『女々リオン(タイトルは現実のもの、ひいては作品内容に一切関係ありません)』

 ※この作品は「入間の間」に過去掲載された小説の再掲載になります。



「いいかイトコー、おやつは一個までにするよーに」

「そうですねきをつけます」

「でもエリオさんは大人だからおやつ二個までオーケー」

 えへん、とエリオが腰に手を当てて胸を張る。……大人でも二個なのか。

 案外自由がないねー、と適当な感想で流して自転車を走らせた。

 ある休日、ぼーっと過ごしていたら昼過ぎに女々さんから電話がかかってきた。

『女々たんねー、今日はちぉっとだけいちょがちいの』

『そうなんですか』

 喋り方にはもう言及しない。

『だから代わりにお買い物行ってきてーぶるばちゃぶるじゅるぶるる』

 後半の頭おかしい部分はさておき、暇だったのもあって前半は受けた。お買い物メモも手に入れて(なぜか最初から用意してあった)、来た当初に貰った学校への地図を考えると不安だったけれどさすがに今回は暗号、記号を駆使していない普通のものだった。まぁたまねぎ買ってきてを暗号にされても困る、買い物が終わらない。そして気づいたけど、真面目に書くと字が綺麗だ。普段はいい歳して丸文字でお花畑を周囲に描くのに。

 細かいところを見ていけば、多才なのは間違いない。天井に張りつくとかベッドとマットレスの間からにょろにょろ出てくるとか、才能と思っていいのか怪しいものも多数あるが。

 などとまぁなんやかんやあって道中は偉そうにしていたのに、いざスーパーに入るとエリオは俺の背中にひっついて隠れるようにしている。すっかり忘れていたけどこいつは以前、町で色々と問題を起こして悪い意味で有名人だった。そのために周りの視線が気にかかるのだろう。

 こっちはそんな初期設定、既に忘れつつあったよ。

 むしろ最初からエリオってこういうやつだったんじゃないかなーとか思ってしまうぐらいだ。

「じゃがいも、人参、パン、それから逆玉手箱……ねぇよそんなもん」

 女々たんが使ったら妖怪に戻りそう。まぁ現在進行形で妖怪だけど。

「イトコ、機敏に動くのだー」

 シャツの背中を掴んで引っ張り、俺をコントロールしようとしてくる。……まるで子供と買い物に来ているみたいだ。俺は子供の頃、こんな風だっただろうか。……もっと大人しかった記憶があるな。

 エリオに引っ張られてシャツやら背中やらを伸ばしながら野菜売り場で目当ての品を手に取る。夕飯の特売は4時になってかららしく、今はまだ混み合っていない。客の姿がまばらだな、とすれ違う人に目をやりながらじゃがいもを手に取ると、そのすれ違った人が後ろ歩きで引き返して、正面に回り込んできた。いきなりだったので、少しびくりと肩が跳ねる。

 そして俺をじぃっと、上目遣いで覗き込んでくる。

 誰だろう、女々さんの知り合いか? 少なくとも俺の知らない大人だった。

 困惑していると、女性が俺の名前を呼んだ。

「あなた、ひょっとしてにわ君?」

「え? あ……」

 その呼び方と発音がそっくりだったので、あの同級生を連想してしまう。

 相手もこちらの反応から正解と判断したらしく、微笑んで自己紹介してくる。

「流子ちゃんの母です」

「これは、どうも」

 やっぱりそうだった。意外なところ……でもないな。

 何気に初めて登場……の意味も分からんな。とにかく、初対面だ。

 多分、女々たん(40)と似た年齢なん……だろう。肌に皺が見え隠れしているので、そう、なんだろう。普段接する40歳があんまりにアレなので感覚が麻痺しているが、普通の母親とはこういうものだ。リュウシさん母は顔が少しふっくらして、年上にこんなこというのもあれだけどかわいらしい部分がある。目も丸く、くりっとしていて。女々たんほど自然や科学に反抗していないけど、年相応の愛嬌を感じる。茶色い髪はしっかりとした直毛で、リュウシさんも本来はこれぐらいなのかなぁと想像する。

 ……しかし。

 同級生の親というものに会う機会なんてそうそうないから当たり前だけど、なんだろうこの違和感と小さな引っかかりの正体を探すと、あ、なるほどと気づく。

 リュウシさんを名前でちゃんと呼んでいるからだった。さすが親だ。……感心するところか?

 エリオは俺の背中にひっつき、後ろから覗き込んでいる。「むむ」とリュウシさん母が視線を感じて回り込もうとするとエリオが「ささっ」と台詞の割に機敏さが欠けた動きで反対側に逃げる。それを追って身体を捻るリュウシさん母と、更に元の側へ逃げるエリオ。俺を間に挟んで延々と反復運動が続く。

 ……なんだかもの凄く既視感のあるやり取りに、母子だなぁと感じた。

「お噂は、! かねがね、! 聞かせてもらってるわ、!」

 穏やかな話口調の途中で油断をついてエリオの顔を覗こうと、リュウシさん母が左右に激しく傾く。それに合わせてエリオも腰を捻り、俺を使って身を隠す。……結構、意地になる方らしく段々と頬が上気している。相手が同級生じゃないと俺も止めづらいしなぁ。

 リュウシさん母が息を荒げながらも動きを止める。そして鞄を漁り、取り出した黄色い袋をにっこりと掲げる。見ると蜂蜜飴の袋だった。

「ほーら、飴ちゃんあげますから出ておいでー」

 作戦を変えたらしい。いやいや、いくらエリオでもそこまで単純じゃない、はず。

「いただこう」

 ヤシロがエリオの代わりに答える。……ヤシロ?

「飴くれ」

「………………………………………」

 はよはよ、と両手を盃のようにしてせがむ。どこから出てきたんだ、こいつ。

 いつの間にか俺の隣に増えていた。今日は宇宙服も着ていなくて、『愛と再生と』なんて印刷された銀色のシャツを着ている。予想外のものが釣れてしまったことに、リュウシさん母が目を丸くする。

「にわ君のお友達? これまた、ミステリーちゃんね」

 あなたの娘さんもなかなかどうしてミステリー風味です、とは言えなかった。

「友達のような、そうでもないような」

 そもそもこいつが、『友達』という概念を理解しているかも不透明なのだ。

 遠い星にはそうした関係性が存在しないことだってあり得る。こいつが宇宙人かはさておき、それぐらい異質なるものに思えてならない。そいつが飴欲しがっているのもおかしな話だが。

「あーめー」

「じゃあお口開けて」

 んあー、とヤシロが大口を開けるとリュウシさん母がその口の中へと飴を一つ落とす。無防備に開きすぎて、口どころか喉の奥までそのまま落っこちるんじゃないかと思っていたけど直後に景気よく飴を噛み始める音がしたので、あぁ大丈夫なのかと呆れる。

 ヤシロは飴を噛むのを好む。がりんがりんとあっさり噛み砕いて、「んがー」とワニみたいに大きく口を開いて次を催促するヤシロに、リュウシさん母が蜂蜜飴を「はいあげる」と袋ごと渡してしまう。いいのか見ず知らずの子に親切にして。リュウシさんもそこまで緩くないぞ。

 飴を貰って喜び跳ねるヤシロを微笑ましそうに眺めてから、その顔のままにリュウシさん母が俺を見つめる。

「にわ君」

「え、はい」

「流子ちゃんと仲良くしてあげてね」

「いやそれはもう、こちらこそ」

「優先順位三番目ぐらいでお願いね」

 結構具体的にお願いされてしまった。しかし三番。それぐらいなら……三番かぁ。

 意外と高いような。

 にこやかに去って行くリュウシさん母、が途中で「ばばっ」と効果音つきで振り向いてエリオを覗こうとした。エリオも「ささっ」と俺を壁にして隠れる。もう俺のシャツ、びろびろ。

「なんというか……元気な人だったな」

 リュウシさんがそのまま大人になった感じだ。

「元気というより」

 ヤシロがそこまで言って、エリオの横に並ぶ。そして二人は妙に呼吸のあった調子で。

「あや」

「しー」

「きみたちに言われたくないと思うよ」

 そんな出会いもあったけれど、買い物自体はそれから問題なく終わった。

 そしてスーパーから出る頃、ヤシロはいつの間にかいなくなっていた。

 神出鬼没さでは女々たんと良い勝負である。

「……いやいや」


 勝負になる女々たん(40)がそもそも、おかしいような気がした。

「おかえりぶじゅぶじゅ」

「泡と糸を同時に吐かないでください」

 今日の女々たんはゲル気味? らしい。怖い。

 家に戻ると、待ち伏せしていた女々たんに遭遇してしまった。忙しいんじゃなかったのか。

 ぎゅーっと抱きつこうとしてくる女々たんを、ぐぃーっと引き剥がそうと抵抗する。

「エリちゃん、ちゃんとお買いものできたかなー?」

「イトコが頼りにならないから大変だった」

「おい待て」

 店から出るまで背中にひっついて離れなかったやつが、なにを言う。

 それから、しつこい女々たんの力がふと抜けて引っ剥がすことができた。

 なんだと思っていると、とち狂っていた表情も抑揚なく、平坦なものとなっていた。

「時々兄さんに似てるなーと思って、うわぁってなるのよね」

 一歩離れて、急に冷静になってそんなこと言い出す。テンションの移り変わりが激しすぎる。

「そう思うならやめてくだ」「でもやっぱりマコ君ぶるばちゅわー!」

 再加熱した女々たんが飛びついてきた。断言するけど、おかしいよ、この人。

 団子のように粘る頬を押し返して辛くも防ぎきると、女々たんの唇が尖る。

 というかいつの間にか女々たんという呼び方が基本になっているのはどういうわけだ。

 頭の中まですっかり毒されてしまったのだろうか。

「マコ君ちゅめたーい」

 いじけた演技をしてくる。ついでにぐねぐねとツイストする。

 本当にあの親父の妹なんだろうか。うちの親父、普通に老けだしているのに。

「おにいたんが甘やかして育てるからワガママなのね、うむ」

 自分のことを棚に上げてなんか言っている。隣の娘も「うんうん」とか同意を示す。

「その点、うちのエリちゃんは厳しく育てました!」

「育ちました!」

 母子が揃ってえへんえへんと胸を張る。そしてその二秒後に「エリたんむちゅー!」と抱きしめ始めた。色々言いたいがまずなにより、この人は五秒と落ち着いていられないのか。

 まったく、本当に。賑やかだな、と変な笑いが漏れた。

「……あ、電話鳴ってる」

 二階に放っておいた携帯電話が鳴っているのを聞いた。ぎゅーぎゅーやっている母子は放って階段を駆け上がり、鳴り止む前に電話を取る。相手はリュウシさんだった。

 電話に出てみると、いきなり元気のいい声が聞こえてきた。

『聞きましたぞにわくん!』

「なにを?」

『お母さんと会ったそうじゃないですか!』

 あぁ、そういう。リュウシさん母から直接聞いたのだろう。

『あたしも今まで会ったことがないというのにっ』

「え?」

『で、で、ですよ』

 今さらりと勢いに任せた問題発言があったような……いや、触れない方がよさそうだな。

『お母さんは、こう、にわくんに、へ、変なことは言ってなかったかね』

「変なこと? うーん……」

 変なことは存分にしていたが、言ってはいなかったように思う。

『どぎゅっちーん、とかばおんぐばおんぐ的なことを、どかーんとさらけ出してなかった?』

 分からん、むしろリュウシさんの方が変だ。

「仲良くしてね、ぐらいしか言われてないけど」

『そ、それはアウトー!』

 リュウシさんが叫ぶ。野球の審判みたいに鋭く叫ぶ。そして直後に落ち着く。

『かな?』

「俺に聞かれても困るのですが」

『ま、ま、ま、まーそうなのでーすが、が、が、が、こう、仲良くというのも種類が……』

 またリュウシさんがよく分からなくなっていく。でもそれを聞くのも、なんだか楽しい。

 一階からは女々たんの変な歌声が聞こえて、外はもう少し経てば夕方が始まり。

 暮れだして、その日の終わりがうっすらと見え始めた中で不思議と高揚する。

 忙しいと賑やかの中間にある時間は尊いと思う。


 今が丁度、そんな感じだった。

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