『11』【再掲載】

※この作品は「入間の間」に過去掲載された小説の再掲載になります。



「好きな食べ物はあるのかな?」

「えっとですねー、ハンバーグとか、海老フライとか」

「あはははは」

 笑うとこあったかな、とカナが首を傾げる。

 岩谷カナは大学六年生という負しか感じない所属から抜け出して、陶芸家の卵となっていた。その卵は山から下りて、町でてこてこ歩いている。頭にはいつも通り、研修中の名札が髪飾りの代わりとなっていた。並ぶ相手は、新城雅という女性だった。

金糸のような髪が印象的な、大体の人間から見て美女に該当する女性である。カナから見てもそう感じる。ほけーっと見上げる。ちなみにカナと同い年であるが、傍から見ていて誰もそうは思わないだろう。二人は駅の近くを歩いて見つけたファミレスに入る。

その日、カナは新城雅に呼び出されたのだった。

なんで電話番号知ってるのかなー、とカナは少し不思議だった。

 二人は案内された席に向かい合って座る。新城雅は間違いなく大人だが、カナは子供にしか間違えられない。二人はカナの感覚としては少し前に起きた事件で知り合った……「あれ、知り合ったのは事件関係なかったかな」ないかもしれないなー、とカナが思い出す。床屋さんに連れて行かれて、美容院だっけ、つまりギャッピーだな。ギャッピーがきっかけだ、とカナが納得する。

 その思考に独り言が混じる様子を、新城雅はおかしそうに眺めている。

「君の先生はお元気?」

「あ、はい。ししょーは元気いっぱいに野山を駆け巡ってます」

 実際、カナの師事する先生はすこぶる元気だった。寡黙だけど行動的でもある。暇さえあれば山に粘土を掘りに行っている。カナも一度目は同行したが、本当に、まったく、まるで役に立たないと太鼓判を押されたうえで留守番を命じられるようになった。

「ところであのー、本日はなんのご用でしょうか」

 カナが上目遣いで尋ねる。

「言ったじゃないか。ご飯でも食べようって」

「言いましたけど……それだけ?」

 そうだよ、と新城雅が窓の方に目をやる。立体駐車場と横断歩道しか見えなかった。

「他に君に頼んでも、なにもできそうもないし」

「どぅわははは」

 正しい物の見方だった。

「えーそれでー……なんであたし?」

 笑ったり縮こまったりとカナは忙しい。新城雅は、そんなカナの様子を楽しむようだった。

「なんでって、君を気に入っているからだよ」

 新城雅が微笑みながら言う。笑うとお兄さんに似てるなー、とカナはひっそり思った。

「そ、そうっすか」

 え、どこを? と首を傾げつつもどへへと愛想笑いも浮かべる。

「君は悪意がない」

 新城雅が微笑んだまま理由を述べる。

「びっくりするくらい抵抗もできないし、人になにかしようという気もない。度胸もない」

「ぐわははは」

 見透かされていた。

「そういう生き物に癒やされたくなる。そんな時もあるのさ」

 新城雅はそう言って、溜息を軽くこぼす。カナは数秒考えて結論を出す。

「なるほど、猫カフェみたいなものですな」

「ま、それでいいよ」

 カナのいい加減な発言を、新城雅はむしろ求めているようだった。



「映画でも観に行かない?」

 ファミレスを出てから、新城雅がカナを次に誘う。カナは目をぱちくりさせる。

 ぱちぱちしていたら、目にゴミが入って「ノォォォ」とごしごし指で擦る。

 今日は風が強い。そして6月には似つかわしくないほど、晴れ晴れとしていた。

「どうかしたのかな?」

「ほんとーに、あたしのことお気に入りなんですね」

 そんな風に誘われること自体、久しぶりだったのでカナにとっても新鮮だった。

 新城雅は一度目を泳がせた後、悪戯を思いついたようににやーっとする。そして、カナの細い腕を取り自分の腕と絡める。カナは経験のない出来事にいきなり直面して面食らう。

「ほらね」

 言葉が嘘でないと、新城雅が行動で示す。

 カナは戸惑いながら、組んだ腕を見て、「あうぇうぇ」戸惑いを重ねる。

 こういうのには、慣れていなかった。

 でもその慌てぶりを喜ぶ新城雅を見ていると、カナも少しだけ、いいかなと思うのだった。



「うーむ」

「うーん?」

 仕事帰りに町をぶらぶらと歩いていたら、妙な上に小さいやつに絡まれた。なにが妙って、髪の色が白……いや銀色だ。銀色と言っても灰がかったのとは違い、正に白銀といった清い色合いだ。

雪の色に似ているかもしれない。しかし比較しようにも今は6月なので、身近に雪などない。

「お前はちょっと不思議な感じがするぞ」

「……そうか?」

 膝に手を付いて、目線をやや下げながら相手する。町中で目立つなぁこの色は。

 しかもなぜかパンダのパジャマだし。

「その顔の右側、融合しているな」

 お、と思った。同時にちょっと警戒もした。確かに俺の顔は右側が少し変わっている。光の下で確かめると、やや灰色に近いのだ。そこまではいい、それを融合とか言い出すのは怪しい。

「何者だ?」

 まさか、こいつも宇宙人だろうか。言われてみればああなるほどみたいな外見ではある。

 光っていれば大体宇宙人だ。

「くっくっく」

 思わせぶりだ……。

「む?」

 あれ、あれときょろきょろしている。

「あいつらはどこへ行った」

「え、ただの迷子?」

 むぅ、と銀色の少女が唇を尖らせる。こっちも困る。

「ぴこーんぴこーんぴこーん」

「うわ、なんだそれ」

 髪の毛の一部が急に立って左右にぴこぴこ動く。そして、直角に曲がって明後日の方向を指し示した。突風で髪が煽られたわけではない。

とりあえずただの迷子ではない。おかしな子供であるのは疑いようがない。

「こっちだな。ではサ ラ バ ダ」

 最後だけなぜか古臭い宇宙人風に喋って、髪の毛の指した方向へてってってと走り去っていく。なんだったんだ、と仕事を終えて疲労が溜まっているところに、頭にずしんと来る相手だ。

 まぁ、俺が出会ったやつと比べたら、そこそこ普通なのかもしれない。

「おかしなのがいるもんだな。……なぁ?」

 未だ右目の奥から消えることのない、エイリアンの背中に同意を求める。

 もちろん、いつものようにそいつは応えない。

 でも決して消えないから、俺はたまに空を見上げてしまうのだった。



「好きな数字はありますか?」

 易者にそう聞かれて、少し考えて「11」と答えた。

「ほほぅ、なぜです?」

 机の上の水晶玉を覗けば、それくらい見通せないものだろうか。

「人が並んで立っているように見えるから」

「なるほど支え合い。あなたは優しい人ですね」

「支える……なんか違わない? そうじゃなくてさー、君と一緒に並んで歩くというかね?」

「はい二千円」

 そんなバカな。

 駅前で物珍しいからと易者にかかってみたら、好奇心の代償は高くついた。

 それから、目的もなく大通りの方に出てみる。

 建物の隙間から出たところで帽子が風に煽られて、待て待てと掴んだら「ありゃ?」衣替えしていた。

「こりゃ赤い」

 手に取った、よれよれの帽子は赤い。ツバも含めて真っ赤だ。なんだこれ。ていうか俺の帽子と振り向くと、路上をこてんこてんと転がっていた。引き返して、車道に出る前に自分の帽子を拾いあげる。

 軽く手で払ってから、頭に戻す。さて元通りになって、でも手元にはもう一つの帽子。

 真っ赤な魔女の帽子。

 ポケットに入れて叩いてねぇぞ、とくるくる回していたら、足音がして振り向く。

 スーツ姿のご婦人が走ってきていた。視線から察するに、帽子の持ち主のようだ。

「えぇー……にあわねぇ」

 俺が言うのもなんだけど。帽子を前に出すと、そうそうとばかりに頷く。

 ご婦人は長く黒い髪に目が行きやすい、なかなかの美人であった。

「拾ってくれて、どうも」

「いえいえ」

 赤い帽子を返すと、ご婦人はすぐに頭に載せた。やっぱ町中でも被るんだ、と凝視する。

「……なにか?」

 赤い帽子が注目されるのは面白くないのか、少し声が固い。

「いい趣味だと感心する」

 ほらほら、とこっちの青い帽子のツバを摘む。しかしご婦人は目を冷たく細めるばかりだ。

「どこが? 最悪よ」

「あれぇ?」

 せっかく同好の士に巡り会えたと思ったら、この態度である。

「こんなもの被っているのが他にいると思わなかったわ」

「そこは同意」

「魔女から貰ったの?」

 冗談みたいな問いかけなのに、声が真面目なのでやや違和感がある。

「いや。子供の頃、おっさんが被ってたものを……受け継いだのさ」

「ふぅん。それじゃあ、どうも」

「あれぇ?」

 思わせぶりに格好つけたのに、ご婦人はまったく相手にしてくれない。さっさか去って行ってしまう。でもその後ろ姿を見ているだけでも、帽子をしっかり押さえていて大事なものなんだな、って一目で分かる。それも、あれは人から譲られたものだ。俺には分かる。

 だって、扱い方が同じだし。

「やはり同好の士だな」

 勝手に認定して、また歩き出す。

 今度は風に飛ばされないよう、帽子に手を添えながら。



 子供と並んで道を歩いていると、懐かしい顔がやってくる。

「まこくん?」

 我が子の手を握り返して、穏やかに、前へ進む。

 今がどうあったとしても。なにかを選んで、失っているのだとしても。

 思い出がなかったことになるわけじゃない。

 だから顔を上げて、挨拶しようと思う。

「こんにちは」


 子供と並んで道を歩いていると、懐かしい顔がやってくる。

「ははうえ?」

 帽子までお揃いの我が子の手を握って、少しだけぎこちなく、前へ進む。

 いつからか真っ直ぐ伸びたままを受け入れるようになった、自分の髪が肩にかかる。

 あの時のこだわり、その目を意識する気持ち、よりよくありたい、見てほしいという祈り。

 思い出の数々は振り返れば、白浜が光り輝くようだった。

 みんな、思い出すだけで胸と頬が熱くなる。

「こんにちは」


 すれ違って、しばらくしてから。

「ちゃーっす!」

「ちぃーっす!」

 たくさんの思い出を投げ合うように、大声が、重なった。

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