『派手な探偵になるための試練さえ地味すぎる日々』【再掲載】

※この作品は「入間の間」に過去掲載された小説の再掲載になります。



「トンファーを持って、町を歩いては、いけません」

「申し訳ございませんでした」

 へへぇ、と国家権力に深々と屈する。下げた頭の向こうから笑い声が聞こえた気がする。

「関係ないですがそんなデコッたトンファーって殴りづらくありません?」

「いえあまりに可愛げのないデザインだったもので……」

 だからちょっとファンシーにしてみた。これはトンファー、ファンシートンファー。ファンファンファファン。

「ヨゥヨゥヨヨゥ」

「元気な子ですねぇ」

 もう帰っていいよと言われたので警察署を後にする。たっぷりじっくり距離を取って、国家権力から解き放たれた後に叫んだ。

「やっぱり駄目じゃねーか!」

 投げ捨てそうになった。でもデコッた手間と時間を考えて踏みとどまる。

 大きなため息を吐いてから、トンファーを鞄にしまおうとして、さっぱり入りきらないので諦めて「しゃー」構えた。そして探偵になって初めての仕事のために、再び街を行く。



『犬だってよー。犬探しだってよー。チョーアガル』

『いいじゃないか。犬のお尻を追いかけるだけでお金がもらえるんだよ』

『本当は女の子の尻を追いかけてお金もらいたいはいはい』

『まだそこまで言ってないよきみぃ』

『分かるしー』

『それに、迷子犬が実は世界最高記録の人食い犬かもしれないし』

『そんなやつが飼われてるんじゃないよ……』



 というわけで人食い犬(仮)を捜索すべく街に繰り出したはいいのだけれど、今のあたしは正にじみたんの見本みたいになっていた。黙々歩く。普段は犬探しばかりしている先輩らしきやつに手順を聞いてみると、『それっぽい場所をひたすら歩いて探す』という夢のない助言しか返ってこなかった。

『小型犬と大型犬では一日に移動できる距離の違いがあるから、調べる範囲も変わってくるけどね。あと意外と他の人に保護されてるケースもあるから聞き込みを欠かさないこと』

『うぇーい』

 とりあえず、就職祝いのトンファーはあたしの就業第一歩目をけつまずかせた。

「いってー」

 まさかいきなり警察に怒られるとは思ってなかった。最初の敵が警察はいくらなんでも強すぎる。トンファーだけで立ち向かえる相手ではない。そもそも勝ってはいけない。大体なんだよトンファーってどういうセンスしているんだ。と愚痴が延々と連なりそうになる。

 気が滅入るんだよねぇと、町を歩いてみれば、否応にも実感していく。

「本当、地味だよねぇ……世の中」

 怪人はいないしみんなちゃんと歩道は歩くし、電車に乗らなければ遠くの町に行くまでどれだけかかるのか。飛べないし、歩くの遅いし、景色は変わらなくて。

 子供の頃に見えていた、世界の好奇心の輝きは一体、どこに掻き消えてしまったのか。

 秘境とか絶景を心から見に行きたい。あたしの知らない世界はいつになったら見つかるのか。

 どこに行こうかなぁと、標識を探しそうになる。

 標識とか指示とか超大事だよねーと思う。自分の道を自分で決めろと言われちゃう昨今だけど道なんて誰が選んだかはこの際どうでもよく、むしろ道なんて歩いていたら一生かかっても求めるものにはたどり着けない気がしていた。だから大事なのは、どう歩くかだ。

 道じゃなくて、求めるものに向かって邁進する。

 飛べないならせめて、走っていこう。

 いつか見ていたものに、再び。

 そしてその先に見つけた真っ黒い、信じられなく輝くものを暴いて、叩き伏せる。

 あたしはトンファーをしゃにむに振り回して、世界と戦う。

「ファイ! ヤッセィッ! フィェェェェェ!」



「だから、トンファーを、町で振っては、いけません」

「本当に申し訳ございませんでした」

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