第8話 血まみれの両目……そして


マリーとリリーはその瞬間を見ていた。


ジョンの眼球が内側からグイッグイッと盛り上がりブチュッという音とともに針が左目から突き出てきたところを。


その瞬間吹き出す体液と血液。ジョンの顔は赤黒くなり、汗でぬれた髪を振り乱し、のけぞった。大声を上げたが、ガーゼが詰め込まれているので「おおお、ぐうおおおお」と、くぐもった苦悶の声しか聞こえなかった。手を振り回し、左目に当てたがその手を針は突き刺した。


注射針を持って近づこうとしていたリリーは絶叫した。マリーもその凄惨な場面を見て、へなへなとその場にしゃがみこんだ。


叫び声を聞きつけ看護師 当直医が駆けつけてきた。その後からピーターも飛び込んできた。


目に入ったのは口いっぱいにガーゼを押し込められ左目から血を流しているジョンの姿と、大きな注射針を手にジョンのそばにたたずむリリーの姿だった。


「何をしているんだ!」ピーターはすぐにジョンの口からガーゼの束を抜き出す。「セキュリティーを!早く!」看護師数人が飛び出していく。


「目がああああ!!俺の目があああああ!!」


ジョンはこの世と思えないほどの声で絶叫した。のたうち回りながらベッドから転がり落ちた。点滴の針が抜け、カテーテルの管も抜けてバラバラと床に転がり落ちた。


ピーターは素早くに壁の箱から手袋を取り出し滅菌ガーゼでジョンの左目を押さえる


「緊急事態だ!患者の眼球に針が刺さってる!早く!急げ!」


暴れまわるジョンに安定剤の注射を素早く打つとジョンは崩れ落ちた。押さえていた左目から手を離すと眼球には深々と針が刺さっていた。ドロリと血と粘膜が流れ落ちる。


「いったいなんてことをしたんだ、やっぱりお前だったんだなリリー、くそ!ジョンを一人にするべきじゃなかった。すぐに警察に連絡してくれ」


「ち、違う、違うの! 話を聞いて!」蒼白になったリリーが叫び病室から出ようとしたが、すぐにセキュリティーに押さえられた。


「たったいま何人も目撃したんだぞ、その注射器で次は何をしようとしてたんだ!何が違うの。だ。話は警察でしてくれ」


リリーは「違うの!私じゃない!!」と半狂乱になりながらセキュリティーに引きずられて病室を出ていった。座り込んで動けなくなっていたマリーもセキュリティーに腕を取られた。その瞬間ハッとマリーは我に返った。


「放してよ!私は関係ないわよ!ケイトの友達よ!ピーター何とか言って!」


「リリーと一緒にいたのはどういうことなのか、君も一緒に警察に行って事情徴収を受けるんだな。ピーターはジョンから目を反さずに急いで言った。


ジョンの左目を押さえていたガーゼの下が動き、針がずるりと這い出てきた。


「うわ、なんだ!おい!急げ!緊急のオペが必要だ。早く!」数人がかりでストレッチャーにぐったりとしたジョンを乗せかかるとさらに大きな絶叫を上げはじめた。


医師と看護師が見守る中、今度は右目の眼球がぐっと膨れ上がり、またもや、ぐちゅっと眼球を突き破り針の先端がズルズルっとゆっくりとでてきた。


「うわあああああ!俺の目がまた!あああああ」


ジョンはあまりの激痛に病室のリノリウムの床を狂ったように転がり続けた。


両の目から血を滴らせながら、声を限りに絶叫しているはずだった。


だが声は全く出ていなかった。口を大きく開き、声のない絶叫をあげ続けていた。


涙が出ているはずの目から大量に血があふれ出す。


ジョンは暗闇の世界に落ちていきながらも光を探した。なんとか目を開けようとした。


しかしその願いはもう2度と叶うことはなかった。



************



 「すごく上手にできたね、おばあちゃんありがとう。ママにすぐに持っていくね」トムは頬を染めて人形を手に「ママ!」と叫んで走っていった。



 ケイトはベッドルームでジョンのバッジを見つめていた。成績トップに送る小さな金色のバッジをジョンはそれはそれは大事にしていた。それを家を出る時に持ってきたのだ。小さな復讐の気持ちを込めて。探しまくっているジョンのことを考えるだけで痛快だった。


そして、サラの家に謝りに来た時に、悪かったと思ってる反省していると言いながらも「それはともかく、会社のバッジを持って行かなかった?どこを探してもないんだ」と、そのバッジのことをはじめに聞いたのだ。トムの事よりも先に。許せない。


「あきれてものが言えないわ。私やトムが元気かと聞く方が先じゃない?」


「しっかりした君が一緒なんだトムは元気に決まっているし、お母さんも一緒だし、聞くまでもないと思たんだよ。ところで本当に知らないか?すごく大事なものなんだ」


そうでしょうね、あなたにとって家族よりもこんなもののほうが大事なのよね。とケイトはつぶやいた。ハリウッドヒルズからでも放り投げてやるわと思いながら。


その時、ベッドルームの電話が鳴り始めた。


トーランス病院からだった。


「ケイト!大変だ、ああ何から説明していいかわからない!ジョンの体中に針が埋まっていて手術して摘出したんだ、それから、今度は目だ!」


ケイトも何度かあったことのあるピーターからだった。いつも落ち着いている彼がものすごく取り乱している。息切れしながら早口で半分聞き取れなかった。


「ねえ、ピーターもう1回言ってくれる?何を言っているのかよくわからないのよ。体中から針がってどういうこと?落ち着いて」


「今日、最初の手術で体内の針を50本摘出した、すぐに連絡が行ったはずだ。」


「50本?針? ああ、携帯は消してあったから」


ジョンから連絡が入るのが嫌で今日は電源さえ入れていなかった。


「原因もなにもかもわからない。自分で入れたと他の医者は言っていたが、どうしてもそう思えなかったんだ。そして、さっきリリーがジョンの枕元に立っていて、ジョンの左目に針が刺さっていた」


ケイトは驚きのあまり息をのんだ。


「そんな、おかしいわ。理屈に合わない。2人は愛し合っているのかと……」


「さあ、なにがあったかわからない。ただ、体に針を仕込んだのもリリーとしか、考えられない。警察に引き渡したところだ」


「ちょっと待って、全然話が見えないわ。リリーがジョンの体の中に針を刺したの?どうやって?」


「どうやったかだって?全くわからない。わからないんだ。だけど、また今夜やってきて、ジョンを殺そうとしていたんだと思う。大きな注射器を持ってジョンのそばに立っていたのを何人も見た。あろうことか左目を刺して、右目は……ああくそ!どういうことかわからない。たった今両目から針が出てきた。失明は免れない!それに、マリーも一緒だった」


何もかも信じられずに衝撃的だったが、ピーターが付け足すように言った一言がケイトには一番ショックだった。


「え?どうしてマリーが?なにをしていたの?それにジョンの体から針が50本出てきて、リリーがやった?それから、たった今両目から針が出てきた?なによそれ。からかってるの?」


「こんな冗談誰が言うんだ!くそ!もういい、緊急手術がもう始まってるはずだ。とにかく俺は伝えたからな、もう行かなくては」


(ブッ)…… 突然電話が切れた。


いったい、ピーターは何を言ってたの?


ケイトは言われたことの半分もわからず、サラの古い受話器を見つめていた。


その時、トムが寝室に飛び込んできた。手には例の人形を持っている。


「ママできたよ!!おばあちゃんが作ってくれたんだ!!50針も縫ったんだよ、それに見てこれ!たった今、お目々もつけたんだよ!よくできたでしょう?」


ケイトは人形を見て今の電話のことを考えハッとした。


まさか、そんな。50針と言った。ピーターも50針と言ったのでは?トムはお目々もつけたんだよ、と。そしてピーターはたった今、目がつぶれた。と言ったのではなかったか?星占いさえ興味がない現実主義者のケイトだが、これは偶然とは考えられない。


瞬間、稲妻に撃たれたような衝撃がケイトを襲った。


全てのピースがぴたりとはまった。


「おかあさん、あの本ソファーに置いてあった本どこへやったの?」


急いでリビングに置きっぱなしだった買ってきた本を探し始めた。変わった小さな本屋だった。古い本が多く、絶版になった絵本と共にラテン語で書かれた古い本を興味本位で買ってみたのだ。ケイトにはラテン語が読めなかったが、趣があったし気分にぴったりだと思ったのだった。


今思えば表紙の皮の手触りも古い羊の皮のような奇妙な手触りだった。牛革よりも薄く、そして縮まり黄ばんでいた。あれは、もしかしたら人間の皮膚なんじゃないだろうか?とふと思った。あれはなにか魔術とか呪いの本だったのではないのかと。


「あの気味の悪い本?ラテン語なんて読めないくせに、どうして買ったの?ああ、ぞっとする」


「ない、どこにもないの。お母さん捨てたの?」


「そんな人のものを勝手に捨てたりしませんよ」


「ラテン語!読めるのよね?お母さん。あの本読んだの?」


「ほんの数行だけ読んでみたけどね、それにしても気味の悪い本だったわ。呪いのかけ方とか呪文が書いてあったわ」


もう間違いない、あの本だ。血が少しついていた人形に呪いがかかったのだ、とケイトは思わずにいられなかった。


実際には(相手の髪の毛)(肉親の血)(愛ある涙)(激しい憎しみ)そして(正確な呪文)と全てがそろっていた。


そしてなによりも、ケイトの悲しみが、憎しみがその本を呼び寄せた。


本屋の店主は「本があなたを選んだ」と言ってなかったか? 必要な人のもとへ、その人の所へ行くのかもしれない。


まさか、まさか、あの黒魔術がもし本当に起こったの? こんな偶然があるわけがないと思いながら、だったら、病院からの電話はなんだろうと考えた。



50本の針。



両目からも針。



そんなわけあるはずがないと思いながらも、だったら試してみてもいいわよね?

とケイトは思った。


そんなこと誰も信じられないだろう。


それに、これから何が起こったとしても、犯人はもう捕まっているわよね?


ジョンの大事なバッジを取り上げて、力を込めて太いピンを左胸にぐっと突き刺した。



ケイトは笑っていた。笑いを止めることができなかった。







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血に染まる針 タミィ・M @lovecats

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