『クリスマスの翌日編』【再掲載】

 ※この作品は「入間の間」に過去掲載された小説の再掲載になります。



「ねえさま! 今年もサンタほかくさくせんはしっぱいにおわりました!」

 布団から飛び出した瞬間、妹は昼と変わらない元気を振りまいて報告してきた。布団の派手にめくれあがった部分から冷気が入り込んできたので、すぐに戻す。

「ざんねんだったわね」

 まだ布団から出ていないわたしに、妹の甲高い声はいささかやかましい。カーテンを開けていないのに眩しさのようなものを感じる。耳の脇にもざくざく刺さるので、やむなく顔を上げて薄目を開くと妹は薄ぼけるような夜明けの中、短い腕をぐるぐる振り回していた。

 さんたほかくさくせん。サンタ捕獲作戦。

 わたしからすれば、なに計画しとんねんというところだった。

「やっぱりふとんのなかでまちぶせるとねてしまいます。はんせい!」

 勢いのある反省である。次も前のめりに転んでお終いだろう。

 枕元を見ると赤と白を基調とした包装紙の端が見えた。なるほど、今年もサンタはちゃんと来たらしい。去年も来て、そういえば妹が前夜にぎゃーぎゃーと騒いでいたのを思い出す。

 サンタはどこから入ってきたのだろう。カーテンの向こうに隠れた窓に目をやる。窓から入ってくるのは泥棒だと教えられた。じゃあサンタはいい泥棒なのだろう。多分。

 妹がうろうろと動き出して、落ち着いて寝ていられない。ので、やむなく起きる。

 布団の外は当たり前だけれど、寒気に満ちている。さむいというだけでたくさんのことが嫌になる。冬はこのまま死んでもいいと思う日が多いけれど、今日もそうなりそうだった。

「つぎこそサンタをのがしません!」

「そうね来年がんばりましょうね。だから来年もいい子でいるのよ」

「それめいあん!」

 妹はけらけらけらと笑いながらはしゃぐ。そうしていると、笑うときの母によく似ていた。

 もっとも笑っているとき、母はわたしたちの『母』ではないのだけれど。

 大人の誰かが言っていたけど、わたしは父に、妹は母に似ている。

 雰囲気と見た目、あと、なんだっけ……なにかがそっくりだとその人は言っていた。

 わたしたちは双子だけどまったく似ていない。双子だから似ていないといけない理由や決まりなんてないのだろうけど、わたしたちを一見して双子の姉妹と思うのは難しいだろう。だからもしも双子だからと安直に入れ替わりなんてやったら、たちまち見抜かれてしまう。

 趣味も顔も髪型も重なるものはない。さらに大きな違いは、わたしはすこぶるかしこいけど妹はぱーだ。どちらも妹自身が言っている。すこぶるかしこいという意味は詳しく知らないけど、かしこいって部分は分かるので気にしないことにしていた。本当にかしこい人間は、細かいことにこだわらないものだ。と思う。わたしはまだかしこいと思える人に会ったことがないので、基準というものを分かりかねていた。もしかすると、そんなものはこの世界のどこにもないのかもしれないと時々思う。

「とんかちくんもでばんがなくてひえひえです」

 小ぶりの金槌の先端に指を添えて、ひぇっと妹が大げさに仰け反る。

「そんなのどうする気だったの?」

「サンタのおすねをこつーんと」

 妹が金槌を横に払う。確かにサンタだっていきなりすねを叩かれたら転げ回るだろう。セロテープを用意していた去年と比べて、方針がやや過激になったみたいだ。でも寝ているときに部屋で騒がれても困る。わたしもついサンタのすねやその他を金槌で叩いて黙らせてしまうかもしれない。

 落ち着きのない妹の手を引いて座らせる。ぺたんと正座した妹はわたしよりやや目線が高い。

「ねえ、去年から疑問だったのだけど」

「はいな」

「サンタ捕まえてどうするの?」

 プレゼントを独り占めしようというのか。

「きねんさつえいです!」

「は?」

「サンタのしょうたいをよにあばきます!」

 ずががーん、と稲妻の効果音つきだった。この寒々しい部屋で、よくそこまで動けるものだ。

「ねえさまはしりたくないですか?」

 首を傾げる妹に、そうねと短く答える。

「サンタの正体なんてどうでもいいもの」

 肝心なのはプレゼントを届けてくれるかどうかだった。今年のプレゼントを一瞥する。

 わたしはともかく、妹にもちゃんとプレゼントを用意するあたり、見る目のないサンタだ。

 自分を捕まえようとする子供をいい子と判断したのだから。

「そぉーうですか?」

 妹がくりくりと、大きな目を近づけてくる。鼻がぐりぐりと額に当たった。

「余計低くなるわよ」

 ふっふっふと、顔を引っ込めた妹が得意げに唇を吊り上げる。

「じつはですね、わたしはとうさまがサンタではないかとうたがっているのです」

「はぁ?」

「かあさまでもいいです!」

 余計にあり得ない。

「そんなわけないじゃない。どこにサンタ要素があるのよ」

 父は白ヒゲも生えていないし、あんな赤い服だって着ないだろう。なによりマンションの外の壁を伝って上ってくるような根性と体力もない。どうやってサンタをやるというのだ。

 こんな当たり前のことも分からない妹は、なぜかぼけーっとしていた。

 目を丸くしている。

 けれどようやく理解したのか、にこっと、妹が幼く、快活に笑う。

「ねえさまはすこぶるかしこいですね!」

「そうよ、あなたが一番よく知っているでしょう?」

「あいあい!」

 妹はぱーだけど、素直なのは評価してあげてもいいかもしれない。

 このようにすこぶる頭の悪い妹だけど、姉として見放すわけにはいかない。

 同じ日に生まれて姉妹もなにもあったものではないけれど、何年もやっていれば自覚は生まれる。

 与えられた立場が、人の輪郭を形成するのだ。

 そうこうしていると、父が部屋を覗いてきた。ご飯ができたらしい。

 おいでとその左手に手招きされる。

「あいあいとうさま!」

 妹が無邪気に跳ねると、父は目を瞑ってなにかに耐える仕草を見せた。

 でもそのまま早くおいでーと引っ込む。

 あゆと、まい。

 わたしたちの名前を、愛おしそうに一度口にして。

 そうやって呼ばれる度に、ああ、一つだけ。

 たった一つ、妹の方が羨ましくなる。

 名前だけは妹の方がいい物だと感じていた。

 なぜならわたしは、魚が嫌いだからだ。

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