『クリスマス的なアレだよ、アレ』【再掲載】


その1


「今年はちょっとだけいい子だったみーくんのために、まーちゃんサンタがきたのです」

「わー」

 ぱちぱち。左手で腿の内側を叩いて拍手の代わりとする。ふふーんとマユが胸を張った。

 昔、まーちゃんサンタにエライ目に遭わされた気もするがまぁきっとあれだね、ねつ造だね。

 なんだか知らんが頭が花瓶でかち割られたように痛いぜ。

 どうでもいいけど、サンタクロースっていい子のところにしか訪問しないのだろうか。あまり優しくないな。世の中、いい子になれない環境にある子供だってきっといるだろうに。

 それも含めて運とか運命と言い切られたら、降参するしかないけど。

 そんなことはさておき、まーちゃんサンタがてこてこやってくる。特になにか持っているわけではない。プレゼント袋もないし、はてさてこのサンタはなにをくれるのだろう。

「今日はまーちゃんをあげます!」

「お、おぅ?」

 いきなり大胆すぎる発言が飛び出して、思わず動揺してしまう。

 若い娘さんがなんてことを。思わずお年寄りみたいにそんな言葉が頭をよぎる。

「はいどーぞ」

 マユが笑顔で腕を広げる。無邪気だ。でも、うぅん。どうすりゃあいいのだろう。

 少し考えて、多分これが正解だろうと思う答えを見つけた。

「い、いやぁ。まーちゃんはいつも僕のものだからさー」

 なははーと頭を掻いて、少し照れながら言ってみる。

「きゃー、みーくん分かってるぅー!」

「なはは、はべ、はぶ、ははは」

 正解した結果、痛い目に遭った。それって正解なのか?

 抱きついてきたマユの額が僕の胸に叩きつけられた。心臓でも止まるかと思うほど遠慮のない一撃で目がぐりんと上から下に泳いだが、なんとか意識を保つ。慣れって便利だ。

 いつもとなんら変わらない気もするが、僕らの場合、『変わらない』ことは尊い。無理に変化を追い続ける必要はないのだ。

 終わりがぐにゃぐにゃ変わったら、僕らはどこで休めばいいのか。

 ということでせっかくクリスマスなのでマユといちゃついてみた。

 床に座り込む尻は冷たいけれど、マユは大体暖かい。

 雛鳥を羽の中に抱くように、膝の上で転がるマユの髪を撫でた。



その2


「今年もだめだめだったイトコがかわいそーなので、エリオサンタがきてあげたぞー」

「へー」

 布団にくるまったサンタクロースなんてこの家でしか見られないだろう。

 いつも通りのスマキンがすてててと、こたつを回り込んでこっちにやってくる。俺はだめだめだったのか、そーかそーか。多分この間、『エリオさんがかっこいいと思うかね?』といった趣旨の質問に思わないと言ったことが原因だろう。うん、そりゃあだめだなー。

「と、納得すればいいのか」

「イトコよ、寂しい独り言をやめるのだ」

 スマキンが目の前に立つ。冬場にみるとそこまで不自然でもない格好だなぁ、と思う。

「さぁイトコよ、手を出すといー」

「あん?」

「エリオサンタのプレゼントが、あれ、どこどこ」

 布団の中でもぞもぞと手が動いているようだ。その中に入れてあるのか。

 食べ物だったら潰れて悲惨なことになっていそうだな。

「んぬ」

 なかなか出てこないようだ。布団の紐をきつく縛りすぎて緩さに欠けているらしい。

 まぁ冬だし、寒いからな。少しでも暖かくしようという意識が働いたんだろう。

 そういう問題か?

「あ、あった」

 エリオの両手が布団から飛び出す。万歳の格好をしてから降りてきた右手には、小さな猫の置物があった。黒い猫で、目は緑色。座って尻尾を揺らしているところだ。

「あれ、ほんとにあるのか」

 受け取りながら目を丸くする。もっと変なものかと思っていたので少し驚いた。

「買ったのか?」

「ん」

 両手を布団の中に戻してからエリオが小さく頷く。ついでに顔も布団にしまった。なぜ。

 黒い猫の表面を撫でながら、お返しになにか必要だろうかと考える。

「貰うことを考えてなかったからな。うぅん、どうしよ」

 今からなにか買ってこようか、と窓の外に目をやると既に日が沈んでいる。

「もふー」

「うーん……」

「た、た、ただぅぃまぁ。ただただ、ただぁーぃうまー」

 悩んでいると、玄関先で歌っている声が聞こえてきた。この後は「クリスマスでも、働く、うきゃきゃー」と続く。寒いのに元気いっぱいだなー、あの人。エリオの話だと一度も風邪を引いたことがないらしい。親父もそんなことを言っていた気がする。謎の抗体でも持っているのだろうか。

 むしろ持っていない方が不自然だけどな。

「とぅどぅいまー」

 唇をすぼめながらのような挨拶に振り向く。挨拶し返そうとして、途中で固まった。

「はいプレゼント。かわいいネコちゃんよー」

「ガオォーン」

「せめて鳴き方の練習ぐらいさせてきてください」

 ヤシロだった。首根っこを掴まれて、本当の猫のように持ち運ばれてくる。

 鳴き方は怪獣だったが。そして見た目は勿論、いつもの宇宙服。

 猫の要素が一片もないじゃないか。ぺっと離されて、床に着地する。

 そこで手も床についてしゃがむ仕草だけが猫のようだった。

「今、家の前でうろうろしてケーキケーキ言っていたからつい」

「つい捕まえないでください」

 そして当然のようにこたつの一角にヤシロが収まる。こら、人の足を蹴るな。

「フ ゥ」

 もぞもぞとこたつにどんどん入っていく。その間、ヘルメットの奥では「さぶ、さぶ」と呟いているのが聞こえる。そしてそのまま中へと完全に潜ってしまった。まぁ、放っておくか。

 ついでに女々さんも「ちゃぶーい」とぶりっ子しながらこたつに潜り込んだ。こっちは頭から潜りこまなかったので安心する。

「お母さんおかえりー」

 状況を察したエリオが頭だけ布団から出して、すてててと走り寄る。そして座り込むと、

「エリオー、ちゅー」

 がばーっと抱きついて娘の頬にちゅーっと吸いつく。娘の方は「あわわ」と照れている。

 捕食のようだ。

「マコ君も、ぢゅー」

「しません」

 そしてこたつの中から「ふぉぉぉ」とか聞こえてくるが、無視した。

「あとケーキ買ってきたわよ」

 女々さんが持っていた包みを掲げる。抱きしめられたままのエリオが「おー」と声を上げる。

「昔は毎年、女々たんがケーキを作ってあげたのよねー」

「へぇー」

 真面目というか、子煩悩というか。良い母親ではあるのだろう。

「すごいだろー」

 と、隣にいるエリオが鼻を高くする。

「なんでお前が得意顔すんの?」

「話は聞かせてもらったぞ!」

 うわ、出てきた。ヘルメットを外して座り直す。解凍が済んだのか、途端に元気になった。

 頬が熱の影響で赤くなって、痒いのかちちちちと指で掻いている。

「ケーキはまだか?」

「お前が聞いているのは自分の欲望だけじゃねえか」

「ケーキ。ケーキモア」

 両手をぱんぱんとあわせて催促してくる。図々しさもここまでくれば堂々としたものだ。

 視線を感じたのか俺の方を向いて、目もとを引き締めた。

「最近、ドーホーがこの地に降り立ったようでな。英気を養わねばならん」

「ドーホー?」

 同胞かな。なるほど、同胞。え、同胞?

「お前の仲間?」

「仲間というのも適切ではないが、まぁ似たようなものと考えて差し支えあるまい」

「姉妹かなにか?」

「ドーホーだと言っているだろう。相変わらず耳垢の詰まった男だな、マコト」

「あ、そ。仲間ねぇ」

 こいつみたいな格好をしたやつがもう一人? ははは、まさか。

 地球を誤解している自称宇宙人などそうそういまい。

「はーいケーキー」

 女々さんがこたつ机の上に置いた箱を勢いよく開く。

 まだ夕飯前なのに、開いちゃっていいのだろうか。

 中身はホワイトクリームとクリスマスの装飾が目立つ無難なケーキだった。ツリーやトナカイ、それに鈴が賑やかにケーキの上に飾られている。あと、エリオちゅっちゅとチョコ板の上にクリームで書かれていたが見なかったことにした。

「これはなんだ? おっと、 コ レ ハ ナ ン ダ」

 なぜか言い直したヤシロが、ケーキの上に乗るサンタクロースを模した砂糖細工に手を伸ばす。が、先にひょいっと女々さんがサンタをつまみ上げる。

「ム」

「ダメよー。サンタは女々たんが食べるのー」

 張り合うな。しかも結構本気に奪い合っている。そのうち、指の熱でサンタが溶けそうだ。

 災難だなぁサンタ。ぼんやり眺めていると、エリオがこっちに寄ってくる。

 今度は俺の側にちょこんと座った。その目が黒猫を捉えていることに気づく。

 そういやぁ、まだ言ってなかった。

「ありがとな」

 猫とエリオの頭を撫でる。くすぐったそうにしているのはどっちも一緒だった。

「お礼は……あー、明日でいいか? なんか買ってくる」

「ん。エリオさんはイトコみたいに子供じゃないから、クリスマスに貰わなくてもいいぞー」

「はいはい」

 エリオさんに女々たんにヤシロさま。面倒くさいな、この人たち。

「でもエリオさん今年一年がんばったで賞は受け取る」

「がんばったがんばった」

 勝手に賞を作っているのはさておき、無難に褒める。いつも褒め方が同じようなものになっていることに、エリオはいつ気づくのだろう。本人は今のところ満足そうなので、あと一、二ヶ月は効果を発揮するだろう。

 そうして得意顔している間にも、その水色の髪からは柔らかく粒子が舞い散っている。

 今年はまだ初雪を見かけていないが、目の前に降るものはまさに、水色の雪だった。

「……ふぅん」

「ん、どーした」

「いや、なに」

 エリオの髪を掬う。髪の先端と共にふわりと舞い上がるそれを、眩しく感じながら。

「こういう、水色の粒子を出すことのできる機械って面白いかもなぁと思って」

 原理も分からんし、その正体もさっぱり掴めんが。

 これの秘密を解き明かすことを一生の目標にするのも悪くないかもしれない。

 いつかこの神秘に一歩でも近寄れたら、と少しだけ思った。



その3


「石竜子くん、やっほー。カモカモサンタがクリスマスプレゼント貰いにきたよー」

「ぎゃー」

 今年の締めはサンタの格好をした強盗がやってきた。

 なんで俺が三段オチの担当なんだ。

 来年はせめて呪いが三割減ぐらいであってほしい。



その4


「……クリスマス? だからなに?」

「デートしよう!」

「嫌よ、寒いもの」

 帰り道に誘ってみたら彼女の態度の方も冷たかった。冬だなぁ。まぁ年中冷えているけど。

「そっかー」

「そうよ」

「じゃあ屋内で遊ぼう」

 発想を少し変えてみた。寒がりらしく、もこもこに服を着ている彼女が面倒そうに身体を動かしてきろりと俺の方を見る。

「あ、帽子似合ってるよね」

「……私に発言させなさい」

 帽子の位置を弄りながら彼女が睨むので、「はい」と素直に黙った。

「屋内と言うけど、そこに行くまでが寒いじゃない」

「ふーん、そうかぁ」

 彼女はとことん冬が苦手らしい。でも大学にはちゃんと出てきて講義には参加するから偉いなぁ。俺の大学に通う目的は彼女に会うためなので、その真面目さにとても助けられている。

 明日はクリスマスなので誘ってみているけど、彼女は乗り気じゃないようだ。俺と彼女の間には微妙な温度差があるみたいだ。

この間もよく分からないけどある日出所不明のお告げを受けたような気がしたので、『俺の触りたいおっぱいはきみのだけ!』と愛情を表現したら変態と三十回は罵倒された。それはおかしい話だろうか、触りたいと思うのは当然の話だしきみだけを求めるのも当たり前ではないだろうかということを力説したら口も聞いてくれなくなりそうな雰囲気になったので謝った。

 それはさておき。

「寒いのが悪い。じゃあ、寒くないならいいのかな」

 彼女に確認を取る。彼女は前を向いたまま、また帽子の角度を弄った。

「……さぁ。暖かくなってから考えるわ」

「よしよし」

 じゃあ暖かくしてみよう。

 彼女の肩に手を置く。怪訝そうに振り向いた彼女の頬に手を当てた。両方の冷えきった頬を包むように、指を広げる。彼女はいきなりでぎょっとするかと思ったけど、先に目が丸くなった。でもその目がなにをしているのと聞いている気がしたので、効能を説明した。

「少し待っていれば暖かくなると思うよ」

 剥き出しだったから俺の手も冷えているけど、きっとすぐこちらも熱くなると思う。

 彼女にこうして触れていると、身体の中にもどろりと熱い液体が流れ込むようだった。

「な、な、ちょ」

「ななちょ?」

 彼女の頬が少し遅れた紅葉のように色づき始める。あれ、もう効果出てきたかな。早いぞ。

「あ、なんで顔を温めているかというと風に一番晒されているからなんだ」

 手は手袋をしているから問題ないと思う。足は俺が撫でるわけにもいかないし、だから顔だ。

 彼女の目が妙に慌ただしく動く。左右に激しくぶれて、口もとはなにかもの凄く言いたそうに小刻みに動いている。俺の手が冷たいから逆効果だっただろうか。でも顔は赤いし。

 やっと正面の俺を向いた彼女が、落ち着かない口を開いた。

「つ、通行の邪魔になる、のだと思うけど」

「あ、そうか。じゃあ道の端に寄ろう」

 彼女の頬に手を添えたまま動く。彼女は後ずさる形になったけど、流されるように一緒に動いた。地下鉄の駅のすぐ側で、通りかかる学生の集団が時々、こちらを向いた。

「効果出てきた?」

「も、もうなにがなんだか」

 妙に開き直ったような言い方で目がぶれなくなった。どんな心境の変化があったのかな。

「これからは寒くなったらいつでも言ってよ」

「ば、バホ。じゃなくて、バカね、やっぱり。なんにも、分かってないわ」

 そう答える彼女の耳が、紅葉の一部を成すように赤く染まる。

 また少し暖まったと思う。後でもう一回、誘ってみよう。



その5


 また冬が来た。ぼくと、見渡す限りに水没した街に厳しい季節がやってくる。

ごぉん、ごぉんと遠くの建物の崩れる音が今日も響く。大洪水の中で倒壊せずに残った建物も人の手が行き届かなくなって、塩害に晒されていることでどんどんと崩れていく。そのせいで冬でも寝泊まりは外でする必要があって、それを考えると気が沈む。

 あのときから、もう何度目の冬かも数えていない。四回か、五回ぐらいだと思う。助けはもうきっと来ないだろうと考えたぼくはいつの間にか、あてもなく歩き出していた。

 幾つもの街を越える間、人に出会うことはなかった。本当にぼく以外の人間が滅びてしまったのだろうか。それとも、ぼくだけが誰もいない場所に飛ばされてしまったのかもしれない。

 ぼくの背は少しだけ伸びて、声も大人みたいになって。目線の高さも少しだけ変わって、寂しさが広がるばかりだ。道中、まだ健在している家屋を見るとなにか旅の役に立つものがないかと探すことにも抵抗がなくなった。今も見つけて、家の中をぐるぐると巡って。

 薄れてしまったけれどそこに残る生活の匂いをお裾分けされて、涙がにじんだ。

 二階に上がって、右手の部屋で倒壊していない壁に目をやる。半分は潰れて原形を留めていない部屋の壁には、ぼろぼろのカレンダーがかかっていた。見るとクリスマスの日付に花丸が描かれている。ピンク色の掠れた花を指でなぞって、ぼくはほんの少し影響された。

「よし、今日はクリスマスだ」

 そう宣言して、ジングルベルを歌いながら外の道に戻った。

 また外の道の真ん中を歩きながら、乾いた喉と血の滲む唇で陽気に歌う。

 ぼくは歩いていく。時々立ち止まって、寂しさと戦って。

 だれか見ているだろうか。聞いているだろうか。

 あの日から変わらない、雲の少し重い空に向けて呟く。

「ぼくはまだ、生きているぞ」

 鳥が飛んでいく。

 小さな魚が跳ねて波紋を描く。

 本当に少しずつ、世界の呼吸を感じ始める。

小さくなった猫の死体を抱きしめながら、ぼくはその世界の一部として深呼吸する。

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