『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん -1』【再掲載】
※この作品は「入間の間」に過去掲載された小説の再掲載になります。
「これが、ぼくかぁ」
うーむ。ぼくはいつ睫毛がラメ入りの如くキラキラするようになったのだろう。
なかなかどうして格好いいけど眩しくねえのかな。
「どう?」
お向かいでこの絵を描いたその道の巨匠ことまーちゃんに感想を求められる。
「むしろ、ぼくの顔どう? 目のあたりキラキラしてる?」
まばたきをぱちぱちしながら逆に尋ねてみる。まーちゃんはしごくあっさり頷いた。
「うん」
「え、マジで」
「わたしにはそう見えるもん」
あ、そっちの方向か。ちょっと残念。
「あのね、みーくん。絵というのは見えたものを描けばいいんだよ」
まーちゃんがちょっと得意げに教えてくれる。誰の受け売りかな。お父さん、お母さんどっちだ。いや案外おじいちゃんとかかもしれない。
その日の図工の授業はそれぞれの似顔絵を描く、というものだった。本当はそれぞれ組む相手が決められているのだけど、まーちゃんとぼくの間であれやこれやあって、他の子と交代することでこの組み合わせとなった。
まーちゃんはちょっとわがままさんだけど、慣れるとそういうところもいいものだ。
多分。いや他の人からは美徳に見えなくとも、ぼくにとってはそう見えるのだ。
そう、まーちゃんの世界でぼくがキラキラしているように。
「みーくんのも見せて」
まーちゃんが差し出してきた手に、はいと出来たての絵を載せる。
書く前からぼく絵下手だよとは前置きしておいたから、きっと大丈夫だろう。
なにが大丈夫か。
「おー、これが、わたし……かぁー」
いつも明朗快活なまーちゃんの歯切れが悪い。画用紙で顔は隠れているけど、はてさて。
やがて、首を傾けてまーちゃんの顔が見える。にっこりしていた。もう絵なんか関係なく。
「えへへー」
「うへへー」
笑ってごまかした。だから本当はあんまり組みたくなかったんだよなー。
もっと上達してから挑戦してみたかったのに。いや上手くなるとは限らんけどね。
ただぼくは上達するコツみたいなものは知っていた。それは、上手くなるってどういうことかをちゃんと考えるっていうことだ。ぼくはちょっと前にサッカーボールをばかばか蹴っていたけど、サッカーは上手くならなかった。本当にボールを追って蹴っているだけだったからだ。
どうすれば上手くなるかを考えないで練習していても、ずっと上達しない。
そういうことに最近、気づいてきた。
だから絵も、上手くなるってどういうことか理解すれば、上達するかもしれない。
次はもっと、まーちゃんを美人さんに描いてみたいものだ。
その頃には今よりもっとまーちゃん本人が美人になっているから、大変だろうけど。
……ま、それはさておきと返してもらった自作の絵を眺める。
なんで、絵を描いたのだろうと少し考える。
なにかを残すためだろうか。
先週のこともろくに覚えていないぼくが、この日のことを記憶するために。
深く考えたのではない思いつきだけど、そいつはいいな、と納得する。
この絵がある限り、ぼくたちはお互いのことをきっと忘れないのだろう。
最近は本当に、日が暮れるのが早くなってきた。少し遊んでから帰るだけで夕日が見える。
まーちゃんの手を握りながら歩くいつもの道も、日の傾き具合で別物の景色を映す。雑草と捨てられたごみの混じる畑も、青いはずの屋根も、音と熱のない光に焼かれているようだった。
ぼくたちの横顔も例外ではなく、まーちゃんの白い頬が赤い陰を帯びる。
暖色に染まりながらも、なぜか寒々しさを覚える。
「なぁに?」
ぼくの目に気づいてか、まーちゃんが柔らかい調子で反応する。
動きに合わせて流れる前髪と睫毛が、本当にきらきらと輝いているように見えた。
図工室じゃなくてこういうまーちゃんこそ絵に残したい、なんて思ってしまう。
「いひひ」
なんとなく照れて、ごまかしたように笑う。「なぁーにー」とまーちゃんも笑いながら優しく問い詰めてくる。追及から逃れようにも手を握ったままだから離れられなくて、二人で踊るように道を走り回る。自動車どころか自転車も通らない田舎道。
後にも先にも、ぼくたちだけだった。
背中からやってくる風が冷たく、膝の裏をくすぐる。
早く行けと、誰かがぼくたちを押しているようだった。
だけどぼくとまーちゃんはお互いを見つめることで夢中になって、周りを見失い。
だから。
「気にしない気にしない」
「気になるよー」
言ったついでに、ぼくもあまり気にしないことにした。
絵に残さなくても、ぼくとまーちゃんはいつも一緒にいる。
望む限り、僕と彼女の物語はいつまでも同じ一冊に収まっていく。
「にっこり」
「……にっこり」
いる。
「きみたち、ちょっといいかな」
はずだった。
大人の声がした。湿り気を帯びたような風の中に、暖かみを感じる。
まーちゃんの手を握ったまま振り返る。
人の良さそうなおじさんが沈みゆく日を背に、笑顔で立っていた。
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