『クリスマスは去年やった気がするから、今年は冬休み』【再掲載】

※この作品は「入間の間」に過去掲載された小説の再掲載になります。



 その1


 共通の趣味なんてものがあれば、もう少し気軽にメールできるのに。

 延々と頭を悩ませても、まるっきり、思いつかない。

 しまむらにメールしてみようと決めて早二日。送って不自然にならず、かつそこそこ有意義で面白い内容を考えている間にそれだけの時間が経ってしまった。冬休みが続いてしまむらとまったく会っていないのに、話したいことがまるで出てこない。

 しまむらが面白がること、興味あること……とベッドにもぐって考え続けているけれど、それが分かれば普段も苦労しない。お正月が過ぎたので季節柄な話題もどうかと色々考えたけど、お年玉の額を聞いてから話を広げられる自信がなかった。でもそうやっていつまでも尻込みしながら悩んでいると、普段は干渉してこない両親に風邪かと誤解されるほどベッドから出られなくなってしまったので、これはいけないと自身を急かして送ったのがこんなメールだ。

『なにかおもしろいことあった?』

 我ながらなんて、面白みというものから遠い内容なんだろう。しまむらに丸投げして、でも他になにも思いつかない。送信してから携帯電話を静かに枕の上に置いて、布団の中に頭までもぐる。電話をジッと見つめているといつまでも鳴らない気がして、あえて目を背けた。

 気にしないふりをしていれば、それに騙されて電話が鳴ってくれる。気がする。

 その根拠のないおまじないみたいなものが効果あったのか分からないけど、電話がすぐに鳴る。掛け布団をはね除けるように飛び出て、電話を取る。返ってきたそのメールを慌てながら確かめる。

『ないねー顔文字』

 しまむらからの返信はこれだけだった。なんだこれ。顔文字?

 これはひょっとして、顔文字と打って変換するのに失敗して、『まいっか』とそのまま送信したのだろうか。しまむらの性格も考えると、多分そうだろうと思う。私から見るしまむらはそういうイメージだなぁ、と人柄を感じていて、ふと思った。

「……イメージ、かぁ」

 私の中でのしまむらイメージはこのメールそのものなんだけど。しまむらは、どうなんだろう。しまむらは私のことをどう見ているんだろう。変な意味じゃなくて、どう、っていう。

 言い訳めいたものをどうしてか重ねながら、気になったことを唐突に聞いてみる。

『しまむら的に、私ってどんなイメージ?』

 送信しました、が出るのが少し遅くてやきもきしてしまう。

 そしてしまむらのことだから悩んで遅くなるかなぁと思っていたら案外、すぐに返信が届いた。伸ばした肘を折り畳み、置こうとしていた携帯電話を引き戻す。

 変なこと書かれていないかな、と不安混じりに見てみると。

『ぴえーん』

「え、え……なにこれ」

 ぴえーんってなに。疑問をそのままメールしてしまう。ぴえーんってなにと。

 またすぐに返信が来た。

『ぴえーんって泣いて走ってくる』

「……えぇ? いや、そんなこと……ない、と思うよ」

 メールの画面に、ない、ないと手を振って否定する。しかし相手はメールなので当然、届くはずもなく。更にしまむらからメールが送られてくる。『絵にするとこんなかんじ』というタイトルに送付されたイラストの中では、デフォルメされた二頭身ぐらいの私が泣きながら両手をあげて走っている。勿論、泣き声はぴえーんだ。ぴえーん、しまむらーとか言っている。

 背景はなぜか草原で、ぐるぐる渦巻きの太陽の側をチョウチョが飛んでいた。真ん中のぴえぴえしている私……私? と明らかにタッチが違う。ひょっとして妹さんとの合作?

 ジーッと、私……えぇと、しまむらから見た私、を見つめる。これはなんというか。

「……のび太くん?」

 ドラえもんに泣きつくのび太くんみたいなイメージなのか、私は。いやそれよりも、私はしまむらの中でも、しまむらーとか走り寄ってくる印象をもたれているみたいだ。そんなことない、ないよ、ないはず……と布団を巻き込んでくるくる転がり、ないないと否定し続ける。

 その葛藤めいたものと戦い終えて、肌が布団で擦れて少し熱くざらつき。

 机に飾られたブーメランを一瞥した後、しまむらの描いた私を電話の待ち受けにしようと、設定し始める。私しかこの画像を待ち受けにできる人はいないと思うと、布団の中で火照った肌に冬の風とは異なる、涼しいものが撫でつけていった。



 その2


 冬休みってなんだよヘイヘイ、と腰をツイストさせながら目が血走る。大学が休みになっても僕の休暇はまったく見えてこない。むしろ締め切りが迫ってくるばかりだ。

 休めてねぇぞこの野郎、と怒る。その相手は当然、僕自身だった。

「ヘイヘイ」

 後ろにも踊っているバカがいる。こちらは、甲斐抄子は一仕事終えて暇らしく、朝から僕の部屋に入り浸って漫画を読んでいる。そして時々踊る。暇なのだろう。

 冬なのに短パン、半そでのTシャツと、季節感の欠片もない格好をしている。その上に着ていたロングコートを畳んで枕の代わりにして、ごろごろ、ごろごろ。こっちは仕事の締め切りが迫っているというのに。そう言うとこいつは、こともなく言う。

「才能ないと大変ですね」

「ほ、ん、と、に、ね」

 お前を帰らせる台詞も思いつかないあたり、いやぁ才能ないね。帰れ。

 帰りはしないが黙ったのでこれ幸いと原稿を進める……なんて順調にいけばいいが、書類を作るのとはまた違うのだ。そんなとんとん拍子に書き進められるなら締め切りに怯える小説家はいない。後ろのヘイヘイさんは例外といえる。

 そういえばこの間、『甲斐抄子と仲良くするな死ね』といったニュアンスの熱いファンレターを頂戴した。嘘である、どう読んでも僕のファンではない。殺すぞじゃないので今のところは安心している。殺すぞだったら……どうしたらいいものか。

 別にそこまで仲良くないしなぁ。対処法が分からないのだった。

 ちなみに内容を逆にした手紙は甲斐抄子に送られてこない。どういうことだ。

 とふ、と肩になにか載る。ついで首筋を、さらさらしたものが撫でてきた。

 ぞわぁっと、肌がざわつく。

「まぁ綺麗な字ですこと。私の字にそっくり」

 甲斐抄子が顎を僕の肩に載せて、画面を覗き込んできた。

「あ、こら見るな」

 慌てて肩から振り落とそうとするが、顎だけでもなかなか粘ってくる。顎の先端で食らいつくように肩を突き刺し、いてぇこらいてぇおい、えぇと、つまり痛い。

「がんばるなよぉおおお」

「うぎゅぐぐぐぐぐ」

 粘る、粘る甲斐抄子。バカだこいつ。頬を摘んで唇をタラコにしても抵抗してくる。やむを得まい、と回転して引き剥がすことにした。ぐるんぐるんと、甲斐抄子もろとも激しく回る。黄金の回転だ、ぎゅるるる、しゅるるると効果音つきで回った。

 その甲斐あって、いや冗談ではないが、甲斐抄子がようやく肩から剥がれる。代償としてこちらも目が回り、座ったまま動けなくなる。天井と壁が派手に回り、しかし急に停止して半回転して、と順調に混乱していた。

 転がった甲斐抄子が首を押さえながらじたばたと足を暴れさせる。

「首が、首が痛いっ。ずゅーっとしたものがぐぇっとくるっ」

「……おい天才、下の階の人に怒られるから暴れんな」

 人の注意を無視して、甲斐抄子がびたんびたんと飛び跳ねて苦しみと戦う。

 他所で戦えと、額を押さえて溜息。少々、吐き気がしてきた。

 勿論この間、原稿を進めてくれる小人さんなどいない。

 冬休みってなんだろう。



 その3


「あんた、指の力もカスね」

 足の裏の土踏まずを揉んでやっているのに気安く文句を言ってくれる。あんまり指に力入れるとちぎれちゃうんじゃないかと未だに不安なのだ。傷のない女には分かるまい。

 真っ当な中学生の道から外れているために冬休みなどあってないようなものだが、年の瀬ぐらいは家にいようと思って部屋に籠もっていた矢先にシラサギの襲来である。気安いラスボスだ。しかもこの女、裸足を突き出して『足揉め』とか要求してきた。頭おかしい。

 ……その要求を受け入れて、投げ出した足を揉んでいる俺はなんなのだろう。

 拒否したら殴り合いで圧倒されたとか口が裂けても言えない。ちなみに常時待機させているトンボはまったく助けてくれないどころか、シラサギに『ウェイツ、ウェイツ! お座り!』と命じられて、本当に座ったまま動かなかった。契約しているの俺なのに。やはり言いたくないが、『格』が違うのか。

 俺のこのしょっぱさはきっと、負けっ放しだから染みついたものがあるように思う。解消しようにも誰が相手なら勝てるのか。足下見ようにも俺が大抵這いつくばっているので、もはや下がいるのかというレベルだ。……まぁいい、俺の底辺脱出はいずれ検討するとして。

 それよりもとうとう、俺の部屋まで上がり込んできたこの女の足だよ、足。カーテンを閉め切って光源もろくにないはずなのに、芳醇な白色で統一されているのがありありと分かる足で……違う違う。こいつの足の美しさじゃなくて、人のベッドに座り込んで足を伸ばしているということだ。なんだこの余裕、なんだこの隙だらけ、千載一遇。分かってはいるのだが、なにができるのだという話でもある。

 こいつを人質に取っても、脅す相手がいない。そもそも取っ組み合いで負けることは既に証明してしまっていた。トンボを使えば簡単に殺せる、けれど。殺したいのかと聞かれるとなにかが違う。殺したいというより、勝ちたいというか……どうにも、目標が曖昧だ。

「こんなこと、他の付き人にでもやらせろよ」

 踵の部分を揉みながら文句をつける。あんたの足ならいくらでも触りたいって連中がごまんといるはずだ。俺は当然ごめんだ。嫌で仕方ない、と思いつつ力の強弱もつける。

 顔面その他包帯だらけのやつにこんなことさせるあたり、巣鴨と似ている。同種だろう。

「信用している相手じゃないとさせないわよ、こんなこと」

「信用?」

 この女からそんな言葉が出ること自体、意外で手が止まり、その顔を見上げる。

「あんたはカス野郎だもの」

 シラサギが鼻で笑う。あぁ、そういう。

 無力であるという点を信用しているわけだ。舐めやがって、その通りじゃないか。

「カワセミは?」

「ケンタロスを捕まえにサファリパークへ」

 シラサギが若干、冷めた表情と調子になっている。なんかあいつ、最近ずっとポケモンしかやっていないような。殺し屋辞めるような勢いで。誰かの影響を受けて始めたんだろうか。

 ……しかし信用ときたか。それは俺にないものだ。

 俺は誰も信じていない。嘘をつき続ける自分を含めて、なにも信じないよう努めている。

 どこで誰が俺を傷つけるかなんて、分かったものじゃないから。

 傷つけられてきたから。

「………………………………」

 それにしてもラスボスの足の裏を揉むのは斬新な気がする。

 そして憎々しい女の足をくまなく触って、若干ながら、本当に、ごく僅かなのだが邪な気持ちを抱いている自分を戒めたい。すべすべで、ムダな肉がなくて……うぅむ。バカか俺は。

「歩き疲れたのよ。一年の締めの挨拶回りもほんと、面倒だわー」

 社会人って大変ー、とか仰け反って天井に向けてのたまう。そうかこの女、一応社会人に分類されるのか。とても真っ当とは言いがたい人間なので、そこらへんの認識が曖昧だ。

「ほらもっとまじめにやりなさい」

 シラサギの足の指が、俺の顎の下へと潜り込んで浸食してくる。顎を押し上げられるそれを退けようと身体を反らしてもしつこく引っかかってくる。結局、されるがままだ。

「あんたは足より胸揉む方が命懸けていそうね」

「うるさいよ黙れよ。……そんなことより、あんたには聞きたいこと、言いたいことが山ほどあるんだ」

「言ってみーればー」

 耳にかかっていた髪を掻き上げる。見せたはいいが聞く耳なのか、それは。

「成実のこと」

「殺さないだけ温情かけていると思いなさい」

 シラサギが質問を遮って言い放つ。ぐ、と喉が詰まる。成実を殺す、死ぬ。人が死ぬところも殺されるところも見てきたが、身近な人間がそうなるというのは想像だけで口の中が苦い。

「なんであいつを?」

「知らなくていいことを知ったからよ」

 いかにも悪役じみた理由で、友人をたぶらかしてくれたものだ。

 こいつが処理を命じる情報ということは、本名か、出身あたりに関連したことだろう。成実が自分から知りたがるとは思いづらいので、偶然聞いてしまったか、巻き込まれたか。

 そうした詳細を尋ねたところで、答えてなどくれないだろう。

 この女はそれほど親切じゃない。……他に、聞くことは……あぁ、あいつらのことがある。

「なぁ、親が最近まったく帰ってこないんだが。なにか知らないか?」

「んー」とシラサギが髪を指に巻き付けて、目を泳がせる。「あ」と、その口が小さく開いた。

「年越し合宿だと思うわ」

「なんだそれ」

「年末はやっぱりアセンションの時期って触れ込みの強化合宿。年末年始に行事がないと寂しいかなーと思って、今年から企画してみたの」

 本気で意味は分からんが、また大勢の人間を騙しているのは伝わってきた。

 アセンションより家の掃除にでも帰ってこいよ、バカオヤジ共。

 こうなってくると騙しているこいつが悪いのか、騙されている両親が憎いのかよく分からなくなってくる。成実も含めてなぜ、そんなに他人を信じられるのだろう。

 虚飾でしかないこいつを皆が信望して、こいつ自身もまた信用を語り、あるいは騙り。

 わけが分からなくなりそうだ。

「聞きたいことはもう終わり?」

「聞いたところで嫌な現実しかないからな。気が滅入るばかりだ」

「あっそ。じゃあ帰るわ、そろそろ時間だもの」

 シラサギの足がするりと、俺の手の中から逃げる。勿体ないと一瞬でも感じた頭を側面から殴っていると、シラサギが他人様の部屋を観察して、面白そうにテレビへと寄っていく。あ、そこにはと静止する暇もなく積んであるAVを手に取り、「きゃー」と棒読みな悲鳴をあげる。

「うわぁ、カス野郎くんったら乙女の見える位置において。セクハラー」

 そう言いながら次々にパッケージを手に取り、扇状に持つ。全部同じ女優さんが表を飾っているので『ファンです!』感が丸出しで正視に耐えないほど恥ずかしい。こちらが赤面しているのに対して、シラサギは顔色こそまったく変わらないが、「ていうかこの女」と呟いて目を丸くした。猪狩友梨乃を知っているのか?

 あの人も超能力者だし、成実の姉だ。接点があってもおかしくはない、が。

「おい、いつまでもジロジロ見てないでくれ」

 羞恥心に押し潰されそうだ。意味もなく呼吸が乱れて、頬が熱くなる。

 シラサギはパッケージを手にしたまま、こちらを一瞥して嫌な笑いを浮かべる。

「知ってる? 私そっくりって触れ込みの女優使ったAVもあるのよ。パッケージはともかく動画だとあんまり似てないけどね。衣装も安っぽいし」

「……知らねぇよ」

 しかもそんな感想を言えるということは、観賞したのか。どういう神経しているのか。

 そして人の物をぽいっと放って、「はいありがとー。うわぁ、お礼を言える私ってめっちゃいいひとー」とシラサギが去っていく。なんだったんだ、あの女は。俺への嫌がらせのためだけに来たのか。酷使した指先だけが熱い。

 少し乱れたベッドの掛け布団を直してから脱力する。椅子に座り込み、天井に向く。そうやって身体を弛緩させていると、投げ出された指の先や手のひらに、あいつの足の感触がよみがえる。ぞくりと背筋を走る熱いものに呑まれてはならないと、手を机に何度か叩きつけて感触を消すことにした。えぇいあの女め、色仕掛けばかりしかけてきて。毎回、後始末が大変だ。それもこれもやつが悪い。やはりやつは悪だ。

 その巨悪を倒すために、もっとやつのことを知らなければいけない。

 そのためには。そのためには、えぇっと。

「……女優名は分からんけど……」

 本当にあるのだろうか、と検索してみる。

 勿論、深い意味などない。シラサギの足と女優の足を比べてみたくなっただけだ。

 別にその他の部位には関心がない。本当だ、やつの胸など思い出すはずもなく。

「………………………………」

 わきわきと、指が独りでに曲がっていることに気づいた。

 疲れのせいにして、納得できるだろうか。

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