『おともだちロボ チョコⅡ』チョコ、西へ行く⑤【再掲載】

※この作品は「入間の間」に過去掲載された小説の再掲載になります。

謎の生物と戦う、ロボット乗りの少女とロボットの少女。二人の絆は、『おともだち』であること……。

(※この短編は電撃文庫『おともだちロボ チョコ』の続きのストーリーとなります)



「そうだ、空気ってどうなってるんだろう」

 砂漠の地下の空洞を進みながら、少し遅れて疑問に行き着く。元々に存在していた場所が砂で埋まったのだとするなら、取り残された空気しかないのか。そうでないなら、もしも循環しているなら、どこかが地上と繋がっているわけで脱出の芽も出てくる。

「そう上手くいかないだろうけど……」

 この星の惨状を振り返れば、楽観的な予測なんて無意味なのが分かる。でもそれぐらいの希望はないと本当に打つ手がなくなる。砂の檻は脆く、儚く、そして砕けない。

 しかしそれでも前へ歩き、大して絶望していない自分がいた。

 恐怖が麻痺しているせいか。それもあるだろうけど、もう一つ。

 この超常の可能性を秘めたロボットと一緒だからだろうか。

 こいつがなりふり構わなくなったら、とんでもないことになるような。

 心の底、濁った水面の奥でそんな予感が泡を噴いては消えていく。その泡の弾ける音に導かれるように、別の音が急降下してくるのを気づく。見上げた瞬間、粉末めいた砂の流れがやってきていた。慌てて飛び退く。落下した砂の塊が弾けて、小規模な砂嵐を見舞ってきた。

 すぐに過ぎ去るそれが、ハッチの隙間からコクピットへと入り込む。その歪み具合に顔が渋くなるのを感じた。こんな調子でよく、落下時にコクピットが砂で埋もれなかったものだ。

 砂の出所を見上げる。天井が時折崩れてくるみたいだ。まさに土砂降り。

 前より上を見て歩いた方が安全だった。上空からの攻撃は苦手だなぁと感じる。なにしろあまり訓練の経験がない。空を飛ぶ敵性怪獣は今のところ確認されていないこともあった。

 鳥の育たない世界から、あいつらはやってきているのかもしれなかった。

 少し歩いて振り向くと、落ちてきた砂でできた小さな山がもう、半ば崩れている。地面を形作る砂と紛れて区別がつきづらい。落下の衝撃は凄まじく、けれどそれは一瞬。あっという間に平面に消える。

 人の生き死にのようだった。

 関節が砂を噛んで、歩く度に不愉快な摩擦音を立てる。無事に帰ることができたらオーバーホールは必至だ。動かしていて特に重く感じるのは右足で、操作と反応に一拍の遅れがあった。それでも動いている内はいいけど、機能が停止したら私まで一緒に終わりだ。

 土の下に還る、とはまたちょっと違うよねぇこれ。

 しかし殺風景な場所だ、と歩いていて気が滅入る。

 砂の流れる音がそこかしこから聞こえて、残るは機械の足音。

 地平に生物の息づかいはなく、砂時計の中にでも放り込まれたみたいだ。最初に想像したとおりに元は地表に出ていたのならその痕跡ぐらいありそうなものなのに、見えるのは砂と今にも崩れそうな細長い岩ばかり。この砂がすべて、埋めてしまったのだろうか。

 独り言も減り、黙々と進む。自然、灯りの強まっている方を目指していた。光の正体が不思議な岩片とは分かっているけどアテもないので、目印になるそれを追ってしまう。地上に繋がらないと知りながら光を追う私は、さながら羽虫だ。

 空気のことを意識してから、気分的なものだろうけど少しの息苦しさを感じる。砂の柱がまるで私の肺の奥まで流れ込むようだ。薄暗さと同化した岩壁に額をぶつけるような、窮屈さと痛みを錯覚する。感覚の大半が尻込みして後ろ向きなものとなっていた。

 そりゃあよくない、と自発的に切り替えようと顔を上げて、何度もまばたきする。

 唇の上下を丁寧に重ねて、深呼吸。一つ一つ、自分を調整していく。

「誰が言ったんだったか……」

 時間で解決するのは後ろ向きな問題だけだと。今もそうだ。

 ここでなにもせず死ねばたくさんの問題から解き放たれるけど、生きることができない。

 生きていないのは、きっと後ろ向き。

 そして生きるというのは間違いなく前向きだ。それだけは信じる。

「だからー、私はー」

 砂が混じったように声が掠れる。咳払いしてから、操縦桿を強く握って。

 どうせ誰もいないし、むしろ反応して出てきてくれるなら歓迎するくらいだ。

 前を向いて、陽気に、歌う。

「だからぁぁぁぁあぁぁああああああああああああ! わたしはああああぁぁぁあぁぁあああああああああ!」

 腕の血管が迫り上がるほどに、空気を引き絞る。

 目眩を催すほど、体内の空気を吐き捨てて。

 叫んで、叫んで、揺れた。

「わ、わっわ、」

 突然の振動に見舞われて目と胴が踊る。コクピットに訪れるその衝撃が、カァールディスの疾走のもたらすものだと、目まぐるしく揺れる前方の景色から悟る。操作した覚えがないのに、急に走り出したのだ。なにしてんだこいつ、と気を動転させているとやがて、勝手に止まる。

 操作系統の誤り、ではなさそうだった。

 もしかして、いきなり叫んでびっくりしたのかな。

「……まさか」

 息を整えながら、モニターや天井を見回す。血管の如く入り組んだ線に、微かに青色の残滓を見つける。あの粒子の通り抜けた跡だ。活性化して、走ったのだろうか。

 ……んー。

「私はー」

 小声でぼそぼそ言ってみるが、今度は走らない。

「……んがぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ、お、あら、あらららら!」

 本当にまた走り出す。どうも叫び声と連動しているのは確かなようだった。

 しかし今度はまずい、もう目の前に岩壁が控えているのだ。

「止まれ、止まれ! あ、叫んだら余計に、お馬鹿!」

 足を止めるどころか、歩幅を広くして速度を高めたカァールディスが正面から真っ黒い岩にぶち当たる。耐衝撃を一切考慮していないコクピットが縦横無尽に揺さぶられて、パイロットを的確にいじめ抜いてくる。操縦席のシートにしこたま、頭と肘をぶつけた。

 カァールディス本人? も激突した岩を砕く性能を見せつけながら、痛み分けのように派手に転倒する。大の字にぶっ倒れて、これがまた、痛い。腹部をぶん殴られたように痛めつけながら、中の私も転がった。実験の代償を全身に感じながら、小声で噛みしめるように罵倒する。

「アホだろ、このロボット……の、神秘的な何か」

 宿る神髄の名前と正体を掴めず、曖昧な物言いになる。責任転嫁まではっきりできない。

 後頭部の激痛を手で慰めながら、身体を起こす。コクピットに溜まっていた砂が、動きに応じてざらざらと流れる。その砂を踏みしめながら、また歩き出そうと腹を据える。

 砕けた岩を拾って電灯のように持ちながら、壁際を歩いてみる。


 天然で出来上がったものにしては角が多い。横から人為的に砕いたような凹凸が輪郭に見える。カァールディスでも悠々入ることのできる大穴なんて、どちら様が必要とするのか。地下帝国でも建国しているのだろうか。ないわー、と不安定な砂の天井を眺めながら、洞窟に踏み込む。明確に目的地もないので、目につけば興味本位で探ってしまうのだった。

 洞窟の天井は割れた岩が飾りのように続いて、随分と明るい。照明代わりに誰かが整えたかのようだった。更に少し進むと、左右に大きめの空間を見つける。こちらもまた入り口同様、何ものかによって掘られた跡がそこかしこにある。空間自体にはなにもないけれど、これは。

 まるで、部屋みたいだ。

 誰かがここに居住スペースを作り上げたとでもいうのか。いやいや、とその発想に首を振る。こんなところに人間か否か問わず動物が住めるとは思いがたい。あの砂魚が大群を成しているなら食料問題は解決……できるものだろうか。食べられるかなぁ、あれ。

 肉にかじりついたら砂を噛む感触がしそうだ。それならまだ海の魚がいい。

 たとえ安全に取れる食料があれだけで食べ飽きているとしても。

「……なんだろう、これ」

 奥の部屋らしき空間の横、岩壁に直接なにかが書かれているように見えた。ここまで来ると自然現象ではなくなにかの意思の介在を疑わないけど、これは……読みづらいな。

 人体に切り傷で文字を作るような横着さがあって、読み取りづらい。

 文字自体が大きくて、一文字判別するのに上下を眺め回さないといけないし。

 そもそも今の時代に、文字を書くという行為が一般的じゃない。書かなくてもどうにかなる場面が多すぎて、私たちの手は退化したとなにかで聞いたことがある。同時に、チョコの頬に書かれた私の名前を思い出していた。達筆だったな、あの博士。底の知れない人だ。

 そんなことを考えて気が散漫になっていると、地鳴りが洞窟の上下を走る。

 背中に寒気が走った。

 もたらすものの正体は不透明でも、ひょっとして崩れて生き埋めになったらと、血相を変えて外へ走る。

 そうして外へ飛び出すのとほぼ同時に、空が膨れあがった。

 大量の砂を食い破るように弾き飛ばして姿を見せたのは、腹。燻製にでもしたようなくすんだ色合いの腹が落下してくる。砂魚だ。そのまま、私の立つ地面へと叩きつけるようにその胴体を着陸させた。地面が揺れて砂が流れて、カァールディスの足もとを掬う。

 バランスを取りきれなくて尻餅を突きながらも、砂魚を視界に捉え続ける。

「……さっきのと同じやつかな」

 あんなのが何匹もいるほど、砂漠の懐が広いとは思いたくない。落下した砂魚は強かに腹を打ったのか、しばらくは身動きせずに大人しくしていた。尾びれだけがすいすい、左右に動く。

 ああいうものがカァールディスにもくっついていればなぁ、と無い物ねだりする。

「……あっ」

 その尾びれをなんの気なく目で追っていて、閃く。

 地上への帰り方(仮)を思いついた。

 あの砂魚に連れて行ってもらえばいいのだ。黒いロボットみたいに。

 荒唐無稽だけど、自力で砂の海を掘り進むよりはそれに適したやつに頼った方が早い。ここに突き落とした張本人に責任を取って貰うのが人の道だ。魚だけどまぁいいだろべつに。

 帰還への希望が見えて生き生きと脳の躍動するのが伝わる。喉の渇きも潤うようだ。だけどその光も、明朗も次第次第に萎えていく。問題を置き去りにして先走りすぎた。

 問題としては、あの砂魚にどう付随するか。黒いロボットのように額に突き刺さる、刺さる? しがみつくのと、どちらが根性必要だろう。背中に乗っても振り落とされそうだ、と逞しい背びれを見つめる。イルカに乗って旅する少年を見倣うのは、少々困難と言える。

 もう一つの問題は、砂魚に地上へ上がって貰うこと。作業員の反応を見るに、砂魚は日常的に砂漠の表へ出没するわけではないみたいだ。特別なこと、恐らく今回は砂の浅い部分を泳いでいたときに偶然、作業用の柱が突き刺さったからなのだけど、そうしたきっかけがないと地上まで出てくれないわけだ。二つの小高い問題の山を越えるのは、これは手間だった。

 どうしようかな、と砂魚の異様な巨体を見上げながら半笑いになる。

 敵意がなければ、巨大生物というのは本当に心躍る存在なのだ。

 その微かな明るさが、過去を照らした。

 思い描くは、父の青い髭跡。

「こういうときは、こうするんだったな」

 父さんに教えてもらった、古来の瞑想法を実践してみる。

 確か、足を重ねるように組んで。その後は指に唾を付けて、頭にぐりぐりつけて。

 後は目を瞑って、考える。だったはず。

 父さんは過去の文化に興味を持つ人で、怪獣に潰される前の家にはそうした骨董品が大量にあって、私のいい玩具になっていた。兄妹は別段の興味を示さなかったけど、私は父に似た嗜好を育てていたようだ。だから宇宙にも、深海にも憧れを抱く。

 黒々と、前人未踏の世界が広がるフィールドに。いつか、行けると夢見ていた。

「……いやぁ懐かしかった、ほんとそれだけ」

 なんの成果も得られないまま目を開くと、衝撃から回復した砂魚が地面を泳ぎ始めていた。

 その地響きと砂の流動に流されながら、天井を見上げる。

 待っても、餌付きの釣り竿は垂れてきそうもない。



続く。

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