『私の初恋相手がキスしてた』×『安達としまむら』コラボSS 『不安定なる完全』
ま、もういいだろうという頃合いを見計らって、大人たちが顔を突っつき合わせる集まりから色々理由をつけて抜け出した。両親は全部分かっているのでなにも言わないし、向こうの家の連中もわたしがいたところでなにが変わるわけでもなく。
顔合わせを済ませたらわたしの出番は終わりだ。上の兄貴たちが家の重さを全部引き受けているのが本当にありがたい。あーだる、と整えた髪を解いて下ろすと、少し空気が緩んだ。
庭は毎年と変わらない様子で、蝉が無視できないくらいうるさい。夜中が訪れつつあるのに、昼間の勢いを維持している。交代で鳴いてんのかと思うくらいだ。庭木があまりに多すぎるのも考えものである、手入れも一々手間だし。
その庭先に出て生温い空気の中で固まった肩や腰を回していると、気配と足音がした。
振り返ると、花の香りを連れ立って隣にやってきた女がにこにこしていた。
挨拶に来た一家の中で、一番暇そうにしていた女だった。会合の中で退屈そうにしている雰囲気はなんとなく感じ取れる。わたしもそうだからだ。でもわたしと違うのは、そんな中でも笑顔を絶やさなかったことだ。この女も抜けだしてきたらしい。
女は伸びをした後、わたしの顔を楽しそうに覗いてくる。
背丈には随分と差があった。あと乳も。
「なにか」
「女子高生?」
柔らかい微笑みで、大切なことみたいに確認してくる。
……美人だな。身近にはちょっといないタイプの。
「一応」
「うんうん」
宝物でも見るようなその目はなんだ。
「きみもなかなかかわいいねぇ、どこ住み?」
「ここ住みじゃい」
「あっはっはっは」
気持ちのいい笑い声をあげる女だった。というか、行動の一つ一つが涼しくて、気持ちいい。永藤がうちの家にはそういう空気があるってよく言うけど、それに近いのかもしれない。
そのさらっとした女がたもとから電話を取り出して、目を丸くする。
「珍しいな……」
いい連絡でも来たのか、電話を引っ込めた女はまた楽しそうに緩く笑っている。
いいよー、と唇が小さく動いたように見えた。
「では失礼します」
「はーい」
一礼して、心なしか足取りも軽く去っていった。
「んー……あれだな」
綺麗だがなんかうさんくさい。非の打ちどころがない美人面で、当たりもよく、だから怪しい。
完璧を装う人間を警戒するのは、結局、人間は不完全であることが自然だからかもしれない。
「お嬢様」
入れ替わるように別の人影がわたしを呼んだ。こっちは慣れたお手伝いさんの声だ。
「お嬢様はやめろってば」
「嫌がるから言ってます」
ほほほ、と朗らかに笑っている。
「いい趣味してんじゃねーの。で、なに?」
「お友達が来てますよ」
「あぁ? ああはいはい、あいつほんとに連絡とかないな」
しかもこんな夕方過ぎに来るとか、明らかに泊まりにきている。
お手伝いさんと一緒に庭経由で玄関に向かおうとしたら、途中で永藤に出くわした。
デカいリュックを背負った永藤が、「おぉー」とわたしを見て眼鏡越しに笑う。
「和服の日野だ」
「お前な」
「髪を下ろした日野もいいねぇー」
「よくねぇー」
当たり前のように庭をウロウロするんじゃない。
「さっきも和服の人とすれ違ったぞ」
「それはお客さんだよ」
「女子高生か聞かれたので肉屋の娘ですと答えたら大喜びしてくれた」
「なんなんだお前ら」
どんなやり取りだと呆れている間に、永藤はなんだと聞かれたことへ返事する。
「完璧な永藤ちゃんだよ~」
「そーですね」
頭から爪先まで完璧に永藤なのだが、こいつには特に怪しさなんて感じない。
安定している永藤なんてそっちの方が気味悪いからな、と結局わたしも笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます