『おともだちロボ チョコⅡ』チョコ、西へ行く④
※この作品は「入間の間」に過去掲載された小説の再掲載になります。
謎の生物と戦う、ロボット乗りの少女とロボットの少女。二人の絆は、『おともだち』であること……。
(※この短編は電撃文庫『おともだちロボ チョコ』の続きのストーリーとなります)
噴き上がった砂が元に収まるより早く動き出すそれは、丘が流動するようだった。
横に何十メートルとあるのだろう。黄土色の壁が揺れ動き、引きずられるように地表を薙ぐ。巻きあがる砂の遙か向こうに見える、頭部と思しき部位の丸みとその口の形状から、私の頭はそれを魚と判断する。
「……魚ぁ?」
自分の判断を訝しみながらも、地下より現れたそれを見定める。
砂の海を悠然と泳ぐ魚が、その幅広い胴体で津波を引き起こす。暢気に観察していた頭にゾッと、寒気が走る。流れ落ちた砂が丘のそれや岩と重なり、静観していられない状況を生み出す。カァールディスに乗る私はともかく、作業員はどうだろうと若干慌てて確認する。
作業員たちはひぇぇぇと抱きつきあって、作業車の上で縮み上がっていた。
下手に逃げるよりは、高い場所にいる方が砂の流れに巻き込まれなくて安全と判断したのだろう。海上都市に暮らす人たちよりも危機に慣れているのか、判断力が感じられた。
とはいえ同時に生まれる砂嵐に呑まれるのを防ぐべく、カァールディスを前面に持っていく。防護壁となりながら、とにかくこの第一波を防ぐよう翼を広げた。歪んだコクピットの隙間から砂が入ってくるかと危惧したけれど幸い、やってくるのは衝撃波ぐらいだった。
このまま勢いに負けて転んだら後ろの連中潰すことになるなと考えれば、必死にもなった。
ぐらぐら、機体が揺らいで船を思い出す。
昔は迂闊に逃げられないからと、怪獣の嫌いな海の上で生活した時期もあったのだ。
やがて熱風を含む嵐が過ぎ去り、魚もある程度の距離を開けた地点に落ち着く。
振り向いて作業員たちの安否を確認するべく、ハッチを開いて外の声を聞いた。
「大丈夫でしたか?」
頭を砂まみれにした作業員の一人が、腕を振る。
「助かったよ、あーっと」
「永森です」
「そうそう、お嬢さん。なんだ随分と若いなー。うちの娘と同じくらいか」
思いっきり名前を無視された。名乗り損に唇を噛んでいると、作業員が腕を振って叫ぶ。
「あっちの退治も早々に頼むわー」
「退治って、言っても」
パンチとキックでどうにかなる相手だろうか。以前に遭遇したワニ型の怪獣と比べても圧倒的な大きさを誇る。右翼に搭載された大砲も取り外されてしまっているし、武装がないのだ。
それに巨大魚は砂を掻き分けて泳ぎ回ってはいるけど、明確にこちらへ向かってくる様子もない。今のところカァールディスが無反応なので、もしかするとこの魚は敵性怪獣ではないのかもしれない。
純地球産の魚なら、人間を無視して泳ぎ回っているのも納得だ。
しかし、毎日飽きるほど魚ばかり食べている私たちだけど、あんな大きいのには遭遇したことがない。人が少なくなった世界で、広々とした地球で、新たな生命が生まれているのかも。
砂が入り込まないよう、コクピットを閉じる。
「うーん……」
距離を取って注意すれば、やはりこちらに害となる行動は取ってこない。
敵意はなさそうだけど、魚が活発に動いている。作業用の長い杭が刺さったから? それもあるだろうけど、他にもなにか行動に意図を感じる。なんだろう、と遠目に眺めていると。
ふと、それに気づく。
「……頭に、なにか刺さっている?」
薄茶色い砂魚の鱗とは別に、なにか真っ黒いものが突き刺さっている。ように見える。
なにしろ魚自体が大きいので、その些細な出っ張りが見間違いかとも思ってしまう。目を凝らして、派手に動く魚の頭を目で追って、間違っていないと確信する。なにか刺さってる。
ひょっとして、あれが邪魔だから暴れているのかな。いやまさか、と首を捻っていると砂魚は派手に砂に埋もれる。あ、帰るのかなと思ったら、そのまま潜行して走り回り、そして先程のように跳ね上がって尾っぽを振り乱した勢いで大きく、頭を振った。
その動きで隆起した砂の固まりと共に、魚の頭部からすっぽ抜けていったものが見える。
刺さっていた黒い塊が、砂漠のずっと向こうへと投げ出されていった。どふんと、砂の巻きあがるのが小さく見える。……動き出す気配は、ないみたいだ。大きな岩だったのかな。
頭の異物がなくなったからか、砂魚が大人しくなる。といっても、これだけの巨体だから大人しく泳いでいるだけでも砂がじわじわと寄ってくる。早く地下に帰ってくれないものか。
ふと視線を感じて振り向くと、建築員が皆揃って、黒い塊の落ちた方向を指差していた。
行って行って、と私に催促してくる。確認してこい、という意味らしい。ロボットに乗っていなかったらイジメだよこれ、と思いながらも私自身の興味も手伝って移動を開始する。
砂魚が泳いで突っ込んでこないかとびくびくしながら、現場に向かう。
その先で沈黙する黒い塊は思いの外、塊というほどに纏まってはいなかった。
「黒い、ロボット?」
少なくとも私の目にはそう見えた。
手足がある、腰がある、小さい頭がある。それらがすべて直線の中にある。
そんな物体が砂の上に横たわっていた。大きさも、カァールディスと同じくらいだ。
殴られただけでも裂傷を生みそうな尖った部位を小手代わりに備えた腕。怒り肩に、幅広い太もも。岩石を砕いて研磨したような平べったい足の裏と、その砕いた石片を流用したように刺々しい足回り。
こんな鋭角だらけのフォルム、私の知る中には存在しない。
量産にも向いていないであろう凝った意匠からは、カァールディスと同じ匂いを感じる。
ただカァールディスが鳥人であるならこちらはより、人造人間めいているというか。
そしてそれは、私と機体の感覚が共有されたが故のものだったのだろうか。
いきなり、モニター前面に淡い光が満ちる。
その光の中に、青い文字が続々と描かれていった。
「……文字? いや読めない分からない、なにこれ、でも、メッセージ?」
モニターを埋め尽くす青い光と紋様めいたそれに困惑する。これは、共振? 向こうとこちらのなにかが反応し合っている。その証拠とばかりに、真っ黒い外見だった向こう側のロボットに反応が起こる。黒ずんだ装甲に血管のような線が走り、そして、青になる。
眩く、目を焼くような強い白光。それと同時の覚醒。息を吹き返すように起き上がったロボットが砂の上を滑るように、いや事実脚部を稼働させずに走り出した。
機能が生きている上に、わけの分からない機動性を見せつけてくる。
物々しい外見と比較して、いやに華麗だ。
飛んでいるわけではない、翼もない。しかし浮いて、水面を掻き分けるように砂を掻く。
円を描くようにしながら、収束するようにこちらへ迫る。氷上を滑るかのような軌道、そして残される青い光には嫌というほど見覚えがあった。出所も、誰が乗っているのかも分からないけど、その排出する輝きがなんであるか知る。
そして、その光を纏うものが敵であると。私に宿るなにかが、吠える。
こちらも曲線を描くようにして砂漠の上を走る。滑るなんて器用な真似はできないのでどすどす駆ける。好き勝手に接近されるものかと距離を保つことを意識して走り回っていると、青色ロボットが水平に右腕を構える。こちらと違って完全に人型のマニピュレーターが搭載されているそれを遠くから、これは、携行武装の可能性があると警戒していると。
機体の表面を走る線を、光が駆け抜けた。
その反応と同時に、カァールディスの足もとが爆ぜる。
弾け散る砂の向こうに、驚愕する。
やつは、青い光を飛ばした。
その突き刺さった青光が砂漠に小さな渦を巻く。飛び道具? レーザー?
とにかく武装なんてものを越えたハイテクが襲いかかってきたのだ。
「この、卑怯だぞなんか!」
私より熟練して、使いこなしている。いや、この青い粒子への造詣が深い? 多分、私よりもっと『そっち寄り』だ。私も片足突っ込んでいるからか、感覚の部分で相手を理解できる。
その青光を矢のように次々と撃ち出してくる。連射もできるのか、と歯を食いしばり、目が引きつる。直撃はしていないのでどれほどの威力か分からないけど、当たらないに越したことはない。しかし、くるくると回るように走っているだけなのに案外と当たらないものだ。
射撃の成績は今ひとつとみる。逃げ切り、見えた小高い砂の山を飛び越えて一旦屈む。
逃げ回っているだけでは解決しないので、相手の出方を窺ってみる。砂を青色の光で撃ち抜くか、回り込んでくるか。飛び越えて突撃してくるのもあり得る。されて一番嫌なのは遠距離での射撃に徹すること。こちらとしては距離を詰めて接近戦に持ち込むしか道がない。
相手がアホであることを祈ると、丘を回り込んでくる、独特の疾走音。なんと形容すればいいのか。氷を薄く、布のように削っていく音というか。透明感と、冷気を感じる高い音だ。
アホが相手らしい。それなら接近してきたところでなんとか、動きを止める。手足を潰してしまえば無力なのは人間もロボットも一緒だ。問題はそのなんとかが具体的じゃないことぐらいである。
モニターの端に機体の先端を捉える。まだ、後一秒と数えた後、限界まで引きつけてから翼を横に薙ぐ。しかしその瞬間、青いロボットがばよん、と視界から消える。「うそぉっ」と思わずコクピットの中で上を向いてしまった。推進剤の輝きはなく、単純に脚力だけで跳躍を果たした青いロボットが降下しながら「うわっ」拳を振り下ろしてくる。
出遅れた操縦でもカァールディスの追従性は素晴らしく、柔軟に後方へ飛び退く。けれど操作性が敏感すぎて、下がりすぎた。砂に足を取られて、尻餅をつく。
その衝撃に首を痛めている間に、青いロボットが馬乗りになってきた。冷めやらぬところに衝撃が重なってくるけど、今度は痛がってもいられない。いつ死ぬか分からなくなったのだ。
頬の内側を噛むようにして、恐怖を堪えながらコクピット正面を睨む。
「………………………………………」
顔つきがどこか甲殻類というか、海老に似ている。青色ロボットの話だ。出っ張った二本のアンテナとか、ヒゲみたいな長い紐の装飾とか。その顔が、私を覗き込むようにしている。
そして、見ているだけだった。
コクピットを殴り飛ばされることぐらいは覚悟していたけど、そこから反応がない。
一方こちら、カァールディスの方も、コクピット内の『血管』に先程までの青い循環が見られない。
やる気がないのか、それとも乗り手の私の意思を汲んで大人しくしているのか。
向こうは向こうで沈黙して、背景に砂嵐が、騒々しいくらい。
目を見開く。青いロボットではなく、その背後。
砂煙と騒音と震動に気づくのが、ロボットの相手をしていて随分と遅れた。
あの巨大な魚が飛び跳ねて、迫ってきていた。
思わず叫ぶと、コクピットが激しく、青く発光する。
「ぎょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!」
私の名誉のために言っておく。
冗談ではない。
上半身と下半身がちぎれたまま、暗い水路を漂っていた。
時々、波がやってきて口もとに悪さをする。息苦しさはないけれど、どこか不愉快で。
だけど身体は動かなくて、そのまま流され続ける。
ちぎれてもう自由なはずなのに、下半身は律儀に私にくっついてくる。
いいやつだなぁと思う反面、不思議な気持ちになる。
ちぎれた身体は、私なのだろうか?
物思う頭だけが私なら、身体は、誰のものなのか。
そんな夢の終わりに目を覚ますと、寝汗にまみれていた。
額に前髪がべったりとくっついて、不快だ。
右手を動かす。髪を掻き上げる。それから恐る恐る下半身を見る。
両足が自分の意思でぴこぴこ、上下に振れるのを見て深く息を吐いた。
少なくとも私は無事だった。頭と肩胛骨がアホみたいに痛いけど、どこもちぎれていない。
起き上がろうとすると、背中が軋んで思わず目を瞑る。何度かに分けて、ゆっくりと上半身を起こすのを試みる。正直、こんな狭いコクピットの中で飛んで跳ねて、生きているだけでも十分すぎる幸運だった。で、私は生きているけどこっちはどうかな、とコンソールを弄る。
電源は生きていて、すぐに再起動する。カメラの映像をモニターで確認すると、カァールディスも全壊というわけではなかった。翼の先端にヒビが入って腰の部位の塗装が剥げている。それくらいで済んでいる方が驚きだ。
一体、どんな装甲が使われているのか。この材質で壁を作れば、人類は安泰な気もする。
計画に上がってもこないということは曰く付きか、特別品なのだろう。
「……さてと」
お互いのそれなりの無事を確認し終えて、カメラと共に前を向く。
モニターに正面の景色を映し出す。剥き出しになった岩壁、その脇を滑るように流れる黄砂。
切り立つ岩が柱のように、砂だらけの空と地面を繋いでいた。
そんな景色が、真っ暗闇の彼方にまで広がっている。
砂の詰まった空を見る限り、どう考えても地上ではない。
あの魚が飛び込んできて、砂に潜るときそのまま巻き込まれたみたいだ。
「砂漠の下には地底の怪獣か、空洞かって話だったけど……」
まさか両方あるとは思っていなかった。あの巨大魚の住処だろうか、と周りを警戒してみるけど砂の他に動くものはない。遠くから地響きも伝わってこないし、また、別の場所なのか。
「……あれ?」
はて、と首を傾げる。ここが地下であるなら、こんなに明朗な視界はおかしい。
「なんで明るいんだろう」
光が入り込まない地底にしては、地面や壁がはっきりと見える。上を向けば、こぼれ落ちてくる微かな砂まで確認できた。敷き詰められた砂を見上げていると今にも崩れ落ちてきそうで不安だけど、それも含めて、なんだろうと確かめる。座り込んでいたカァールディスを起こして、側の岩柱に近寄って観察してみる。黒色に紫の混じったような色合いのそれが砕けた先を覗いてみると、灯りの正体を見つけることができた。発光する石のお陰みたいだ。割れた岩から覗ける薄緑色の切片が地下空洞の各所に点在して、灯りの代わりを成しているらしい。
不思議な石だ。砂に押されて磨かれたのか、遠くには鏡のように平らな岩も見える。
この岩がなんであるかは見当もつかないけど、こいつまで青色じゃなくてよかった、とホッと一息だ。
なんでもかんでも青色でも困る。……そうだ、青色といえば。
一緒に落下してきたはずの青いロボットは側に転がって、いない。そもそもあれがなんだったのかという疑問はひとまず置いておくとして、これ以上の厄介事がすぐにやってくる気配はないので安堵する。今はあんなのの相手をしていられない。地上になんとか戻らないといけないのだ。
「通信は……やっぱりダメか」
電波は横に強いけど縦に弱いものだ。とはいえ宇宙と通信できて地下深くとは繋がらないのも、おかしいというか面白いというか。いやいや、面白がっている場合じゃない。
このままでは地下の遺産の一つになってしまう。
前回は土まみれで、今度は砂まみれ。あのときはチョコが助けに来てくれたけど、今回は修理中だから期待できそうもない。といっても、前みたいに途中で埋もれるよりは突き抜けて下層まで落下した方がまだマシか。
落ちてきたなら飛べばいい、と真上に飛んでいったところで砂の天井を越えて行けそうもない。
出力を上げられれば脱出の芽も出てくるかもしれないけど、脇腹を一瞥する。自身への影響もあるし、なにより出力の調整が手動でできない。この間はチョコに任せきりだったし。
「……どうするかなぁ」
また宇宙から遠ざかってしまった。嘆いて、ぼぅっとしていると姿勢が中途半端だったのかカァールディスが後ろへ傾く。そのまま尻餅をついて、コクピットが縦に激しく揺れた。
「うぇ」
酔いそうになりながら、一緒に天井を見上げる。砂でできた空は、どこか郷愁を誘った。
見覚えのない景色に、それこそ自分のものでないほど遠い記憶をかき乱されるみたいだ。
「……さっきの、人が乗っていたのかな」
青いロボットのことを思う。外見もだけど、やっぱり中身が気になる。
怪獣に飽き足らず、今度はロボットまでどこかから襲来するようになったのか。
もし地上に戻ることができたら、緒方博士に……相談したら正体知っているのかな。
知っていそうだ、あの人のことだから。むしろ自分が作ったと言い出しても驚かない。
いやちょっと驚く。
そんなことを考えていると、自然、カァールディスと共に立ち上がっていた。
座っていても救助は来ないだろうし、自分でどうにかするしかない。
いつもと同じだった。
地上に一人取り残されてから、なにも変わらない。
「ま、なんとかなるよなんとか……」
暢気かもしれないけど、緊張の中に高揚が混じっている。
未知の地下空洞。緩く流れる砂の向こうに、なにが潜むのか。
わくわくしないはずがない。
この空気の読めない冒険心は、きっと父さん譲りだ。
なにしろ父さんは、宇宙へ旅立つことを夢見た人だから。
「やっぱり明るいと不安が薄れるというか……うん、楽観的になれる」
そして光があるなら、その先に空も見えてくる。
そう信じて、前へ歩き出せるのだった。
続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます