『おともだちロボ チョコⅡ』チョコ、西へ行く③

※この作品は「入間の間」に過去掲載された小説の再掲載になります。

謎の生物と戦う、ロボット乗りの少女とロボットの少女。二人の絆は、『おともだち』であること……。

(※この短編は電撃文庫『おともだちロボ チョコ』の続きのストーリーとなります)



 機体を前進させると、所々で違和感のある音が混じる。関節を擦るようなそれが、内部に入り込んだ土だと途中で理解する。大穴に落下してからメンテナンスする時間も取れていないみたいだ。損傷した装甲は換えの利くものが手に入らないと言うし、日に日にスーパーロボットのメッキが剥げていくようだ。右翼に搭載されていた大砲は取り外されている。どうも無理が祟って故障したらしい。

 そんなのばかりだ。ハッチも緩んで、時々ガタついている。

「こき使われているなぁ。お前も、私も」

 異質なるものしか感じてこなかったロボットに、少々の親近感を抱く。

 或いはそれは、私を侵食する青い光の意思なのかもしれなかった。

 そんな機体で、私は今、砂漠をどんどこ走っている。置く位置を誤ると足を砂に取られて機体がよろめく。砂漠での操縦練習なんてものはなかったので、苦戦してはその衝撃に身体を痛める。飛んでいけばいいのだけど、練習も兼ねているつもりだった。

 ここに定住するなら、砂漠での活動の機会も増える。ムダにはならないと思った。

 指定された発掘現場に向かう途中、大きな岩によってできた影の下に作業員たちの仮住まいが見える。更にその向こう、岩原を越えた先には旧世代の民家らしき屋根が見えた。

 入り口も埋没して屋根という頭だけを残した、過去の墓だ。この地域は過去に緑地で、人間の生活圏として機能していたけれど近隣の砂に呑まれる形で破棄された、と習った。もう何百年と昔の話だ。けれど怪獣によって本当に人間が辺りから減っていった結果、緑はいつか回復していくという見通しがある。人間は、他方に迷惑をかけて生きていることが最たる特徴であるように思えてならない。

 作業用の機械が見えてきて、機体をそちらへ誘導する。私の仕事は発掘ではなく、その作業の障害となるものの排除だった。この依頼自体にも一応の支払いはあるらしく、町長さんから80ジュドルが給付されるらしい。だからわかんねーよどこの国の単位だよ。この町でしか使えないお金なのかと思って少し見て回ったら、普通のお金でやり取りしていた。分からん。

 砂場の山に足を取られないよう飛び跳ねて近寄ると、開いた穴から離れて作業員の一人がこちらに大きく手を振ってくる。距離を取って停止した後、ハッチを開けて先端に出た。

「おぅおぅ、すげーカラーリングだなー」

 手で目の上にひさしを作りながら、作業員が快活に話しかけてくる。

「どうも、お世話になりますー」

 案外離れているので、声を少し張り上げないといけない。しかし、コクピットの外は暑い。

 衝撃という視点からすると乗り心地は最低の部類に入るカァールディスだけど、冷房だけは設置されていていやに効くようになっていた。機械のチョコが乗る前提だからだろうか。でもオンオフのスイッチしかなくて、温度調整なんてものは存在しない。この大ざっぱなところは、いかにもあの博士の考案した仕様という印象だ。

「話には聞いていたけど若いなー。その歳で免許持ってんのかい?」

 和やかな挨拶の中で痛いところを突かれる。

「仮免ですー」

 取得する前に学校ぶっ壊れました、とまでは説明しなかった。

 あの話はもう、こちらの町にも伝わっているのだろうか。

「ほー。ま、町長さんの紹介だからな。頼りにしていいんだな?」

「ロボットの方はー」

 世界で一番頑丈な棺桶であることは保証する。

 私の答えに満足したのか、作業員が現場に戻っていく。こちらも強い日差しの下から離れてコックピットに逃げ込んだ。吹き出す涼やかな冷気を受けて、首筋が氷水で固まるようだった。

 作業員に続いて現場入りする。発掘現場には穴が点在して広がっていた。深いものではなく、砂を掻き分けて掘り返しているという様子だ。そこまで深くない位置に目当てのコンテナ類や旧世代の遺物が眠っているみたいだった。それも、おかしな話なのだけど。

 遠くに埋没する家屋の屋根と合わせると、墓荒らしのようにも見えた。

 操作する機械が、杭のように細長い物体を地面に埋めていく。あれを地面下へと突き刺して、金属と接触があったら掘り返す、というのが作業の基本らしかった。

探知機を使えばもう少し効率的に掘れるのではないかと思うけど、文明の多くが怪獣に囓られてしまっているので気軽に用意はできないのかもしれない。緒方博士に頼んでみれば作ってくれそうだけど、同時にわけの分からない余計な機能をつけかねない懸念もあった。

 作業員は五人か、六人だろうか。男性のみだけど、少年と呼ぶべき歳の背丈も混じっている。誰も拭いきれないほどの汗を浮かべながら、苦悶を伴う表情で作業を続ける。

 一方、私は涼しい。

 まだコンテナ類は発掘できていないのか、穴ぼこから取り出されて保管されているのは古い機械の残骸が主を占めている。鉄屑が大半だと言っていたけれど、本当みたいだ。

 それを眺める私は肌寒いくらいである。

 いいのだろうか、これで。

 やることがない。気を配って注意を払わないといけないのは分かるけど、実質なにもしていない時間が続く。見回りでもした方がいいのかな、とモニターの左右に目を向ける。

 俯きたくなるような砂漠と、陽気な空が景色のすべてを掌握している。

「………………………………………」

 いつもそうなのだけど、自然に触れていると敵を見失いそうになる。

 私たち人間を蹂躙する大怪獣。

 そんな怪獣たちも、この大地の上でしか生きられない。

 自然強いなーってなる。なっている途中、通信が入る。

「はい?」

『私だ』

 緒方博士だった。通信での第一声としては、なにかが間違っている気もした。

「なんですか」

『きみは砂漠で宝探しの最中らしいな』

 モニターの左右を見渡してから返事する。

「そんな感じです」

『場所は町の南西の砂漠かね? 北にも一つ大きいのが広がっていたはずだが』

「んー」

 走ってきた方向を振り返り、北ではないよなぁと判断する。北側は海沿いに広がっているので、ここからでも沿岸が見えてくるはずだった。けれど今見えるのは、砂と岩ばかりだ。

「多分そうです」

『よしよしよろしい。その一帯を掘り返して、Aから開始している型番のコンテナを発見したら私のところへ持ってきてくれないか。カァールディスの補修材に使えそうなものが入っているかも知れんのだ。あぁただ、50番まででいい。それ以降は私には無縁のものだ』

「はぁ」

『連中と交渉するより、きみから買い上げた方が安くなりそうだからな』

 博士の快活な笑い声がおまけにくっついてくる。

 それを本人に言うか、普通。本心の読めない老人である。

「一応、探してはみますけど。補修というか、色々な箇所に修理が必要な気もします」

 翼も破損しているし、いざ変形して飛ぼうと思っても大丈夫なんだろうか。

『今はまだそういうものが必要だな』

「……今は?」

『きみがカァールディスを本当の意味で乗りこなせるようになれば、装甲など飾りみたいなものになるのだよ。それはきみを選んでこそでもあり、同時にチョコをパイロットとした理由でもある』

「また思わせぶりなことを言ってくれますね」

『もう少しくらいカァールディスに乗っていてくれた方が助かるのでね』

「いや、だから……」

 なぜ不安を煽る。せっかく少しは親しみが持ててきたのに、またこのコクピットが不穏なものに見えてきてしまう。怪獣と同じような原理で動くロボット。よくあるけど、実際に乗ると想定していないことが多く起こりうる。

『きみが本当の乗り手にならないなら、それはそれで結構なことだ、祈っておこう。それよりもコンテナ発掘に精を出してくれると助かる、この町はろくに物資が回ってこないのだ』

「……博士ってこちらの出身じゃないですよね」

 研究室で見せてもらった写真のような遺跡は、この近辺にない。

『二日前に来たばかりだが』

 そりゃあ、町長はともかく他の人に信用して貴重な資材を譲ってもらえるはずもないのだった。

 どうせさっきの疑問は聞いたところで答えないだろうから、別の質問をする。

「砂漠にコンテナ……ここ、昔はなにがあったんですか?」

 埋もれた過去の匂いはそこかしこにあるけれど、そんな昔々の生活圏に現代の生活の足しになるコンテナが埋没しているのは不釣り合いだ。それも、浅い位置にあるなんて。

『発掘されているコンテナは少し前の金持ちが隠したものだよ』

「隠した?」

『需要が高まったところで売り出すつもりだったのだろう。その前に本人が亡くなってしまったが』

「なるほど……」

『もっともその金持ちが、どちらに殺害されたかは分からんがね』

「どちらって……」

 怪獣の他に金持ちを殺したがる生き物といえば、一つしかない。

 作業員である大人の、人当たりのいい態度を思い浮かべる。

 背景の砂漠に、黒い砂が混じるようだった。

『しかし砂漠か……まぁ危なくなったら飛んで地表から離れることだ』

「……心当たりでも?」

 この人がそんなことを言い出すと、本当になにかありそうで不安を煽られる。

 思いっきり、危険から逃げてきた前例があるだけに。

『どうだろう。こっちにはあまり来ていないので本格的に調査したことがなくてな』

「危険に関しては思わせぶりなこと言ってないで先に教えてください」

 私はまだ死ねないのだ。……死ねない。

 この地上で、足掻いて……いつか、安らかに星を見上げる日まで。生きる。

『私から言えるのは鈴を安易に鳴らさないことと、開いた穴を攻撃するのは控えるのと……』

 博士が冗談めかしてなにか言っている最中だった。

 砂に、波が起きる。丘のような砂が流れては崩れていく。

 砂漠全体が巨大な生き物の背中のように、鳴動していた。

「なに、え、なにこれ」

 地震? それに近い、足の下から来ている。だけどこれは地震よりも粘着質な感触だ。

 見ると、作業員がわーわーと機械もほっぽって発掘現場から離れていく。水を注がれた巣から逃れる蟻みたいだ。この地鳴りめいたものと関係していることは明白で、ここは私も逃げておくべきだろうと振り向く。

 がよんがよんと砂漠を駆ける。地鳴りはまだ続き、流砂に足もとが呑まれていくようだ。

 流れに逆らって走っていても、前へ進んでいる気がしない。

 作業員たちも流砂が激しくなると移動は諦めて、露出した岩に張りついてやり過ごそうと耐えていた。行動の速さや判断からして、これが初めてではないのが分かる。

 やがてその地震に似たものが収まると、崩れた砂場を苦心しながら移動して、作業員がやってきた。

 現場責任者と腕章を巻いているので、ずばりそのものなのだろう。

 私に話があるみたいなので、ハッチを開けて外に出た。

「すいません、挨拶が遅れて」

「おーいおーい、あんたは逃げてきちゃあだめじゃないか。護衛なんだろ?」

「えぇー……」

 開口一番に酷いことを言ってくれるがしかし、正論にも聞こえた。

「そもそも今のはなんなんですか?」

「わかんねぇ」

 現場責任者が頭を掻きながら言う。ので、本日二度目の「えぇー」となる。

「砂漠の下になにかがあるのは間違いねぇんだが、まだ調査が進んでなくてな。今までは砂漠の遺物に手をつけなくてもなんとかなっていたんだが、そっちも尽きてやむなく……という流れなわけだ。空洞があって砂が流れているのか、でっけぇ怪獣が潜んでいるのか」

 でかい怪獣と聞いて、あの青色の巨人を連想する。

 あんなのが出てきたら、また住処を奪われてしまう。

「なにかわかんねぇから取り敢えず、音が聞こえたら逃げるようにしている」

「はぁ」

 いいのかそんなので。でも、飛べない限りそうするしかないか。

 私は飛べばいいのだから、今度は走っていないで上に逃げよう。

「俺たちは作業に戻るから、次に地震が起きたら頼むぜ」

「あぁ……はい」

 地震と戦えとは無茶を仰る。地面に翼を突き刺しても止まらないだろうし。

「しかしさっきのやつはえらく長く続いたな」

 ぽつりと、気にかかる独り言を残して作業員たちが現場に戻っていく。

 いつもと違う、というのは大抵において異物がその理由を担う。

 普段と異なるもの、それは私とカァールディス。

 まさかこのロボットに反応してなにかが蠢いているとかは……ありそうだから困る。

 コクピットに戻ってハッチを閉じた後、外で吸い込んだ焼けた空気を吐き出す。

『豆知識だが、その地域は厳密には砂漠と呼べないのだ』

「うわっ」

 いきなり声が聞こえて驚き、シートの上で跳ねる。まだ通信が繋がっていた。

『降雨量の関係で砂漠とは定義できない。しかし、この地域の民は誰もが砂漠と呼ぶな』

「はぁ……」

『不思議だね』

 そんな一言を残して通信が切れた。私はこの博士の方がよほど不思議だ。

 作業員たちが戻ってきて、作業を再開する。今の騒ぎで多くの穴が砂に埋もれて塞がっていた。砂遊びの後片付けを思い出し、郷愁めいたものを覚える。幼い頃は、妹の治明とよく遊んだものだ。そんな治明は今、砂どころか大地もない宇宙の上だ。元気にしているだろうか。

「………………………………………」

 青い星、火星。ナントカ粒子に満たされた大地の広がる世界。

 そこに行って、父さんたちはなにをする気なのか。

 どうせ青いものに包まれるなら、私は、海にでも沈んでいきたい。

 だって深海の方が、ずっと興味あるし。

 そんなことを考えていると、音が止む。機械の駆動音が一時的に収まったので、見てみると杭を打つ作業が途中で止まっていた。機械を操作していた作業員が、首を捻っているのが見える。他の作業員たちが近くに寄って、状況を確認しているみたいだ。けれどそうして集まるやいなや、急に足もとがぐらつく。砂が流れ落ちる。

再び、先程の地震に見舞われた。

 だけど今度はより地上に近い位置で揺れている。その揺れ動きを感覚で追って、確信する。

なにかが、地面のずっと下で這いずっている。

まるで皮の下に長細い虫が入り込み、暴れるような嫌悪感を伴っていた。

ぷっくり、皮膚の盛り上がる様子さえ幻視するほどに生々しく来るものがある。

 空洞か怪獣なんて話だったけど、これは恐らく。

 新しく生まれた穴から砂と共にそれが噴き出す寸前、思わず叫ぶ。

 その叫びは私から出たのか。

 或いは、私を浸食するそれが同胞に巡り会った故のものなのか。

「来るぞっ!」

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