第4話
悪臭は身の危険を知らせるためでもあるが世の中の危険を知らせる喩えに炭鉱のカナリアとあるように誰も教えてくれないままカナリアは死ぬ。
その子がカナリアだったとは言わないが、社会と接続を再開するとネグレクトという言葉が流布しはじめていた。あぁあの子はネグレクトという社会の狂気を前に真っ先に殺されたのか。
少しでも小説の時制がおかしいと怒りを表明する第三者には無理な要求かもしれないが、この子の死ぬ前に話を戻そう。
空き缶で50円と黒飴を貰う前の空き缶を舌で嘗める前のまだそのなかに焼き鳥が入っている前の、まだその空き缶がサントリーのウィスキーとセットだったということにまで戻そう。
その子の母親はアルコールを一日にリットルを飲まなければ人生を始めることすら不可能なほどだった。その子の母親はとある部屋にいた。とある部屋は昔、永の字を持つ旦那と結婚して国に剥奪された昔の名字を取り返して名前が元に戻ったばかりだった。
第三者をどこまで知性のある存在か見極めることが、当方、困難であるため、明瞭にしておこう。
その子の母親は、私の母親と肉体関係があった。
その子の母親は自分の子供を受け入れがたいことと、男が生活費を寄越さないことと、後はなんだったか。とにかく私の母親に告白していた。それが悪であると彼女は理解していた。私の母親は全てを受け入れた。
ねぇもっと飲もうか。
私の母親は彼女の社会で負った傷を癒すことはなかった。脳や肝臓や、とにかく身体を壊すことに注力した。私たちの家で泥酔して意識を失った彼女の身体が私の初体験だった。
どこを触っても流動的、まるで人体に触れている気がせず、そのぼってりとアルコールで膨らんだ薄い桃色のブロイラーのごとき腹部に手を添えて……あぁ、こんなことは書く必要がないだろう。わかるだろ? 第三者が今まで見たり読んだりしたどこかの官能シーンと似たものを繰り返す愚は犯さない。ここで怒りを覚える第三者は全くもって正しい。ここで目眩く情事が描写されるに違いないと考えて第三者は一度自分の性欲観について点検しなおした方がいいと助言させてもらう。
ではまた時間を進める。孤独なその子は家に帰ってくるはずだ、母親だからと信じていたに違いないが、それはことごとく裏切られる。というのも、さらに時間を戻し、私にまだ永の字があったころのこと。
私は父と二人だった時間がある。2週間、よりも多かった。1月もなかったはずだ。家を出ていった私の母親の脚がまともに動かなくなるまで、自分の拳が彼女の抵抗で爪を立てられて血が滲んでいるのも構わず、父親が彼女を痛め付けていた。
私も、何度も痛い思いをした。その点では私の母親はアルコールで身体を自壊させていく女を止めないだけであり、まだマシだったといえるかもしれない。
サラダボウルに厚さの不均一なきゅうりとプロセスチーズだけという晩飯のことを覚えている。父はスーパーで弁当を買っていたのでたしか白身魚フライをわけてくれと言った。
たんぱく質ならあるだろ
チーズは苦手なんだ
そうか、でも食え
はい
チーズと唾液がまざりあい粘液めいたものが口内に広がる。きゅうりの水分で流した。
ふざけた目をしていると父は私をぶん殴る。父ともそれ以来会っていない。
im 古新野 ま~ち @obakabanashi
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