたくない?」
「話聞いてる?」
「もちろん。じゃあヤマガラの鳴き声いくぜ」
奇怪な声をあげるものだから、すれ違う人の視線が痛い。私をそれに巻き込まないでほしい。
「どう? 似てただろぉ?」
「ヤマガラの鳴き声なんて聞いたことない」
「だからこんな感じなんだって」
もう一回隣で得意げに鳴いてきた。
うるっせぇぇぇぇぇ。
今日もプールで絡まれている。これを絡まれている以外のなんと言えばいいのか。
そういえば、アレの家に泊まったときに旦那さんから対処法を教えてもらったのだ。
『アレはですね、まじめな話を振ると苦手なので逃げていく傾向があります』
なるほど、いかにもそういう性格と顔つきだった。まじめな話……まじめ? まじめな話ってなに? いざ考えてみるとなにも出てこない。アレとできるまじめな話とは一体?
アレとは出会いからして適当だったので、昔話さえできないのだ。
隣の鳥よりうるさいアレを睨む。アレは視線が向けられただけで楽しそうだ。
そのアレに対して、お祓いの呪文を試す。
「日本経済について話しましょう」
「いいねぇ! じゃあ近所のどこのスーパーが一番大根安いかなんだけどさ」
私は即座に己の失敗を悟った。
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