『電波女の本編終了後』【再掲載】

 ※この作品は「入間の間」に過去掲載された小説の再掲載になります。



 家の扉を開けて挨拶すると、いつものすてててという足音が奥から聞こえてくる。ついでに見た目も、布団を巻いているところもまったく変わっていない。春になって暖かくなってきたというのによくも飽きないものだ。夏でもこのままだろう。いいのかそれで。

「イトコ、おかえりー」

「おぅただいま……あれ?」

 出てきたのはエリオだけだった。

 もう一人はどこだ、と廊下の奥を覗いてみる。いないな、と首を傾げていると。

「ここにいるぞ!」

 布団の中から勇ましく名乗りを上げて、ずぼっと飛び出してきた。小さく可愛らしい我が娘が布団の上側からよじよじ這い出てくる。カンガルーの親子みたいだな。エリオの顎を蹴るようにして、「ばよえーん!」こっちに跳んできた。なんて無鉄砲なやつ。なんとか抱き留める。

 その衝撃で揺れ動いた髪から、水色の粒子が寝起きのようにぼんやりと舞い上がる。

 そうなのである。例に漏れずとばかりに、娘の髪も水色だった。容姿もエリオをそのまま小さくしたかのように瓜二つで、お父さんから継いだものがまったく見つからない。

 まぁ女の子なので、見た目についてはこれでいいかな。超かわいいし。

「帰ったぞー」

「まこくんよー」

「……うぅむ」

 悪い友達(50)の影響を大きく受けていて、お父さんは心配だ。ちょっと前まではお父さんと呼んでくれていたのに。抱きついていた娘が俺の腕を足場にして、器用に頭を上ってくる。肩車する形になって、娘がご満悦になる。娘はこうして俺の頭にしがみつくのがお気に入りらしい。これが年々重くなって、肩が凝り、成長を感じる。

「おみやげはー?」

「おー、あるぞ。後であげよう」

 娘がきゃっきゃと暴れて足を揺らす。その影響で俺の頭も左右にがくんがくんと揺れた。

 なんというかわいらしさ。その無邪気さ、もう尊敬に値する。

 こうした無垢な魂を、みんな最初は持っているんだなぁ。

 しかしあと十年もすれば反抗期まっただ中へ突入して、お父さんの洗濯物から逃げ出すようになるのか。泣きそう。うちの子に限ってそれはない、と思いたいけどそうもいかないよな。

 などと世の無常を憂いながら、表のポストに入っていた郵便物をエリオに渡す。渡すというか、布団と身体の間に突っ込む。郵便物は布団の中に吸い込まれていった。

「エリオさんかっこいいーっておたよりは?」

「ないよそんなもん」

 毎回聞いてくるが、いったいなにを期待しているんだこいつは。

 知り合ってから既に十年ほど経つが、成長がほとんどない。顔は少し大人びて、女々たん(50)に雰囲気が似てきたが言動の幼い部分はそのままだ。あと未だに少々人見知りだ。娘は親が心配になるほど無警戒で人懐っこいのに。でもそれが子供と大人の差かもしれない。

 娘を背負ったままなので少し苦労しながら靴を脱いで、廊下にあがる。

「今日はなにしてた?」

「やちーとあそんでた」

「また来てるのか」

 悪い友達(宇宙人)の方が。というかまだいるんだろうなぁと思って居間に行くと案の定、寝転がっていた。どうも寝ているようで、床に大の字になっている。最近は宇宙服を着ることも少なくなって、なんというか、地球に慣れた感がある。食っちゃ寝しているところ以外、まったく見ていない。普通の格好でもヘルメットだけは欠かさずかぶっているけど。

 働き出してから、こいつの生き方が無性に羨ましくなった。

 それと同時に、どうやって生きているんだろうと不思議にもなる。

 こいつは十年経ってもなにひとつ変わっていない。女々たん(50)とはまたベクトルを異にする変化のなさだ。髪の長さも、形も背丈もまったく変化がない。実はぬいぐるみを着込んでいて、中身は異形の生命体じゃないのかと疑いたくなるが、他人様の家のせんべいを勝手にかじっているあたりでそれはないと悟った。つまり表も中身も全部おかしいということだ。

「あそんであげたらつかれてねちゃった。くくくー、やちーはおこさまだな」

 娘が大人ぶる。のはいいけど、その笑い方はどうにかならないのか。

「くくくー」

 ヤシロの笑い方を真似て、変な笑い声をあげるようになってしまった。クックックを急いで読み上げている感じだ。女々たん(50)とやちー(宇宙人)とスマキン(エリオ)が身近にいてその影響を受けた娘は、一体どんな子に育つのだろう。……まぁ、元気いっぱいは確かだろうから、そんなに心配しなくていいか。

「着替えるから、お母さんの方に行っといで」

 コアラのように頭にしがみついている娘を床に下ろす。娘は諸手をあげて駆け出して、エリオの巻いている布団に飛びつく。下から飛び込んで、器用に這い上がって布団の前から顔を出した。そのままぐるりとエリオの背中側に回り込んで、背負われる? 形になる。

 後ろを向くように首を捻ったエリオが、朗らかな笑顔を浮かべた。

「娘よー」 「えりちゃんよー」

 エリオがぴたっと止まる。娘が超かわいく小首を傾げる。うーん、なにしても絵になるなぁ。

「おかーさんと呼びなさい」

「なんでー?」

「さんがついてるから。あとイトコよりかっこいいし」

 理由になってないぞ。娘がじーっと、母親を見つめる。丸い瞳がくるくると動いてから。

「えりちゃんちょーだせー」

 ずがーんと、電流が走ったような顔でエリオが固まる。

 こっちは娘の感性に安心したので、着替えてくることにした。



 戻ってくると居間にスマキンがいた。布団に顔を隠し、小さなボールをころころと壁に向けて蹴っている。娘はヤシロのヘルメットをかぶってふらふらしながら遊んでいる。

 ふて腐れたように足だけひこひこ動かすそいつの首根っこを摘んで、顔を出させた。

「拗ねるな」

「うー、娘の将来が不安もふ」

「俺は安心したけど」

 足を暴れさせるエリオを揺らして遊んでいると、玄関の戸の開く音がした。

 その音に真っ先に反応したのは、娘だ。

「めめたんだ! めめたんめめたんめーめーたーん!」

 ヘルメットを放り捨てて、娘がご機嫌に玄関へ駆けていく。ぺったぺったと素足が床を跳ねる音が微笑ましい。自分の目線で遊んでくれる大人モドキという点もあるだろうが、あれほど祖母に懐くのはエリオの娘だからかなぁと思ってしまう。あと俺たちの見ていないところでお菓子を与えているのでは、と睨んでいる。ご飯をあまり食べなくなるからだめだと注意してあるのに、悪い子(50)だ。

「孫娘よー」

「めめたんよー」

 はやってんのか、このやり取り。玄関先を覗いてみると孫娘を抱き上げて、女々たん(50)がほおずりしている。女々たん(50)は老いてなお……というか、どこが老いているのか分からない。髪も肌も艶を保ち、時の流れに真っ向から逆らっている。見ていると、世界が正しい方向に進んでいるのだろうかと不安になって仕方ない。時空とかねじれていませんかね。

「ぎじゅじゅー」

「うじゅじゅー」

 お互いに奇声をあげてほおずりしないでくれ。

「あーん、なんでこんなにかわいいのー。これじゃあお母さん、地球で三番目のかわいさになっちゃーう」

 謙虚なようで、さりげなく自分を三位に置くあたりが老獪だ。

 嫌みを込めて感心していると、隣にエリオがやってきた。

「エリオさんはかっこいいなー!」

 ちらりと、俺に視線で同意を求めてくる。ちなみにまだ布団巻きっぱなしだ。

「ぜんぜん」

「イトコのそーいうところが娘に誤解を生むのだ」

 どーんどーんと、体当たりしてくる。この姿のどこに誤解がある。

 スマキンをあしらっていると、女々たん(50)に抱っこされた娘がこちらを見ていた。そういう懐き方を見ると、エリオも小さい頃はああいう風だったんだろうなぁと思ってしまう。

「まこくんはいとこなのかー?」

 娘から哲学的な質問をされてしまった。

「うーん、イコールではないような、でもどっちも俺ではあるのだが」

「わからん!」

 娘に一言で切って捨てられた。自分から聞いておいて、まったなし。うーん、素晴らしい決断力。移り気とか適当なんて表現は我が愛娘にまったく似合わない。

「あー、そーだ。まこくん、おみやげおみやげー」

「はいはい、今見せるからね」

「マコきゅーん」

「そっちは黙って」

 抱きついてこようとしたので額を押し返す。ちっとはリアクションも成長しろ。

「ママリンになんてこと言うの、うきょぃー」

 そんな奇怪な声をあげる人を義母と呼びたくはありません。

 みんなで居間に落ち着いてから、テーブルにお土産その1を置く。中ぐらいのサイズの機械に、皆が首を傾げる。形は鉛筆削りをごつくして、ごてごてと付属品をくっつけた感じだ。

「なにこれ」

「試作品なんだが、スイッチを入れるとだな」

 ぱちんと、機械の電源を押し上げる。少しの間を置いて、ぶわぁっと。

 水色の粒子が噴き上がり、舞い飛ぶ。機械の出口から飛び出すそれは、木を突いて幹の穴から驚いて出てくる妖精のようだった。舞い上がる粒子を、エリオと娘が口を開けて見上げる。

「おー」

「どっかでみたことあるぞ」

 そう言いながら娘がきょろきょろと首を振る。うん、頭を動かす度に見えるね。

「これがイトコの研究?」

「ああ。一台は欲しがる知り合いがいたから譲った。代わりにこれをもらったよ」

 お土産その2をテーブルに置く。ビニール袋の中に大量のお菓子が入っている。

「しるこさんど!」

 娘がお菓子の名前を読み上げる。それに反応したように、ヤシロがいきなり起き上がった。

「む、菓子の気配」

 四つん這いで近寄ってくる。甘いものや菓子には敏感だな、こいつ。常識は皆無なのに。

 ヤシロが遠慮なく封を開けて、しるこサンドを口に放り込むとそれを見ていた娘も嬉々としながら手を伸ばす。俺の研究より食い物の方が食いつきいいな。まぁいいかと天井を見る。

 舞い上がった水色の粒子が不安定に漂い、消えて、そして再び生まれる。

 このお遊びの機械が世間に受け入れられて照明かインテリアにでも使われることがあれば、娘やエリオがそれほど奇異な目で見られることもなくなるかなぁと、その程度の願いは込めて製作した。家族のより多くの幸せを願うことは当たり前で、けれど今が安穏に続くことを願う程度に、既に俺は幸せだ。

 幸せはこの粒子みたいに儚く消えてくれるなよ、と指にのった光に祈った。

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