第7話 息子の気持ち
サラとケイトの夕食後の言い合いは隣の部屋で遊んでいたトムにも聞こえた。遊んでいたヒーローもののフィギアを放り出して、ドアの影から覗いてみた。
__またおかあさんはおとうさんのことで怒ってる。いつもその後泣くんだ。とっても悲しそうに肩を震わせて。ボクは悲しいおかあさんを見ると心がぎゅっと苦しくなるんだ。おとうさんなんて、大嫌いだ。だからもう帰ってこなくて良いように、それからお母さんが寂しくないようにおとうさんの人形を作ろうと思ったんだ。
昔お父さんにもらったお父さんの匂いがついたシャツをハサミで切っていたら指を切って血が出ちゃった。人形に少し血がついちゃったけど、ひと針だけ塗ってみたんだ。おばあちゃんの針を使って。まだ血が出てたから放り出して次の日の朝もう一針さしてみた。おばあちゃんに見つかってすごく怒られたんだ。そしたら午後からおばあちゃんが作ってあげるよって言ってくれたんだ__
シャツにはジョンの髪の毛が一本ついていた。そしてトムの血もついていた。
片づけの終わったサラは古い肘掛椅子に座り、その切れ端に今まさに針を刺そうとしていたところだった。
「あら、お母さん、なにそれ?」かろうじて人の形に見えるようなギザギザに切れた布の切れ端を受け取って、しげしげと眺めた。
「かわいそうにトムがお父さんの人形を作るんだって。おかあさんがかわいそうだから、寂しくないようにあげるんだって。昨日自分で切ったんだよ。針まで持ち出して縫おうとしたんだよ。すぐに取り上げたよ」
「トムはそんなこと言ったの?本当に許せないあの男!」ケイトの目に涙が見る見るあふれ、ぽとりと布の上に落ちた。
「ジョンはトムを可愛がったことなんてない。トムが楽しみにしていたイベントを何回すっぽかしたか。仕事でじゃないのよ、お母さん。いつも女と会っていたの。何度も何度もよ。今も病院のリリーっていう女と続いているのよ。心の底から憎い!恨んでやる!呪ってやりたいわ」
「やめなさい!なんてことを言うの。恐ろしい!」
「おかあさん、本物の呪いってねいろいろな要素がいるのよ。本当に出来るわけないじゃない、でも出来ることなら本当に呪ってやりたいわ、そのくらい憎んでいるって言うことよ」
「あんたって子は」そう言いながらも、もちろんサラもジョンを憎んでいた。あんな男と一緒にならなければケイトは幸せになっていたはずなのだ。本当に呪いがあればいいとさえ思った。
「おかあさん、ジョンとは別れると思うわ。話し合いをするにしても、もう少しここにいさせて、ね、お願い」
「まあそれは、かまわないけれど……」
ケイトはいつだって我慢ばかりして。可哀想なケイト。小さいときから病弱でいつもおぶって病院へ連れて行った。大切に育ててきたのに。可愛い可愛い私の娘。夫が他界してからは女手一つで育ててきた。いつも優しい思いやりのある子だった。美しく真面目に成長し教諭の仕事もまじめにこなしていた。唯一の欠点はジョンと恋に落ちたことかもしれないと思ってもいた。それでも娘のこと、それにトムのことを考えるとよりを戻してほしかった。
ケイトがソファーに放り出していた数冊の本を片付けていた。そのうちの一冊はラテン語で書かれた黒魔術の本だった。「おお、いやだケイティーこんなものを買ったなんて……」
あきれながらもラテン語が少しわかるサラは書かれた数行を声に出して読んでみた。
憎む相手を呪う方法と呪文。
手に入れるべきもの。
唱え方そしてその呪文を。
呪いと言うものが本当にあるのだとしたら、ジョンに降りかかるが良い。とサラは思い、そして「おお、なんて恐ろしいことを考えてしまったのかしら」と胸で十字を切った。
本人の髪の毛、血縁者、特に子供の血、愛ある涙、そして何より強い憎しみ。そして正確な呪文と必要なものがすべて揃っていたことは誰も気が付かなかった。
体の形に切った布をサラは丁寧にひと針ひと針体に沿って刺していった。太い針に結び目を作り胴体から切り目に沿って縫っていった。
ブスリプスリ。
丁寧に何針も。
そして頭の輪郭に沿ってさらに丁寧に。
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その頃病院のそばでは、ジョンが「助けてくれ!針が!!」と声を限りに叫んでいた。
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トムはそっと部屋に入っていき、目を輝かして針が出たり入ったりする様を覗き込んでいる。
「ほらトムちゃん、まだわからないけどね、こうやって内側から針を入れるの。表に縫い目が出ないできれいに仕上がるんだよ」
「そんなにたくさん縫うの?」
「そうだよ、小さく塗っていったらきれいに仕上がるからね」
前夜と今朝トムがけなげにも自分で縫おうとしたところにも穴が開いていた。
「危ないから2度と針に触ったらいけないよ、おばあちゃんに言うんだよ」
「うん、わかった」
ブスリと針を入れては抜く。顔の周り、頭の周り。細かく50針は塗っただろうか?
「あ!もう完成したね!早いねグランマ!」うれしそうにトムは飛び上がった。
しばらく眺めてから「お母さんにあげる前に、顔があったほうが良いよね」と言った。
「そうだね、じゃあ顔をマジックで書くかい?」
「ううん、ボタンがいいな。黒いボタンをおめめにしてくれる?」
「もちろんいいよ、あちょっと待ってね探してこようかね」
古い裁縫箱の中を探ってボタン入れを見つける。ちょうど目に良さそうな黒いボタンが2つあった。
そして目の位置にボタンを置き針をぶすりと突き刺した。
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