第36話 星空の約束

 様々な装飾で彩られた、普段と違う学校の中を俺は歩く。すれ違う生徒たちは、皆一様にゾンビやら魔女やらの仮装をしている。かくいう俺も、ドラキュラ伯爵の仮装をしていた。


 目的の教室に着き、中に入る。そこには、同様に仮装をした乃愛たちがすでにいた。


「遅いぞ、兄者。饗宴はもう始まっているぞ!」


 そう言いつつも、乃愛は魔王の仮装で無邪気に笑っている。


「悪い、ちょっと用意に時間がかかったんだ」


 すると、乃愛の隣で純白のドレスを身に纏った雫が前に出てきた。


「ちゃんと来るんでしょうね? もしこれで来なかったら、あなたの力不足を原因にするわよ」


「大丈夫だって、ちゃんと来るから安心しろ」


 執拗に気にする雫にやれやれと思いつつ、他の二人を見る。目を向けた先には、猫耳カチューシャを付けた叶と、マジシャンの格好をした海斗がいた。


「何だ、叶は結局それにしたのか」


「無理やりさせられたのよ……何も言わないで」


 ツッコまれたくないのか、叶は視線を明後日の方向に向けた。そんな叶の様子に興味を示したのか、海斗がニヤリと笑う。


「いいじゃん。やっぱりそれが一番似合ってるってー」


「そんなこと言われても嬉しくないわよ!」


 叶が噛みつきそうな形相で海斗を睨みつける。そんな光景を面白いと思いつつ、俺は皆に言った。


「それじゃ、行こうか」


「うむ。そうであるな。ここからが、本当の饗宴である」


 俺の言葉に乃愛が頷き、俺たちは教室を後にした。



 廊下を歩きながら、俺は一週間のことを思い出す。


 テレビ塔でのフィアとの激闘から、一週間が経つ。


 フィアを倒したあの後、俺たちは警察にある程度の事情を話した後、病院まで搬送された。皆怪我は酷かったものの、後遺症が残るようなこともなくすぐに退院することができた。


 テレビ塔での事件は瞬く間に世界中に広まり、それは今でも続いている。幸い、俺たちの情報は伏せられ、犯人であるフィアの自害によって事件は幕を閉じたと、世間的には報道されている。


 フィアについて、これは後から知ったことだが、警察に身柄を渡された後、未だに意識が戻らないという。詳しい原因は一切わかっていないが、医師の判断によると、脳死に近い状態だという。なぜそのようなことになったか、一つの推測として、フィアが呼んでいた結晶が失われたことによる副作用ではないかと俺は思った。


 俺たちが殺してしまったのではないかと一抹の不安を覚える。けど、同時に目覚めないでくれていて助かったという気持ちもあってしまう。もし仮に、意識を取り戻したら、今の技術では、正体不明の『エラー』を止める手段がないんだ。そうなれば、再びフィアが暴れることになり、また罪のない人々が死んでしまうことになる。


 よくわからない感情に飲まれそうになるが、あの時彼女のためにフィアと止めたことは、決して間違いじゃないことだけは確かだ。



 3階の廊下奥にある、使われていない教室に辿り着く。普段ここには立ち寄る生徒はいないため、この時も人影はなく、また装飾の手も回っていなかった。


 中に入ると、事前に準備していた物が目に入る。後は、彼女が来るのを待つだけだ。


 皆何も言わず、ただ壁に掛けられた時計をじっと見つめている。そして、その時がやってきた。誰かがつばを飲み込む音の後、教室の外から足音が聞こえてきた。それは、真っ直ぐにこの教室へと向かってきている。


 やがて、足音は教室の入り口前で止まる。俺含め、皆がドキドキしているであろう中、そのドアがゆっくりと開かれた。


 彼女が姿を見せた瞬間、俺たちそれぞれ持っていたクラッカーを鳴らした。



「「「「「誕生日おめでとう!」」」」」



 5つのクラッカーが一斉に鳴り、やってきた金剛舞花の目を驚きに見開かせた。


「…………え?」


 金剛は事情が飲み込めていないようで、キョトンと俺たちを見ている。そんな金剛に乃愛が近づき、花束を金剛の前に掲げた。


「舞花、誕生日おめでとうなのだ!」


 乃愛は花束を手渡そうとするが、金剛はなかなか手を伸ばさない。


「誕生日……私の?」


「私が皆さんに教えたのよ。舞花ちゃん、自分の誕生日のこと、すっかり忘れてたわね」


 遅れるようにして、鳴上さんが中に入ってくる。


「鳴上さん……」


 金剛は驚いた顔をする。自分の誕生日のことなど、当に忘れてしまっていたようだ。


 俺は鳴上さんから事前に金剛の誕生日を聞いていた。偶然にも、ハロウィンイベントである10月31日の今日は、金剛の誕生日でもあるという。それを知った俺たちは、鳴上さんにも協力をお願いし、サプライズをすることに決めていたのだ。


 しかし、状況を理解しても、金剛は困惑したままだった。


「……何で? 私はあなたたちにひどいことをしてきた。私のほうからあなたたちを突き放した。それなのに、何で? 何で私なんかのために……」


 金剛の困惑した疑問に、乃愛は花束を抱えたまま笑ってみせる。


「舞花が例えどれだけ我らを突き放したとしても、ここにいる皆は誰も恨んでなどいない。舞花が苦しんでいたことは、皆わかっていたのだ。そんな舞花を助けたいと思う気持ちはあっても、恨むなどという気持ちなど絶対にない」


「それでも! 私のせいで、皆たくさん傷ついた! 一歩間違えれば、死んでいたかもしれない! それなのに、そんな状況を作った私を許せるの⁉」


 美柑の瞳は不安で揺れている。自分がしたことは、許されないと思っているんだ。でも、それは違う。俺たちは誰も金剛が悪いだなんて思っていない。だって俺たちは、


「許す許さないの話ではないないのだ。だって、我らは舞花を助けたくて、自らの意思で動いたのだから」


 そうだ、皆気持ちは一緒なんだ。助けたいと思ったから行動した。ただそれだけで、そこに金剛が悪いかどうかなんてない。


「う、うう……うわぁぁぁぁぁ‼」


 泣き出した金剛を、乃愛は優しく抱きしめる。


「辛かった! 苦しかった! もう誰も信じられないと思っていた! でも、一人になろうとした私を、あなたたちは助けようとしてくれた! 最初は信じることができなかった……けど、信じたいと思ってしまった⁉ だからこそ、純粋に私を助けようとしてくれたあなたたちを突き放し、傷つけてしまったと気づいた時、私は私を許せなかったの……‼」


 金剛が胸の内にとどめていた感情を溢れ出させる。今の金剛の根底にあったのは、俺たちを傷つけてしまったという罪の意識だったんだ。


「辛かったな。でも、もうその不安を抱える必要はない。例え舞花が我らに迷惑をかけたと思っていても何ら問題ない。だって、友達に心配をかけるのは、普通のことだ」


 乃愛は金剛を抱きしめる力を強める。金剛の中で溜め込まれていたこれまでのこと含めた全てが、今吐き出されている。乃愛はただ、じっとそれを支え続けていた。



 金剛が落ち着いた後、俺たちは改めて誕生日パーティーを開始した。それぞれ、話したいことを話していく。好きな食べ物は何だとか、趣味は何だとか、そんな友達がするような普通な話も含めてだ。


 金剛は一番に自分を心配してくれた雫に対し謝り、それからたくさんの話をした。雫の表情には安堵と優しさが溢れていた。


 けど、この場で金剛を一番に祝福していたのは鳴上さんだろう。ずっと心配して、後悔もあったんだろう。金剛を救えなかった後悔。けど、それも今日で終わり、鳴上さんの目には涙が滲んでいた。


 最初はぎこちなさがまだあった金剛も、皆と話していくうちにすっかり自然体になり、あの時見せてくれた満面の笑みをまた見せてくれたのだった。



 すっかり冷え込む季節になった夜、俺は乃愛と一緒に屋上に出た。下の教室では、今も金剛の誕生日パーティーが続いている。


「うむ。魔の時間だというのに、人間たちはまだまだ目覚めているようであるな」


 乃愛がグラウンドに集まる生徒たちを見て怪しく微笑んでみせる。


「まあ、ハロウィンも年に一度のイベントだからな」


 俺は乃愛の隣に立ち、同じように下を見下ろした。ここからでも、賑やかな喧騒は聞こえてくる。


「それで、こうして呼び出しのは何でだ?」


 パーティーの真っ最中だというのに、乃愛から話があるとこうして呼び出された。一体、何の話なのか。


「うむ。実は兄者に聞いてほしいことがあってな」


 乃愛は一度俺を見た後、その視線を夜空に向けた。俺もつられて顔を上げると、雲一つない夜空に、いくつもの星が瞬いていた。


「この世界には、理由はそれぞれ違うが、『エラー』という異能の力によって苦しめられている者がたくさんいる。『エラー』を持つことで苦しんでいる者もいれば、『エラー』を持った相手に苦しめられている者もいる」


 俺は黙ってそれに頷く。梶原たちは『エラー』を持つことで、同じ人間から苦しめられた。金剛は『エラー』を悪用するフィアによって苦しめられた。乃愛の言うように理由はそれぞれ違うが、共通して『エラー』が根底にある。


「しかし、『エラー』そのものをなくすことは、おそらく我には不可能だ。だから――」


 乃愛が俺を見る。その目には、確かな決意が宿っていた。


「我は今も苦しんでいる者たちを、少しでも多く救いたい」


 俺は乃愛の決意を頭の中で反芻する。『エラー』で苦しんでいる人なんて、きっと数え切れないほどいるだろう。そんな数え切れない人たちを、少しでも多く助ける。素晴らしいことだが、学生であり子供である俺たちには身に余ることだろう。


 でも、それが何だ。最初から無理だ・無謀だとか言って諦めるのなんて、逃げだ。


 誰でも、無謀と思える願いを持つことはあるだろう。願いを持つだけなら誰でもできる。だから、実際に決断し行動に移すにはとても勇気のいることだ。


 それに、無謀ともとれる乃愛の決意は素晴らしく、誇れるものだ。何でそこまで見ず知らずの他人のために頑張れるんだと思う人もいるかもしれない。でも、誰かを助けたい・救いたいという願いは、決して間違いじゃないはずだ。


「そっか。なら、俺はそんな乃愛の願いを一緒に叶えるよ」


 だから俺は、乃愛の願いに賛同する。


「……よいのか? こんな我に、兄者は付き合ってくれるのか?」


 乃愛の不安な問いかけに、俺は笑ってみせる。今更何を言ってるんだ。


「この前、確かに約束しただろ。俺はこの先、乃愛とずっと一緒にいるって」


 乃愛とずっと一緒にいる。そして、乃愛の願いを一緒に叶えていくんだ。


 星空の下、乃愛は三日月を背にし、その一言を告げた。


「ありがとう‼ 京介お兄ちゃん‼」


 感謝の言葉とともに、乃愛は最高の笑顔を見せてくれるのだった。

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ありのままの妹より ぽんすけ @pon16210

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