『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん-A? New? Translation?-』【再掲載】

※この作品は「入間の間」に過去掲載された小説の再掲載になります。



『episode2 変人たち』



 結局最後は死ぬことを意識すれば、どんな許しがたいこともどうでもよくなる性分なのでこだわりとかそういうものを持ち合わせた試しがない。退屈になるとそれをしのぐために、そろそろ死のうかなと悩むことも最近は増えてきていたけれど、誰かの側にいるとそれも少しは紛れた。動きのあるものが側にいると、思考はかき乱されて、淀みを失う。

 その代わり、濁って見えなかった底を、見る羽目になるけれど。

「みーくんちーにはねこがいるー」

「……いませんが」

 膝の上でゴロゴロしているマユが即興で歌い出した。が、いないぜ。猫らしきものは今、お膝のうえでご機嫌だが。そういえばこの猫は機嫌がよくても引っ掻いてくるなぁ。しつけがなっていない。保護者はなにをしているんだ、とつい憤ってしまう。嘘だけど。

 しかしまぁ、こうしてソファに座ってごくごくマジメそうなことに向き合っている内面さえも溶けてしまいそうだった。程良い暖かさが足の上を行ったり来たりするとは、そういうものだ。伸びまくっているマユの髪が美しく波打つように揺れる様は見ていて気持ちいいけれど。

 テレビを点けたら「ぼっしゅー」と三秒で消されてしまったので、見るものがマユぐらいしかなかった。今日は半日ぐらい、こうして寝転がっているだけだ。

 こんなマユだが一緒の家にいる幼子たちの世話は一応こなしているみたいだ。ぼくとしては余計な手間とか気を遣わなくて済みそうなので助かった。これならぼくも、今のところは大人しくしていればいい。

 そもそもぼくはここになにをしに来たんだったかなぁとかたまに考えるけど、大して思い出せないのでこのままでいいかと甘んじて爪を受けた。ぎぇい。そして、なにもかも忘れた。

 思い出も、遺恨も。わだかまりも、優しさも。大体等しく、切り取られた。



 ぼくは客観的に見ると、他の誰かが送りたいと思うような生き様ではないと思う。両親は褒められた人間ではないし、その影響で周囲からの視線も変質し、折り合いをつけなければいけないことが、いわゆる普通の人よりもずっと多い。妥協しなければいけないこと、元から『可能性』を切り取られたことも存在する。『犯罪者』の子供とは、そういうものだ。

 ぼくは勿論、そうなることを腹の中で承知して生まれてきたわけじゃない。身に覚えのない負い目を感じながら生きることを分かっていながらぼくをこの世に生み出したというのは一体ぜんたいどんな腹づもりがあったのか、子細を追究することも面倒になっていた。生まれてしまったものは仕方なく、生きていることは理屈じゃない。ぼくは意識せず呼吸をするついでに、周りを若干意識しながら日々を過ごしている。

 死ぬことに抵抗がないのは、興味があるからだろうと思う。死後の世界というものは、考えればその分だけ関心が募る。どうにかそれを事前に知って、覚悟したり対策を立てたりしたいものだけどなかなかそれは実現できそうにない。探求への欲望が高まりすぎて、自分の死ぬところを毎日想像している時期もあった。死にたいわけではなく、死んだ後は、今度こそ、上手くやれたらいいなと考える。今になにかを期待してはいない。それなりに始まり、それなりに終わることを繰り返して、整形されたケーキの台を歩くように生きていくのだろう。

 クリームが足にまとわりついて少し重いけれど、それでも足跡は残るのが救いだった。

 などということを考えながら和室にいた幼子たちと戯れて、お姉さんなどと呼ばれて悪い気はしないのであった。この子たちも大概変ではある。なぜこの部屋を気に入っているのだろう。

 ここにいなければいけない事情は、まぁ本人たちなりにあるんだろうねぇ。

 マユは遊び疲れて寝ている。そういうところはなにも変わらないんだな。

 成長しないっていうのは、一切の変化がないわけで。世界がどんな風に見えるものなんだろう。見たくないものが見えないのは羨ましい気もしたけれど、ぼくは、そこまで周りに無関心でいられそうもない。むしろ周りのことが気になってしょうがないから、色々な問題に直面するのかもしれない。出自の割に案外普通の感性を持ち合わせていることが、そもそもの不幸ということもあり得た。

 電話が鳴ったので、和室を後にして部屋に戻る。鳴っているのは携帯ではなく自宅電話か……最近はとんと見なくなったな。それがうるさく喚いているので、出てみた。うちには寝ている子がいるんですよぷんぷんと怒りながら。まぁ本当は怒ってないけど。

 ぼくが待っている相手ではないと分かっているし。

「もしもーし?」

『あ、○○ちゃんですか?』

 若く聞こえる女の声だった。マユが聞いたら、不機嫌に受話器を叩きつけただろう。

 できればぼくもそうしたい。あまり良い印象を与える声ではなかった。

「オー? オーオーオー?」

『ノーノー? 外人ノー?』

「オーオーオー、オオゥオゥ」

『そろそろ普通にお話ししていいですか?』

「許可しましょう」


 ふむ。この人は昔からノリがいいなぁ。ところでこの人は誰なんだろう。

 そのどちらかが、嘘だ。

『元気でしょうか?』

「それの確認ですか? 暇なんですね」

『出てほしかったのはあなたではないんですが。そちらこそ今日はお暇なのでしょうか』

 こちらの話を聞いて受け答えしてくれているというのに、どうにも引っかかりがある。この人との話は一事が万事、その調子だ。人の死角に潜むことがうまい。職業柄かな。

「暇じゃないからこの家に遊びに来ているんですよ」

『ほほーぅですね』


 返し方がフィーリングに偏りすぎて、わかんねぇ。多分、意味なんかないのだろうけど。

「そっちこそ、仕事はどうでしょうか」

『困ったことに忙しいのです。平和の象徴たる私は暇であるべきなのですが』

「平和の象徴? いつから公園の鳩に再就職を?」

『鳩は気性が荒く餌を奪い、カラスは意外にも』

「大人しいね餌を奪い合わないね。ものすごーく、聞き覚えのあるお話ですが」

『ふふふ、つれないですねぇ。そういうところはまだ擦れているというか……では、後でかけ直すとしましょう』

「そうしてください」

 二度とかけてくるなと正直な感想を込めて受話器を叩きつけた。……やれやれだ。

 ぼくの周りは変な人ばかりだ。この町にはそんな人しか残っていないのかもしれない。

 普通の人はどうしたのかって?

 そりゃあ、あれだ。みんな死んじゃったんじゃないかなぁ。

 でも変な人とは一体、どういう基準でそう判断したのだろう。ぼくが変と感じるものは、一般的にも異質なのか? それが分かるならぼくは正常ということになる。

 しかし正常であるはずのぼくの周辺には、明らかな変人ばかり。類は友を呼ばないのか?

 白々しく不思議がりながら、時計を見上げる。……よし。散歩に行ってしまおう。

 ソファに寝ているマユを振り返り、はだけている布団をかけ直す。

 書き置きでも残そうかと考えて、途中まで書いて、でも取り下げた。

 メモ用紙を握り潰してポケットに入れてから一人気ままに部屋を出た。



 マンションの外に出ると、また変な人を見かけた。ほんと変な人しかいないなぁ。

なにが変って、乳が大きい。……別に言いがかりをつけているわけではない。ちなみにそれ以外はほとんど良識に留まっているので、胸以外はいい人である。つまり胸が悪い。

その人がすれ違う直前に、『元気』『?』と分けて尋ねてきた。おかしなことに手帳を指差して会話を成立させるその人は、あれ、胸だけじゃなくて意外と……まぁいいや。

相手は変な人とはいえ、挨拶されて無視するほどの間柄でもない。

「ちょーげんき」と答えて、その活発さの証明としてブレイクダンスでも披露しようと思ったが、道ばたに握り拳ぐらいの石が転がっていたので事故を回避するために断念した。

台詞以外、すべてが嘘に繋がる。

マンションの近くでうろうろしているので誰かを待っているようだが、ぼくではないと見てさっさと離れた。怖い人がやってきて刺されないといいね。この町は本当に物騒だから。

ぼくが巻き込まれないのなら、誰が死んでも、殺しても、誘拐されても構わないけど。

ぼくは優しくないからな。

「一体、どこが似ているのやら……おっと、電話」

似ているとよく言われる人から、待ち望んだ電話がかかってきた。携帯電話を取り出す。

「やっとか」

待っていた相手からの電話に、息を吐く。安堵と苛立ち、矛盾したものが混ざる。

「トゥルルルル」と自分で鳴いて、気軽に交代できるならもっと楽なのに。

電話を取って、相手が喋り出す前にこちらから用件を切り出す。

かけてきたのが相手からだろうと、知ったものか。

「さっさと交代して頂戴な、父さん」

『はいはい』

かけてきたのは、ぼくが知る中でもっともロクデナシである人の片割れ。


 わたしのもっともあいしていない、父親だった。

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