『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん-A? New? Translation?-』【再掲載】

※この作品は「入間の間」に過去掲載された小説の再掲載になります。



『episode3 ××の鼓動は××』



 わたしの両親はどちらも異常者だ。少なくとも世間ではそう扱われている。

 正直、わたしもそう思っている。だから高校進学を機に家を出た。今は親戚の家に世話になりながら学校に通っている。父さんも昔、その家で世話になっていたと聞いた。

 親戚の人にいわく、わたしは父さんに瓜二つだという。まったく嬉しくない。ただ似ているからこそ、両親のどちらが嫌いかと考えれば父親の方に嫌悪が勝るのかもしれない。母親はどちらかというと、気味が悪い。目覚まし時計にも似た規則正しさが感じられて、しかし人間にそうした規則性があるというのも、どうにも歪に思えてしまう。愛称で呼べば、わたしと父さんを見間違えたまま幸せでいられるというのだから、なんて、しあわせなのだろう。

 両親はなにかしらの犯罪に巻き込まれて、どちらも異常を来したと聞いた。詳しい説明までは受けていない。調べようと思えば簡単だけれど、興味はなかった。わたしは自己愛の強い生き物だと言われたことがあるけれど、的外れではないのかもしれない。周りへの興味というものを自然に排除して、一人黙々と座っているのがなにより落ち着いた。だれが死のうと生きようと、わたしには関係がないと割り切れるようになっていた。そこには両親も含まれる。わたしはどっちも、大嫌いだ。

 嫌いなのは両親の人柄よりも、立場。両親の関わった事件というものは、街に長々と居着いている人たちからすれば常識的となっているものらしい。誘拐事件、とは聞いていたけど。

 犯罪に巻き込まれてしまえば、被害者であろうと『犯罪者』のくくりになる。罪を犯したわけではなく、罪に関わってしまった人もまた、周囲からは忌避の対象になる。少なくとも父さんや、そこかれ関連したわたしの生活にはその影響がつきまとっていた。最初は小学三年生だっただろうか。親からあまり関わるなとでも釘を刺されたのか、男子と女子の混合グループがわたしを苛め始めた。どこでどう情報の伝達が誤ったのか、わたしに『近づくとユーカイされるぞ』などとからかって逃げていくやつらが一気に増えた。当時のわたしはユーカイという言葉の意味もまだ知らなかったので、大きい蚊が周りを飛び交うような状況には純粋な不快感を表すぐらいだった。最初は無視していたそれも教室中に広まり、段々と見ざる聞かざるが効かなくなってきた。担任の女教師は当然、見て見ぬフリ。両親は……そもそもの原因があの二人にあることもあって、最初はそれすら知らなかったけど、なんとなく頼りにならないことは分かっていた。だから自分でなんとかしようと、決意した日に最初にユーカイと言ってきた男子の顔面を椅子で殴った。敢えて凄惨になるように、鼻と歯をへし折るよう、全力で。そうすれば集団で、寄って集ってわたしを止めようという気も起こらないと思ったからだ。予想通りの効果を発揮して男子は青ざめて女子は泣き出したので好都合と、一人ずつ顔面を潰していった。逃げるやつも、もちろん追った。

 最後の一人だけは殴る前に教師がやってきてしまったから、無傷で終わった。

 今でもあそこで殴り飛ばせなかったことを悔やんでいる。どうせなら、という気分だ。

 そんなことがあって、放課後に担任から腫れ物扱いされて。あぁやっぱりとか呟かれて、色んなことを把握して。呼び出された母親が担任の話などなにひとつ聞かないで、わたしの手を引いて帰ろうとして、遮った担任を殴って退けたあたりで血筋を感じた。

 挑発に乗って本当に危険な存在として扱われるようになってしまったのは、今思えばわたしにも落ち度がある。以来、わたしは担任からの締め付けもきつくなって、窮屈な毎日を送ることになってしまった。そしてわたしは思春期的なものを早期に迎えて、両親を嫌うようになる。

 自意識の高まりが生んだ嫌悪感は、今なお、胸にくすぶっている。

「………………………………………」

 そんなことを、薄ぼんやりとした灯りのように思い出していた。

 今はマンションで、立場を交代した父さんが母親をあやしている。さっきまでわたしにじゃれついていた母親は、今では父さんに抱っこをせがんでいる。節操がない。よくこれで他の男に取られないものだ。もっとも横取りしようとする男なんて現れたら、父さんが殺してしまうだろうけれど。

 父さんはそれぐらいなら易々とこなしてしまいそうな雰囲気がある。

父さんは右腕が不自由なので、母親を抱き上げるのも一苦労のようだ。わたしはそれを、幼い子供たちと一緒に冷ややかに眺めるだけで手伝おうとはしない。なぜ、甘えた声をあげる母親を担ぐことに協力なんかしないといけないんだ。それに、今の母親の側にわたしが寄ったとしてもいい顔はしないだろう。母親はわたしを傷つけはしないけれど、愛敬を振りまくなんてことも決してない。こんな両親がなぜわたしを生んだのか、さっぱり分からなかった。

 今日は父さんに代理を頼まれて、渋々家へやってきたにすぎない。ちなみに父さんの用事とは墓参りらしい。この男は一体、一年に何度墓に参るというのか。本当は本人も墓の下から這い出てきているだけではないのか。一度聞いてみたけど、『数えきれないなぁ』と寂しくぼやくばかりだった。……まぁ、父さんにも色々あったのだろう。

 それと和室にいたこの子供たちは……だれの子供だったか。名前を忘れてしまった。とにかく父さんの知り合いの子供であることは確かだ。わたしの傍らに座る長男と長女。まだ小学校の低学年で、わたしのことをお姉さんなどと呼ぶ。なにを考えてこんな家に預けているのか知らないけれど、まぁ母親はともかく父さんは表面上だけ理性的なので、そこを買われたのかもしれない。わからんねーと一人ぼやいているとメールが届いた。電話を確認すると、叔母からだ。

 親戚の家にはもう一人、同居人がいる。父さんの妹、つまりわたしの叔母に当たる人だ。わたしと同じように愛想の欠片もない人だけど、それ故にそこそこウマが合う。主に父さんへの悪口で。ただ接していて分かるのは、わたしの悪口は純粋に嫌悪感を伴ったものだけれど、叔母のそれは家族愛も含んだある種、親愛の表現であるということだ。

 その叔母が今日の食事当番だ。食事はどうするというメール内容に食べると答えて、それから母親を寝かしつけた父さんが、こちらにやってくる。どうしようかと、少し迷う。




 ぼくにはちゃんと子供もいて、素敵な嫁までいるありふれた幸せ者である。ちなみに嫁は四、五人いるので幸せも五倍だ! 気苦労は二千倍ぐらいある気もする。毎日が綱渡りだ。


 今のところ、何度かその綱から落ちそうになっただけで、まだ大事にはいたっていない。

 少々の誇張表現こそあったものの、現状に大して大きな嘘はない自己紹介を反芻しながら長女と向き合う。硬質な瞳がぼくを見据える。長女は最近反抗期なので、憧れのパパにも笑顔を見せてくれない。とことん嘘である。というか、娘の笑顔なんてほとんど見たことがない。

 昔から感情の薄い娘だった。マユの外面を引き継いだかのように。ぼくも感情表現が豊かとは思いがたいので、そうした家で育てば自然、落ち着いた子になってしまうのかもしれない。

「今日は助かったよ」

「あ、そう」

 淡泊な娘の返事に、つい苦笑してしまいそうになる。なにかおかしいわけではなく場を繋ぐというか、他にどうしようもないので笑うしかないという感覚……新鮮だった。

 なんだか父親になった気分だよ。

「もう帰っていい? 晩ご飯、作っているみたいだから」

「あぁ。にも……妹によろしく」

 呼び止める言葉もなく、娘を送り出すしかない。ソファから腰を上げて、娘がお尻を払う。叔母さん曰く、ぼくにそっくりとのことだが……そうだろうか。ぼくはいい意味でここまで周りに無関心に、ドライでいられない。今もなにか声をかけようと、言葉を探していた。

「あー、あー……学校は、どうだ。楽しいかな。問題とかはないかな」

 せめてもの抵抗として父親ぶってみる。目を丸くした娘が、すぐに唇を釣り上げる。

「そういう心配は、わたしに面と向かって××してると言えるようになってからしてよ」

 不意打ちに耳を押さえる。耳の奥でムカデでも蠢くような苦痛と闘っていると、娘がにやりと意地悪い笑いを見せてきた。そうして毒を浴びせた後、娘が振り返ることなく家を去る。

 娘に弱点を悟られてしまったのは、失敗だったのか。それとも、これでよかったのか。

「ふふふ、すっかり反抗期だ……一生終わらないかもね」

 額を覆うように手をやりながら、薄暗く笑う。すると子供たちが「おじさんだいじょうぶ?」と心配してくれる。おじさんというくだり以外は優しさを受け取っておくことにした。

「ありがとう。きみたちのお父さんも、明日には迎えに来るから」

 ……時間って流れるものだし。子供って、大きくなるものだなぁ。

 ぼくが知るそのお父さんは、今でも目の前の子供たちぐらいのイメージなんだけど。

 実際、会ってみるとぼくより背が高くなっているのだから。人生って、不思議なものだな。

「……不思議で、不思議で。すばらしいものだよな」

 ぼくが娘との関係なんて人並みに悩んでいることに、幸せを感じないなんてどうかしている。十歳には消えてなくなると思った命だ。肉体の発育についてゆけず、川の石ころのように摩耗して消えると信じた心が、まだ、ここにあるのだ。つぎはぎだらけで前に進んできたそれは娘が生まれたことによって、次の道を見つけることができた。家族の幸せを模索するという、親としてのごくありふれた人生を送ることが、ぼくにもできるかもしれなかった。

 家族に裏切られて、家族に救われてきたぼくがこの後、どうなっていくのか。自ら作り上げた家庭に押し潰される未来も想像できるし、一方で、だれかの不幸を知らないまま感じられる純粋な幸せを、鼻歌交じりに見つけることもできる気でいた。清濁の混ざり合った池を掻き分けて進んでいき、その腕に最後に残るのが泥か白砂か、ぼくには祈ることしかできない。

 ぼくの腕がすべての泥をすくいあげて。

 せめてマユと娘のどちらも、綺麗なものを見つけることができますようにと。

 子供たちを部屋に戻した後、寝室で眠るマユの側に腰かけて、その手を取る。包むように優しく握りながら指を伸ばして、手首に人差し指を添える。脈を見つけて、指の端っこでそれを感じながら目を瞑る。

 暗闇の中、とくん、とくんと。マユが確かに、そこにいる。

 僕と彼女が触れあうとき、そこに感じる鼓動。

その鼓動より生まれたものだけが、ぼくのほんとうだった。

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