『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん 2015年10月21日』【再掲載】

 ※この作品は「入間の間」に過去掲載された小説の再掲載になります。



「きみたちへの手紙を預かってきたぞ」

 ヘイヘイと手招きしている変な男は通り往く皆様に目を逸らされて、無視されてと散々だったので僕は他人事ではないと大いに同情してその男に近寄っていくのだった。

 嘘だけど。

 当たり前のように僕も通りすぎようとする。しかしその男、実に大柄で熊のようなそれの腕が僕の脇をがっしと掴む。引き留めるにしても他に手を伸ばす場所がいくらでもあるだろうに、なぜそのような柔い急所的な部位を狙うのか。身体を捻って逃げたらちぎられそうだ。

 やむなく立ち止まると、大柄な男が「よぉよぉよぉ」と肩を叩いて歓迎してくる。

 身体は熊だが顔つきは狐のようだった。目が細く、口もとが鋭い。日焼けの跡がくっきりとして、よれた白衣という格好も含めて郵便局員ではないようだ。その雰囲気から、町の人間ではないとすぐ感じた。この町の連中はもっと辛気くさい。

「どうだ手紙、読んでみないか。タイムマシンで運んできたんだぞ」

 変な男が脇をぐいぐい引っ張ってくる。いや脇ってそこまで引っ張れるものじゃないだろう。

 痛し、と顔をしかめていてもこちらのそうした反応に無頓着なのか、まったく手心がない。

 取りあえず付き合っていられないのでお断りを入れることにする。

「すいません、ファンキーな彼女がお家で待っているんで」

 若干焦っていたのでラブリーと言おうとして間違えた。

「おぉそれは丁度いい。タイムマシンで帰れば待たせることもないぞ、送ろうか?」

「………………………………………」

 一瞬、そりゃあ確かになんて思ってしまった。しかしそれは前提が大問題だ。

「タイムマシンなんて仰いますけど、そいつはどちらに?」

 なんだかんだと話に乗るような形になっていることは大いに不本意だが、脇の安全の確保が第一だった。脇が危ない。ソードマスターじゃないから新しい脇などという概念もないので、自分の身体は大事にしないといけなかった。右腕はともかく、脇が動かなくなったら困る。

 脇が動かなくなるってなに。

「こいつだ、目の前にあるじゃないか」

 変な男が意気揚々と指差してご紹介してくれたのは、軽トラだった。

 軽トラだ。

 多分、ひっくり返してもどこまで行っても時速140キロを出しても軽トラだ。

「………………………………………」

「やはり言葉もないか」

 僕は言葉もなく冷ややかに見つめたつもりだが、変な男はそれを無言の感激と捉えたらしい。

 その過剰な前向きさは、未来へ前のめりという感じだった。

「こいつの秘密は友人にしか明かさないことにしている。さぁきみとぼくは今からおともだち」

 変な男が握手を求めて右手を差し出してくる。僕はつい、未だ消えない癖のように右腕を上げようとして、失敗する。痛みこそないけれど、右腕の重みのようなものは指の付け根に感じ取れる。そこまでは薄く繋がっているみたいで、でもそれ以上はどうにもならない。

「すいません、腕が少し」

「ん、そうなのか?」

 変な男は気を遣うどころか、物珍しそうに顔を近づけてまじまじと右腕を観察してくる。見てなにか分かるものでもないと思うが、新鮮な反応ではあった。しかし動かない腕なんて見て面白いものだろうか。疑問に思っていると面白くはなかったらしく、変な男が顔を引っ込める。

「きみの名前を言ってみろ。預かってきた手紙を探さないといかん」

「……名字だけでいいですか?」

 町中での英会話教室への勧誘より怪しいなぁと思いつつ、名字だけ教えてみた。

 本名か今の名か。一体、どっちを名乗れば良かったのだろう。

 変な男が軽トラの荷台を漁り始める。白衣の色と相まって袋を背中いっぱいに担いだサンタに見えた。やなサンタだ。その嫌なサンタこと変な男が振り返って僕に尋ねる。

「1985年と2045年の手紙、どっちがいい?」

「……年数になにか意味が?」

「そういうやつだからな」

「そういうやつですか。んー……」

 迷ってしまう。1985年だと僕は生まれていない。2045年だと……生きているか怪しい。

 となると一体、誰からの手紙なのか。バカげた問いを、まじめに考えてしまう。

 ……うーむ。

「じゃあ未来からの手紙を一つ」

 過去なんか選んで万一、父親からの手紙だったりしたら頭でも狂いそうだったからだ。

 え、元々狂っているって? ははは。

「お、未来少年となるか。いいぞ、俺も未来の方が好きだ」

「はぁ」

「ん、俺は私だったか? いや俺のような……いかんな、時間を旅しすぎて感覚が曖昧だ」

 変な男が頭を掻きながら少々、妙なことを口走る。

 うわー、変な人だー。

 とはいえ僕が会ってきた色々な変な人よりも、悪意は感じなかった。

「あった、これだな。はい手紙」

「ほぅ」

 差し出された茶封筒を受け取る。

 未来からの手紙にしては普通の封筒だ。2045年でも紙の文化は健在らしい。

「あと先着順の景品だ、持っていけ」

「……どうも」

 菓子袋を頂戴する。袋の表面を見るとしるこサンドと書いてあった。

 スーパーでよく見るやつである。これもまさか2045年生まれではないだろう。

 賞味期限を確かめると今年中だった。まさに近所のスーパーで買った感がある。

「さて次のやつに渡しに行くか」

 のっそりと動く変な男が軽トラに乗り込む。

 ……別の勧誘の切り口ではなかったようだ。拍子抜けのような、面倒がなくていいような。

 運転席に収まった変な男はシートベルトもしないで軽トラを起動させる。

 古臭い軽トラはエンジンの振動だけでそのまま部位ごとに分解されていきそうだった。

「未来ドライブが加速する」

「車種まったく違いますよ」

 そうして変な男は僕の眼前から消えるのだった。

 軽トラごと。

 一瞬で。

「………………………………………」

 僕は思わず額に指を添えて、よろめきそうな身体を踵で支える。

「消えたな、うん」

 消えた消えた。

 消えたのだ、と納得して帰ることにした。

 ……納得できる! すげぇ! 自分で頭の具合に感心しそうになった。

 嘘よん。

 そうして帰り道、つらつら歩きながらタイムマシンのことを益体なく考える。

 もしもの話、だ。

 過去に戻って僕が親父か母親を殺したら、大体の問題が解決してしまう。

 ほとんどの後悔が帳消しになる。

 それこそ物語にしてしまったら十巻ぐらいは続きそうな、そんな話が。

 そりゃあ勿論、僕の存在は消えることだろう。でもそれだけだ。他の連中は生まれるし、事件もないし、つまずくことなく未来を生きていくだろう。……ああでも、妹も消えるか。兄貴もいた気もしたけど、あっちは影が薄いから僕と一緒に消えても構わないだろう。

 まぁ、そのように。

 はっきり言ってしまうと、僕がいなくなって不幸になるやつなんてほとんどいないのだ。

 むしろいないかもしれない。

 僕が知る小さな世界の幸せに、僕は不要だった。

 だけど僕はここにいるし、消えられないし、過去もなかったことにはできない。

 なぜなら僕は、自分のことがだいだいだいすき、ダイスキングだからだ。

「言うまでもなく嘘だけどね」

 どうしようもないだけだ。

 世界と共に一秒ずつ朽ちていくことしかできない。

 そんな、ありふれた人間なのだ。

 まぁそういう自分も本当に時々だけど嫌いになれない瞬間があるので、生きていられる。

 生きていていいなんて誰かに肯定されることはめったにないけど、まぁいいじゃんと。

 そのようなパンピーであるところの僕に渡された、得体の知れない来訪者からの異物。

 こっちは消えることはない。

 銀の手が消えないようなものか。違うか。

 摘んだ指で封筒をすりすりと擦ってみる。

 摩擦で指の腹が少し温まった。外の空気との温度差が少し強調されて感じる。

 冬が近づいてこようとしていた。

「……夢でも見ていることにしよう」

 そう考えれば、頭が考えすぎて焦げ付かなくて済む。

 その夢の切れ端を持ったまま、僕は家へと帰るのだった。

「もちゃもちゃ」

 貰ったしるこサンドを頬張りながら、早速、手紙を開いてみることにした。嫁はまだ寝ていたし、こんなものが見つかったら即座に燃やされるので、燃える前に読んでしまおうというわけだ。リビングのソファに腰かけながら封筒を開く。

 手紙というには薄っぺらい紙きれが一枚入っているだけだった。

「えーと、差出人は……」

 開く前から色んな可能性を考えていた。2045年まで生きていそうな知り合いを。

 妹は多分死んでいるだろう、なんとなく。叔母も死んでいそうだ、多分。勿論僕も死んでいる。恋日先生はどうかな、意外と元気そうだ。奈月さんはなんだかあのままの見た目で飄々としていそうである。湯女は生きている。あれは僕に似ている割にしぶとそうだ。

 とまぁ、つらつら思いつつ手紙に目を落とす。

 見出しは簡潔だった。

『父さんへ』

「……父さん?」

 キョロキョロする。僕しかいない。……僕か?

『私は父さんと母さんの子供なので、大変に苦労しています』

「あ、これ僕の子だ」

 父親のせいで苦労しているという記述で半ば確信する。あと母さんのところも、うん。

 分かる分かるとベッドの方に首を伸ばす。足の裏しか見えない。うん、綺麗だねぇ。

『まだ父さんの方が話は分かると見込んで、手紙を父宛としました』

「……文面と字の書き方からみるに、息子じゃなくて娘かな」

『私は虫がめっちゃ嫌いです。どうか部屋の掃除だけは怠らず、害虫の温床を作らないよう努めてください。あなた方に望めるのはそれくらいだと思っています』

「………………………………………」

『それだけです。ではまた、いずれ。娘より』

 やはり娘のようだった。虫が嫌いなのは、両親のどちらに似たのやら。

 内容はこれだけかと思ったら、貼りつくように二枚目があった。

 なんの気なく指で摘んで剥がして、目を通してみる。

「ぐわっ」

『××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××』



 一面に書き殴った××が、僕をお出迎えしてくれた。目が左右に激しく躍る。

 下唇がぶるんぶるんと震えて、顔面が左右に擦れるようで吐き気を催してきた。

「……やってくれるじゃないか、娘」

 僕の急所を熟知した的確な攻撃に、思わず肩を揺らしてしまう。

 そうでなくちゃいけない。

 それぐらい戦えなければ、生きていけないさ。

『追伸。2033年が一番大変でした』

「2033年?」

 攻撃の端っこに埋もれるように書かれたそれに、首を傾げる。

 そんな遠い未来には勿論、心当たりなどない。

 一体、誰が大変なのか。

 娘か、僕か。或いは両方なのか。

 噛み砕きすぎて汁状となっていたしるこサンドを飲みこむ。

 しるこの味ってこんな風だったかな、とご無沙汰しているそれといまいち比較できなかった。

 手紙を畳んでから、はっはっはとパパ苦笑い。

「手厳しい娘だな」

 心臓病の薬とか渡してくれるわけでもなく、掃除の催促と来た。でもまぁ、期待の分量から見るに、親の身の丈をきちんと理解している娘のようだ。聡いと言える。将来有望だ。

「……しかし、子供なんて作るつもりないんだけどな」

 この手紙がきっかけでそんな気持ちになるのだろうか?

 タイムパラドックスを含んだ動機を思い描くが、ピンと来ない。

 2045年といったら何歳だ、と指折り数える。

「わーお」と、出てきた年齢に抑揚なく驚く。

 死んだ両親より歳食っているじゃないか。正直、超えられるなんて思っていなかった。

 僕と手紙を渡した男の頭が狂っていなければ、娘まで生まれる。

 僕の。

 ぼくの娘。

 ぼくの家族、か。

「………………………………………えー」

 抱っこするときとか、不安だな。右腕が使えないから。

 まずそんな心配をするあたり、案外、僕も楽しみにしているのだろうか。

 なんか、アレだな。

 そうなるとまだまだおわらねーな、人生。

 色々と畳むわけにはいかないみたいだ、となると。

「……よし」

 手紙をもう一段、厳重に畳んで僕と他人の目につかないようしまい込む。

 それから、まだ見ぬ娘のために、部屋の掃除をしようと思った。



 →THIS IS ONLY THE BEGINNING.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る