『花咲太郎だいたい10年記念『じみたん』』【再掲載】
※この作品は「入間の間」に過去掲載された小説の再掲載になります。
「友達への贈り物、ねぇ」
いつものように呼んでもいないのにやってきた殺し屋にも少しは役に立ってもらおうと連れてきて、店先を巡っているところだった。待ち合わせまではまだ時間があった。
「友人へのプレゼントなんて選ぶ機会もこれまでそうなくてね」
「友達少ないのぉ?」
裏声で女子気取りに煽ってくる。しかも快活な笑顔つきだ。腹の立たない要素がない。
まぁ実際、知り合いは多いが友人は少ない。何故だろうと考えると、ぼくに原因があるような気がしないでもない。ないでもないくらいなので、ないかも……と時々揺らぐ。
ちょっと熱く語っただけでみんな離れていくのだ。みんな斜に構えすぎて情熱を持ち寄ることを忘れていないだろうか。そうした世界に警鐘を鳴らすべく、ぼくはぼくでありたい。
「なに頭おかしいこと言ってんの?」
「いいから意見や品の一つでも見繕えよ」
さっきからただの散歩になっている。ぶらぶらしている。もちろんこんな青い男と世間様を歩いていても楽しいはずがない。その木曽川は「んーそうねぇ」といい加減に周囲を見回すだけだ。帽子のツバが前に垂れていて視界が確保できているかも怪しい。
「ぼくだって女性に渡すと喜ぶものは分かるんだけどね」
「ほう」
言ってみ、と木曽川が促す。
「お菓子は大体喜ばれるね」
「甘いものは僕も大好き」
聞いてない。
「あと、ぬいぐるみは女の子次第だったな。意外なんだけどね」
「あぁ、きみの女性ってそういうのか。そういうのだった」
ははん、と木曽川が帽子を押さえながら暗く笑う。それから、帽子の向こうで目が動く。
「友人と言ってもねぇ。どんな贈り物なのかも分からんしなぁ」
「就職祝い……みたいなものかな」
「ほーん就職」
木曽川が考えるそぶりを見せる。今までなにも分からないで歩いていただけか、やっぱり。
「じゃトンファーだな」
「誰が修学旅行の土産について話せと言った」
「いや僕の喜ぶものを考えてそうなったんだけど。友達代表の気分でね」
「オマエトモダチチガウ」
「どっちかっていうとマイフレンドだよね」
「英語にしただけじゃねえか」
どっちもこっちもない。
「いや英語の方がそれっぽくない? ほら魔女とか呼ばれてるしさ僕」
「呼ばれてるの?」
たまにね、と木曽川がご機嫌に帽子のツバの位置を直す。
「つうかさ、こういう帽子のステレオな魔女って日本にもいるの?」
「ぼくの知ってる魔女はねるねるねるねをかき混ぜてたよ」
結局、ろくに役に立たない賑やかしは放っておいて、ぼくなりに考えて選ぶ羽目になった。
「渋いチョイスだな」
「まぁ、大人びた……というか、ぼくにとってはもう大人だからね」
相応の品と態度で接しなければいけないのだ。
支払いを済ませてから振り返ると、木曽川が帽子のツバを軽く押し上げてぼくを見つめている。
「なんだよ」
「きみはしかしあんま変わんないな」
「そうか? そっちも大概だと思うけど」
ファッションセンスとか。ずっと同じ帽子らしく、てっぺんのとんがりもとうにくたびれている。洗っても取り切れないであろう汚れも残り、中身のなくなった豆の皮みたいだ。
見るとツバの端もほつれて穴が一つできあがっている。その穴に木曽川が指を突っ込む。
「見て見て、くるっと回せるようになった」
「だからなんだ」
「んじゃね」
人の疑問などまるっきり無視して木曽川が去っていく。最後まで何の役にも立たなかった。
立ったことあっただろうか。大体、迷惑事持ってくるだけだし。
「あんなのともう十年も付き合いがあるのか……」
本人は出会った頃、三年くらいで死ぬから大事にしてくれとか寝言みたいなことを言っていたがなんのことはなく、しぶとく生き続けているではないか。ぼくは詐欺に遭った。
一方、ぼくの方も望まないトラブルにしょっちゅう巻き込まれながらなんとか五体満足で今の時間を過ごしている。地下を冒険させられたり拳銃探したり彼女のお義父さんに話をつけにいったりとまぁ色々あったのだけど、それが今、緩い風を感じるこの時に繋がっていると振り返れば思わず、遠くに目をやってしまう。
そうして、少しぼぅっとしてから。
さて、そろそろ彼女に会いに行こうと歩き出す。
昔をなぞるように、ぼくの動きは変わらなかった。
彼女は先に奥の席に着いて、テーブルを賑やかにしていた。
「待ち合わせが回転寿司というのも風情があるね」
「どこに?」
呼んだ方が目を細めてきた。ぼくが聞きたい。
適当に笑って流しながらぼくもタッチパネルで注文しつつ、席に着く。
十年も経てば、ぼくが見つけた美はすべて形を変える。
時は何物をも流していく。
髪型、肌の艶、双眸、声、醸し出す稚気。ここにはもう、なにもない。
眺めていると頭を掻きむしりたくなるほど、世界は残酷で。
王冠を模した小さな髪飾りだけが、そのまま頭に残っていた。
かつては超能力者のようであった彼女の神がかり的な能力は、年を経るにつれて薄れていくように思う。今ではいい加減なもので、大体外れる。人はそれを単なる勘という。或いは本人が曖昧にしか感じ取らない道を選んだのかもしれない。なにしろ、その感覚を発揮したせいで巻き込まれた事件は片手で数えきれない。生きるために向いていない能力なのだ。
「ルイージはどうなの? 今日も犬探し?」
「今かい? ちょっと面倒なことを頼まれているよ」
「面倒?」
「いつ終わる仕事なのかも分からないけど……まぁ、知り合いの依頼だし同情もなくはない」
ふぅん、とそこまでの興味もないのかトウキが流す。それから、胸に手を当てる。
「あたしはね、劇的な探偵をやるつもり」
そう、成長した彼女は探偵を志した。なにを考えているのだろうと思うけど。
「外を歩けば黒ずくめの男に追われて、自家用機に乗って空を飛べば墜落遭難、ペンションに行けば自称カメラマンの殺人犯に襲われる日々。そんなところね、あたしの理想の探偵は」
「夢みたいな話だね」
「夢ってそういうものでしょう」
冗談みたいなことを彼女は平気で言うようになっていた。全てを見通すことを嫌っていた子供はもういない。超常的な力を失った後だからこそ、あえてそういう夢を抱くのかもしれない。
「あたしは派手な探偵になってみせるわ。世の中の不思議はぜーんぶ、あたしのもの」
「はでたん……」
意味もなく略すと、気に入ったらしく「それいい」と笑う。
そして、その笑顔のまま。
「そうしたら、ルイージはいつまでも犬を探せるでしょう?」
なんてことを、当たり前のように言ってくるのだから。
いやぁ、もう。
ぼくでさえ間違いを起こしそうになってしまう。
「……きみはやっぱり、最高の女の子だった」
ありのままに感じたことを、花束のように目の前の彼女に届ける。
旬を過ぎた彼女が、微かな寂寥を含んだように口元を緩めた。
「だった、ね」
「女の子以外の女と友達になったのはこれが初めてだ」
「すっげぇ意味の分かんない日本語を使われた」
「ああそうそう、これお祝いなんだけど」
持ってきた紙袋をトウキに渡す。「あら意外」と受け取ったトウキが微笑む。
「中学生以外にも優しくする気持ちがあったんだ」
「まぁね。そして小学生にはもっと優しくできる」
「死んでしまえ」
軽口を叩いてから、トウキが「ありがとう」と真摯に礼を述べてくる。
この子からそんなしっかりしたものが返ってくる日が来るなんてな、と少しこそばゆい。
「気に入るかは分からないけど、ぼくなりに考えて選んできたよ」
「わぁ……」
トウキが紙袋を覗く。そして中身を取り出して、首を傾げた。どう持つかすぐに分からなかったらしい。くるりくるりとそれが躍るように回り、トウキがようやく方向と形を意識する。
そうそう、そこを握って構えるんだ。
にっこりと、祝福する。
うーん、劇的な探偵にはやっぱりこういうものの一つも必要だな。
トウキはそれを手にしたまま、目を丸くする。
驚く表情は郷愁めいたものを思い出すほど、昔の彼女の面影を残していた。
「なにこれ」
「トンファー」
劇終
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