『どらいぼ』
「どうだいたまにはドライブなんて」
「やだよ」
珍しく車に乗って人の前に現れた男は、運転席に座っている時でも無理に帽子を脱がないのだと知った。窮屈に身を縮ませて肩を大人しくしてまでかぶっている理由がぼくには分からない。多分、本人にも分かっていない。
「お前は随分と暇そうだが、ぼくは仕事中だ」
「奇遇だな、僕も仕事帰りさ」
派手にクラクション鳴らして人を止めて、道路脇で足を止めさせてきてこれである。断っておくがこいつとは顔見知りだが、友人ではない。友人だと色々マズいのだ、多分。
なにしろ人殺しだから。
「奇遇ってそれで合ってんのか?」
「気にするねぃ。まぁ乗れよ、仕事先まで送ってやるって」
「ぼくに用事でもあるのか?」
「ないよ。見かけたから声かけただけ」
本人のスーツと合わせたように青い車体と、タイヤを見下ろした後、息を吐く。
「ま、電車代が浮いたと思えばいいか」
回り込んで、助手席に乗り込む。運転席の木曽川が、嬉しそうにハンドルを叩いた。
「お客さん、どちらまで?」
行き先を端的に告げたら、「分かりましたー」と車を走らせる。分かるわけないだろ、依頼者の個人宅なのに。取りあえず走る方向は合っているので、曲がる場所までは黙っておくことにした。
「今日はこの後も結構忙しくてね。今はちょっと休憩」
「へー」
「女を送っていった帰りさ」
「ほぅ」
さっき仕事帰りとか言ってなかったか。
「ふ」
死ぬほど得意気だ。
「山にその女でも埋めてきたのか?」
「ほぅ」
外を向きながら指摘しても分かるくらい、木曽川の声は楽しそうだ。
「よく分かったな」
「タイヤが随分と土汚れしていた。町中走っていたらそうはならないだろう」
雨と土の混じったそれとは違い、乾いた土がタイヤに付着していた。
「やるじゃねえか探偵」
「ふ」
「うわ超得意げ」
「それで、どの山だ。通報しといてやるから」
「んふふ、内緒」
「の方がいいな」
知ったら口封じされかねない。
「一応言っとくと、埋めてねぇから」
「だと思った」
「服が汚れてないからだろ? 実は着替えたんだぜ」
「まだなにも言ってないぞ」
「ま、あの女は僕の趣味じゃないね。ロリコン女だし」
なははは、と木曽川が口と声だけ笑う。こいつはいつも目が笑っていない。
「それは素晴らしい女性ってことなのか単に女性が好きなだけの人なのかどっちだい?」
「どんな解釈してんだおめー。この流れでロリな女を期待するとか前向き星人かよ」
「なーんだ」
一瞬で興味が失せた。
「ガッカリしてんじゃねえよ……」
「冗談だが」
「そういうことにしとくよ」
下らない話の途中、右に曲がれと指示する。
「そいつに仕事を頼まれてね。送ったのもその一環」
「ふぅん」
「同業ってわけでもないが、同じような世界を行き来している女だった。また知り合いが減る。この世界、同業者で一年生き残れるやつの方が少ないくらいでね。特に人気のあるやつは早く死んでいく。やっぱ、仕事の数が増えると危険も増していくんだろうねぇ」
「つまりお前が生き残ってるのは、閑古鳥鳴いてるからか」
「仕事依頼されたつってんだろおい」
久しぶりによ、と小声で付け足したのは聞き逃さなかった。
「しかしドライブってちょうたのしいね」
「そうか?」
少なくとも男同士で楽しいかは果てしなく疑問だ。
「子供の頃は自動車より仮面ライダーの方が好きだったけどね」
「ぼくもそんな関心はなかったな……なにが好きだったっけ」
「そりゃ太郎君は児童でしょガハハ」
「そうなんだけど」
「否定してくれ……」
木曽川が一瞬憐れむような目を向けてきた。ムッとなる。
「ぼくにはさっぱり分からんが、お前だって女子高生を見たら硬く鋭い想いを抱いたりするんだろう?」
「いやそんな重たいもん一々抱えてたら、道路で潰れたヒキガエルみたいになっちゃうよ」
どんだけいるんだ女子高生、と木曽川が嬉しそうに笑う。
「あ、世の中の女子高生の数数えたら今すごく僕元気になったかも。この世って実は楽園かもしれない」
「通報しとこうか?」
「ついでに自首しといてくれ」
けはは、と木曽川が色んな笑い声をあげる。気味が悪い。
しかし、なんと下らない会話だろう。ためになることを話す相手ではないとしても。
「自動車ぶーん」
「ところでお前、免許持ってたっけ?」
「ま、ひとえに僕の才能が抜きんでているからですかね」
人の質問を無視してきた。この辺、言及するとぼくの方までマズい気がしてならない。
そもそもこの車、こいつのものなのか?
「………………………………」
車は一応ちゃんと走っているし、まぁ、いいか。
次回からは絶対乗車拒否しよう。
「人殺しの才能か」
「そうよん」
木曽川は軽々肯定する。その身のこなしは時々見るが確かに、常人のそれとは一線を画するように思える。ぼくらが組み立てた常識に残る穴を軽々くぐり抜けて笑ってくるような、そんな動きだ。それくらいのことができなければ、とても生き残れないのだろう。
有能な人殺しなんて死んだ方が世のためかもしれないが。
「ていうかお前、銃とか使わんの?」
「あ? あー撃たれると痛いの知ってるから、使わないのよ」
ナイフで刺されるのもよっぽど痛いと思うが。
「そんな変なこだわり出してるから仕事来ないんじゃない?」
「うっせ」
木曽川が歯を剥く。いーっとした後、うー、と鳴く。
「やっぱそうかなー。頑固に醤油ラーメンだけだとだめかなー」
「拳銃って味噌ラーメンなのか?」
「いやとんこつだと思う、舐めたことあるし」
多分、お互いに意味が分かっていなかった。
「ナイフしか使わないやつって、僕が知ってる限りではもう一人いてさ。そいつにはちゃんと仕事が来てるみたいなんだよね。腕は同じくらいなのに」
「へぇ」
「人間的には終わってるけど」
「ひがみにしか聞こえませんなぁ」
こいつくらいの殺し屋ねぇ。なにかの間違いでも出くわすのは勘弁してほしい。
木曽川がその気になれば、ぼくとか相手にならんだろうし。
「真面目に言うと、どっかの事務所に所属してるとやっぱ仕事は安定するよね」
「殺し屋もフリーとかあるんだ、へー」
明日使えないムダ知識が増える。
「お前も所属すればいいじゃん」
「んー、やな仕事とかも断れなくなるのがね」
そうなのよね、難しいのよねと木曽川が呟いている。ほー、と適当に聞き流す。
深入りしたくないし。
つうかそんなのが当たり前にいる社会はどうなんだという話だし、殺し屋の車に乗って雑談しているぼくもどうなんだって話だし、どうどうどうなんだ。うおぅおぅおぅ。
「自動車ぶーん」
「ぶーん」
色々面倒になって、ぶーんした。
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