『おともだちロボ チョコⅡ』チョコ、西へ行く②
※この作品は「入間の間」に過去掲載された小説の再掲載になります。
謎の生物と戦う、ロボット乗りの少女とロボットの少女。二人の絆は、『おともだち』であること……。
(※この短編は電撃文庫『おともだちロボ チョコ』の続きのストーリーとなります)
考えてみればチョコも無免許で当たり前のように乗っていたな、と今更に気づく。それよりもっと酷いことを行ったので誰も咎めなかったけど、案外平気なのかも、と思ってしまう。
そのカァールディスに乗り込んでなにをしているかといえば、コンテナの運搬だった。旧世代の資材を倉庫に運び込むという作業を、他のロボットに混じってこなす。他の機体よりも関節の駆動が滑らかで、微調整が利きやすくコンテナの隙間を抜けて奥にも物を運びやすいという理由で、届いたコンテナを優先的に渡される。周りの作業員は、このロボットが中央の土地でなにをしてきたか知らないから平気で頼み事できるのだろう。
知られれば、敵意や恐れが高まれば。こいつは、きっと。
というわけで、余計なことは語らないで黙々と作業することにした。
がっちょんがっきょんと次から次へ荷物整理に動きながら、ふと思う。
これはテストパイロットではなく、普通のお手伝いではないのか。
「給料は750ジュドル……本気でわけの分からないお金渡されたらどうしよう」
あの博士なら得体の知れないものを持っていても、なにもおかしくなかった。
しかし、ロボットを動かしていたらお金が貰えるなんて、遠い日だと思っていたのに。毎日、誰かが予定を作ってくれていた学校での生活が青い波にさらわれて遠くへ消えていく。
訓練を含めて、誰かと戦うよりは荷物運びの方がずっと向いていると思うけど。
運んでいる資材は発掘作業の過程で発見されたと聞いた。西の町の地域では地面の下に旧文明の残骸がある。町から少し離れた砂漠地域で発掘を専門に営む人もいるらしい。どれも学校で習ったことないので実際の現場を見学したことはないけれど、私たちが生きるためには過去を食いつぶしていくしか道がないのは知っていた。食料の供給が最優先で、他を量産している時間が足りていない。復興を目指そうにも敵性怪獣は次々にやってきて土地を失う。
怪獣の数を減らそうにも、下手に藪を突くとこの間みたいに返り討ち。
多分もう色々と、どうにもならないところまで来ている。
ただ人がいないと立ち回らないところもあるけど、逆に人数が減少したから生産量が減ってぎこちなくても世の中が回っているのも事実だった。人間のしぶとさ、極まれりだ。
私たちは一万人で生きることができる。百人で生きることができる。
一人で生きることが、できる。
八個目のコンテナを奥に積んだところで、ご苦労さんもういいよと無線での連絡が入る。なんのテストになったのやらと思いつつも、指示された位置にカァールディスを戻した。
それから、下りる前に手足を確認する。水色の侵食は見当たらない。作業中は出力を抑えていたためか、コクピット内が青く発光することもなかった。コクピットの内側を走る、干からびた川、或いは血管のような模様に光が満ちるとき、私やチョコはその身を蝕まれていたように思う。
あれが火星粒子の活性化ってやつなのだろう。青色の変色を強引に押しつけられて……そういえば大砲を発射した後の地面も青かったけど、あれこそが地球の火星化なのだろうか。
あの大砲を発射したときも出力全開というわけではないようだし、こいつは、カァールディスは地球を救う力はなくても、地球を台無しにする力なら備えているのかもしれない。なんでそんなものを作った。カァールディスをもし量産したとして、その規格外の出力を発揮して怪獣を駆逐するか、地球が粒子で汚染され尽くすかどちらが早いだろう。そんなことを考えながらコクピットを下りて、倉庫の奥へと向かった。
緒方博士は倉庫の奥の片隅に研究室を構えている。資材を取りに行くのが面倒だからという理由らしいけど、作業の音がダイレクトに伝わり、日が沈めば筆舌に尽くしがたいほど冷え込むであろう場所をよく選んだものだ。少なくとも壁がなく天井も遠いこの場所を室と感じるのは無理があった。その研究室(仮)で粗末な机を前にして、博士がなにやら格闘している。
机の上を確認する前に、目についたものがあった。壁に立てかけている木の板に注目する。
「木材なんて珍しいですね」
そして懐かしい。思わず側に寄って、鼻を擦りつけるように匂いを嗅ぐ。
土の混じった、乾いた匂いがする。期待するほど郷愁を煽られなかった。
「部品作りに使うのでな」
こういうの、と博士が机に置いてあったものを掲げる。大きさこそ人間の腕と大差ないけれど、カタツムリの腕部のフレームだった。言葉通り、繋ぎ目や指先まで木で作られている。
試作品だからか小さくて、義手みたいだ。
「フレームを木で作成して、欲を言えば装甲部分も木製にしたいねぇ、という要望が来た。あぁ頼んできたのはここの町長だよ。怪獣は植物類を荒らす傾向にないから、木々を育てる方が安定して資材を確保できるのでは、と考えているみたいだな。育てる人材と費用を考えればそこまで悪い考えでもない。今更、旧世界の資源である木材に注目するあたり町長の頭は随分と古くで止まっているかのようだな」
褒めているのかけなしているのか、いや単に率直に評価しているだけであろう博士が笑う。秘密をいっぱい抱えていそうなのに馬鹿正直、とある種矛盾した人柄である。
「どうせ金属で作ろうと、怪獣にぶん殴られたら一発で折れ曲がるからな」
「まぁ、確かに」
身も蓋もないけど、むしろそれを推し進めた作りであるのが現状だ。
どうせ破壊されるなら、怪獣に海水で効果的なダメージを与えればいい。痛み分けを狙って、新鋭機になればなるほど脆くしてあるなんて噂まである。試作品を博士に返す。
「そういえば、チョコは?」
研究室というぐらいだから、この近くにいるのではないかと思って聞いてみる。
ここに住み着いてから、日が短いとはいえ会っていない。なんとなく、気にかかった。
「そこ」と博士がコンテナと壁の間を指差す。隙間を覗いてみると、奥の陰に紛れてチョコが座り込んでいた。体育座りのように膝を立てている。そろそろ近寄ってみると、電源……動力源が電気か定かじゃないけど、意識がないように目を瞑ったまま身じろぎしない。眠っているみたいだ。髪の先端は青色の侵食を残したままになっている。
そして破損した腕部は換装作業の途中なのか、内部を剥き出しにしていた。
息を呑み、目が離せなくなる。
そういうのを見ると、チョコがロボットであると実感する。実感して、けれど同時に違和感も抱く。それはチョコの眠り顔があまりに出来すぎているからかもしれない。
きっと、私よりも安らかな寝顔だ。覗いていたら今にも、目を開きそうだった。
……また、新しいあだ名でも考えているのかな。
あり得ないと思いつつ、そんなことを考えてしまう。
「明日には再起動させるつもりだよ。ということで今、慌てて腕を直しているのだ」
コンテナの向こう側から博士の説明が聞こえる。チョコの顔をもう一度覗いてから、博士の方へと引き返した。明日に起動したチョコは、ここでどんな生活を送るのだろう。
それを、見てみたい気持ちが私にあった。
「しかし派手に壊したものだ。仕組みが簡単だから、壊すなら足にしてほしかった」
「はぁ」
妙なことを愚痴られても反応に困る。カァールディスの装甲を素手で貫き、持ち上げて、叩きつけるチョコの挙動を思い返す。故障は当然だろうけど、やっていることは異常だ。
どんなエンジンを積めば、それだけの力が出せるのか。
想像できるのは、私の脇腹と足の裏の同類。
チョコもまた、カァールディスと同じ動力を搭載しているのだろうか。
「あぁそうだ。町長がきみに会いたがっているぞ」
「えぇ?」
なんで私? 名指し? と不意を突かれて動揺してしまう。
ここに来てから日も経っていないのに、自分が把握されていることにも驚きだ。
「会っても特にいいことはないと思うが、会うかね?」
作業を続けながら博士が確認してくる。わざわざげんなりするような一言を付け足して。
「ないんですか」
「ケチだからな、なにもくれないぞ」
これチョコの新しい指ー、と人差し指を見せながら言う。見せなくていい。
人が私に会いたがるとするなら、どれ関連だろう。
カァールディスのテストパイロットだからか。
永森船長の娘だからか。
それとも、この博士の知り合いだからか。
そのへんをハッキリさせたいという欲が出て、「会ってみます」と判断する。
で。
「私が町長です」
「……はぁ」
ふんぞり返っているのは学長だった。いや、学校潰れたから次は町長なのか。
ウシロ元学長が町長となって以前のように偉そうだった。案内された建物は旧世代を連想させる薄暗くも古臭い外装で、金属部分が剥き出しだ。塔の枠組みだけを真似たような縦長の建築物の三階に、町長室なるものがあった。他の部屋と大差ない程度に煤けたそこには貴重な木製の机と椅子があり、それを使っているのが真っ白な学長さんだった。
足を組んで座り、頬杖をつくようにしながら少し傾いた目もとと口が不敵に曲がっている。
「ようこそ、私の町へ」
距離を置いたまま歓迎された。町長は相変わらず染み一つなく白い。
「元々は町長で、道楽で学校経営していたのよ」
「そう、なんですか」
道楽なんて余裕のある物言い、この世界で久しぶりに聞いた気がする。町長が立ち上がり、背後のカーテンを開く。窓から入り込む日の光がまるで、翼を描くように鋭い角度で町長のもとへ訪れた。
「お互い無事でなによりね」
窓の向こうに映る海面に負けない程度に、町長の笑顔は眩しい。
けれどそれは再会を心から喜ぶようなものではなく、決まり切った表情を浮かべているように見える。笑うとはこういうものだ、と訓練して上質に磨かれたそれを披露しているような。
「あの後は」
「あぁ私? 怪獣の出てきた穴を見学してから、そこらへんに転がっていたカタツムリを拝借して帰ってきたのよ。でも参るわよね、カタツムリって長時間の移動ができるほど海水積めないもの、途中で燃料切れて動かなくなったわ」
質問の続きを読み取って、ぺらぺらと語ってくれた。
確かにカタツムリは稼働時間に優れている機体ではない。カァールディスでもなかなかに時間のかかる距離を走り抜けるほどの蓄えは不可能だろう。じゃあどうやって今、ここにいるのか。私の疑問に応えるように町長が太ももを軽く叩く。自前の足で走ってきた、ということだろうか。チョコじゃないんだから、人間に可能な範囲で超人をやっていてほしい。
「それと生き残りがいないかも確認してきたの。一応、学長だもの」
聞いて、耳から心臓へ太い線が伸びる。その線が胸をぎゅっと縛り、縮める。
「いましたか?」
山百合の怒った顔を思い出す。手首の脈拍が加速していくのが分かる。
「だぁれもいなかった。少なくとも学校にいた連中は全滅ね」
さして残念さも浮かべず、平然と言い放つ。
脈が増す。走り抜けている最中にゴールだけが取り除かれてしまったように、空回りする。
分かっていたことでも、全滅なんて響きのいい言葉ではない。
「ただ気になるのは、」
町長が足を組み替えて、立てた人差し指を振り回しながらなにかを言おうとする。
しかし笑顔のまま町長は停止して、目が左右に泳ぐ。
「……気になるのは?」
「んー……いや、それはいいわ。それよりトモカちゃん、あなたに頼みがあるの」
実に思わせぶりに打ち切って話題を変えてきた。どうして大人はこんなのばかりなんだ。
「砂漠の発掘調査に参加してほしいのよ」
常識のなさそうな町長にしては、地に足の着いたお願いだった。
私に参加を希望するということは当然、暫定的な相方への期待が強いということ。
「カァールディスで、ですか」
あいつで地面に穴を空けるのはちょっとまずいですよ絶対、と手を横に振る。
またあんな青色の巨人が出てきたらどうするのだ。
町長がそんな私を見て、肩を揺する。
「なにもあの機体の大砲で地面に穴を空けろとは言わないわ。ただ作業中に怪獣が寄ってきたら追い返すなり退治するなりしてほしい……と、そういうことをお願いしたいの」
それ発掘作業じゃないじゃん、と内心で呆れる。
護衛というか、用心棒というか。でも戦闘になったら、と俯いてしまう。
いやそもそも、侵食が進んだらどうなるとか肝心の説明がなかったぞ。
どうなるんだ? 乗っ取られて粒子の一部……一部? それも、なんだか変な表現だ。
頭を捻ってしまう。こんな得体の知れない恐怖と同居しないといけないのは、なんでだ。
どうして、私なんだ。
「あら? また思春期系の悩み?」
この人がそう言うと、どことなく小馬鹿にしているような感覚が混じる。
ただ町長の声は、そうした嘲りすらも含めて懐かしさに浸っているようにも思えた。
「大した悩みじゃないですけど……他の成績が優秀な生徒ではダメだったのかな、とか」
その場合だと、私が死んでいたのだろうけど。
それでも。今。なにも、背負わなくてよかったと思えば、少しばかりは心が揺らぐ。
「ダメよ。その成績を考慮してあなたが選ばれたのだから」
成績と言われても、優秀なのはただ一点のみ。本当に、それだけなのだ。
「肺活量とロボットに乗ることって関係ないような」
そもそも、今考えるとあれはなんの試験だったのだろう。一度きりだし、特別に訓練したわけでもなく。急遽実施されたのは、緒方博士の意思が絡んでいたのか。
「あら? 博士から聞いてないの?」
「聞きそびれました」
「じゃあ私もおしえなーい」
町長がおどけて言葉の尻尾を引っ込める。本当に、なんなのだろう。
この間の博士の説明で色々と判明したかと思えば、まだ、目の前は不透明だ。
「というわけでよろしくね」
「参加したらなにかくれますか?」
話がついたとばかりに背を向けそうな町長に窺ってみる。博士の言葉を思い出して、このあたりを先に聞いておかないと有耶無耶になってただ働きになるのではという懸念があった。
町長が、「そうねぇ」と顎に指を添える。
「発掘したものの中で欲しいものがあれば優先的に譲るわ。お金が欲しいならそれを売って生計立ててもいいし、うわぁ夢が広がるぅ」
町長の軽々しい発言はさておき、優先的に、という響きは悪くない。
発掘された過去の文明。そこに眠る未知の遺産。
砂漠に埋もれた秘宝を求めて、なんて浪漫だ。海底の宝なんていうのも大好きだ。
こんな世界だ、大げさに夢を見ても、誰も笑わない。
笑い声が届かないほど、人は遠く、少ない。
「ま、大抵は鉄屑未満の加工も難しいものしか出てこないけど」
ははん、と町長が意地悪くも楽しげに笑い飛ばす。
やっぱりケチだった。
カァールディスは海中に対応できない、とチョコが以前話していたけどそういうことか、と今は分かる。火星粒子というものでこの機体が動いているなら、海に沈んだら機能を停止して浮き上がることができないのかもしれない。或いは逆に凄まじい反発を有して、壊滅的な被害を周辺に与える、というのもあり得た。どちらにしても乗っている私は終わりそうだ。
その海を前にして、私は、気を抜く。砂浜に座り込んで、ぼぅっとする。
穏やかだった。広がる海も、伸びていく空も。その狭間にいる、自身も。
潮と砂の混じる湿り気のある風が、大きな服と肌の間をすり抜ける。その度に身震いするような冷たさが肌を撫でて、けれど上半身を揺する度に、まとわりついていたものが剥がれては消えていくような気さえする。固まっていた肉がどろどろと溶けて、薄くなっていくみたいに。
軽くなっていく身体と共に、気分も薄っぺらくなる。重いことが続いていたから、薄くなるというだけで貴重だった。風も、砂浜も優しい。目を瞑って開いたときには目の前に大怪獣が座っていて、ばっくんと噛み砕かれてしまうかもしれない世界とは思えないほどだ。
この景色が果てまで続いている星は、どこで失われたのか。
振り向けば、私を待ちわびる傷だらけの鳥人。
開け放ったコクピットの中を砂だらけにしながら、海と対峙している。
こいつの目には、こいつの中に宿るものには、大海原こそが怪獣に見えるのかもしれない。
「……ま、そうだよね」
こいつに乗っていて、荷物運びの毎日で終わるわけがない。
瑠璃色の翼が呼び込む風は、平穏をかき乱すものに他ならなかった。
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