第35話 奇跡くらい掴み取ってみせる

「……っ⁉ だめぇぇーーーー⁉」


 叶の叫び声とともに、背後からおぞましいほどの殺気を感じた。俺は背後に誰がいるのか気づきつつも、回避が間に合わないと悟った。しかし、


「なっ――」


 フィアは攻撃を中断し、その場から飛びのいた。何が起きたのか確認しようとすると、ちょうど近くの地面にナイフが突き刺っていた。おそらく、あのナイフのおかげで助かったんだ。でも、誰が?


 俺はナイフが飛んできたであろう場所を振り向く。そこには、金色の髪を流した金剛が立っていた。


「金剛⁉」


 俺は金剛が無事だったことに安堵した。今の攻撃は、俺を助けてくれたように思える。


「フフフ、舞花ちゃん、無事だったのね」


 フィアは金剛が無事だとわかったことに、むしろ喜んでみせる。


「奥原京介……」


 しかし、金剛はフィアを見ずに俺を見ていた。心なしか、その目は不安に揺れているように見える。


「金剛……?」


 乃愛が遅れてやってきて、現れた金剛に安堵しつつも、その様子に困惑している。今の金剛は何というか、垢抜けたように見える。


「奥原京介、私はあなたを……信じてもいいの?」


 俺の真意を伺うように、緊張と怯えが含まれた声音で金剛は語りかけてきた。


 なぜそんなことを突然聞いてきたのか。わからないことはあるし、困惑もする。でも、金剛のその問いに答えることだけは簡単だった。


「ああ。俺はお前を助けるためにここにきた。だから、信じろ!」


 この一言に迷いなんていうものは一切なかった。金剛に何があったのかわからない。けど、それを知るのは別に今じゃなくてもいい。金剛が信じたいと言ってくれたなら、俺も金剛を信じるだけだ。


「……そう」


 本当に短い一言だった。けど、それだけで金剛の安心感が伝わってくるかのようだった。


「……おかしいわね。あたしの知っている舞花ちゃんは、そんなこと間違ってでも言わないはずよ」


 不機嫌な声が再び場に緊張を走らせた。見れば、フィアが苛立たしげに俺たちを睨んでいた。


「おかしい、おかしい⁉ 舞花ちゃんはあたしに憎しみをよせてきなさい! それこそが、あなたという人間でしょう⁉」


 狂人のようなフィアの発言に、しかし金剛は反応を示さなかった。それを見たフィアは、ついに怒り狂ったように氷柱を発生させた。


「兄者、下がってるのだ!」


 乃愛が前に出てきて、グラムを手に氷柱をなぎ倒していく。その隙に、金剛が俺のもとにきた。


「京介。時間が惜しいから単刀直入に伝える。私の『エラー』は時間の巻き戻し。先も一度その力を使って、この時間まで巻き戻した」


「時間を、巻き戻した⁉」


 突然告げられた金剛の『エラー』に、思わず戸惑ってしまう。そんな俺をひとまず無視してか、そのまま事実を告げてくる。


「先の時間、フィアの大規模な攻撃でテレビ塔ごと崩壊させられた。私たちはそんなフィアになすすべもなく殺されかけた…………これを聞いても、あなたは私を信じられる?」


 最後の一言が一番言いたかったことだろう、その声音は固かった。けど、俺はもうすでに金剛を信じている。


「信じるよ。だから、その巻き戻しの力について、もっと詳しく聞かせてもらっていいか?」


 金剛は驚きつつも、すぐに頷いてくれた。


「巻き戻しの力には、二つの制限がある。一つは、巻き戻せる範囲が極端に短いこと。最長でも20分くらいが限度。そして、これが大事な二つ目。一度巻き戻した地点より前の時間に巻き戻すことは不可能ということ」


 俺はそれを聞き、内心で整理した。つまり、一気に巻き戻すことはできないし、今より過去に巻き戻すことも、すでに不可能になったということか。


「わかった。教えてくれてありがとう。おかげで、かなり戦いやすくなる」


 さっきまでの絶望的な状況に、光明が差しこむかのようだった。けど、金剛の顔は険しかった。


「でも、この力があっても、あいつの氷は厄介。何より、あいつは不死身だから倒す算段が思いつかない」


 金剛の気持ちはわかる。俺も、依然としてフィアを倒す方法は思いついていない。


「それでも、今はやるしかないんだ。それに、金剛は今一人で戦っているわけじゃない。俺と乃愛もいれば、きっと活路は見つかるさ」


 ただの希望的観測かもしれない。でも、金剛が一緒に戦ってくれるだけで、気力はいくらでも湧いてくる。


「わかった。私も全力で戦う……ありがとう」


 最後にお礼を言って、金剛は乃愛の加勢に向かった。俺はそんな金剛を見つつ、すぐに自分にできることを考える。


 俺は乃愛のような『エラー』を持たないし、金剛のような戦闘技術を持たない。あるのは、心を読む力だけ。なら――、


(読むんだ、フィアの心を……!)


 フィアの心を読み、その攻撃パターンや思惑を読み取れ。動きを先読みして、乃愛と金剛に伝えろ。それが今俺にできる、最善の手だ。


 できる、できないじゃない。やるしかないんだ。例え脳が擦り切れようとも、フィアの心を読み解け! 掴め! 



『――……い、……が……⁉』



 ……⁉ 見つけた、そこか⁉ 俺はフィアの黒く淀んだ心を手を伸ばす。その正体を暴くために。


(そこだぁぁーー‼)



『許さない⁉ 先にあの坊やから殺してやる……‼』



 攻撃の矛先が自分に向かってきていることに気づき、俺はその場からすぐに横に飛んだ。次の瞬間、足元から氷柱がせり上がってきた。


「何っ⁉」


 フィアの驚いた声が届く。そんなフィア目掛け、乃愛のグラムが襲う。すんでのところで氷柱を盾にするが、すぐさま横から金剛の刀による一閃が迸る。その一撃は浅く、フィアは氷柱を発生させ後退する。二人から距離を取るための行動に思えるが、それは違う。


「乃愛、氷から出てくるフィアは偽物だ! 本命は足元だ!」


 俺がそう叫ぶと、乃愛は疑うことなくその場から飛びのき、遅れて突き出された氷柱を回避する。その間に、金剛が偽物のフィアをいとも簡単に両断した。


「……⁉ 二人とも、フィアは上だ!」


 乃愛と金剛は同時に上を向き、気をうかがっていたフィアを捉える。俺はそんな苛立しげな顔をするフィアと目が合った。


(お前の心はもう読めているぞ!)


 心だけじゃない。フィアが今抱いている焦りや苛立ちもすべて感じ取れる。


「本当に許さないわ⁉ 坊や……‼」


 怒りの感情とともに、フィアは天井に手を付け、そのまま剥ぎ取るようにして氷の塊となった天井を落とそうとした。心を読んでからは遅く、回避不可能なほどの大規模な攻撃だったと思う――本来なら。


「吹き飛べ‼」


 乃愛が事前に構えていたグラムを引き抜き、黒い衝撃波がフィアごと天井に叩きつけられた。天井は粉々になり、パラパラと破片は降ってくるだけにとどまる。


「助かったぞ、金剛よ」


 乃愛が隣の金剛に礼を述べる。


 氷の天井が落とされた未来を、金剛が巻き戻しの力によって防いでくれた。巻き戻った先で、フィアが俺に注意を向けている中、金剛は自身の力を乃愛に説明してくれたようだ。


「あれだけの言葉で、信じてくれたんだ」


 金剛が驚きとどこか嬉しさが混じった声で言う。そんな金剛に対し、乃愛は笑みを見せる。


「当然である! 困っている者がいれば助けるし、その者の言葉は信じる!」


 乃愛は言い切ってみせるも、金剛の瞳は揺れていた。


「あなたも京介も、何でそんなに簡単に信じてくれるの? 裏切られるとは思わないの?」


 その問いに、乃愛は砕けた天井を睨みつつ言う。


「困っているということは、その者は苦しみの渦中にあるということだ。そんな苦しみを抱えて、誰かの助けを求めている者の言葉を信じるなというほうが、無理である。もし仮に、信じて裏切られても、我はそれを後悔しない。手を差し伸べないで一人安息の地に逃げるより、手を差し伸べて裏切られるほうがよっぽどいい」


 その言葉から、乃愛の固い意志が伝わってくる。そうだ、乃愛は例えどんな理由があっても、困っている人を助けられる人間なんだ。彗星高校での一件も、乃愛を否定していた生徒たちを助けた。


 見返りなんて別に求めない。ただ、困っている人を助けたいと思うのが、乃愛なんだ。


「わかった。なら私も、もう余計なことは言わない」


 そう言って、金剛も意識を切り替えるかのように刀を構えた。直後、俺は叫んでいた。


「二人とも、避けろ⁉」


 何が起こるか伝える暇がなかった。危惧したことはすぐに起こり、空いた天井の穴から氷柱の雨が降ってきた。数が多いため、乃愛のグラムでも全てを消し飛ばすのは無理だ。


 二人が回避した場所に、まるで針山のように無数の氷柱が突き刺さっていく。


「っ⁉ 京介⁉」


 金剛が氷柱の雨を無視して俺に駆けてきた。氷柱の雨に紛れて、フィアが頭上から俺目掛けて氷の槍を突き刺してきた。間一髪のところで金剛に助けられ、槍は空を貫いた。攻撃はそれだけにとどまらず、着地と同時に氷の波が押し寄せて来る。


「ちっ⁉」


 金剛がさらに距離を取ろうとするものの、波の勢いのほうが早い。波が俺たちを飲み込もうとした刹那、グラムの黒い衝撃波が氷の波を途中で破壊し、進行が止まった。


「イライラするわね⁉」


 フィアはが感情を表に出し、乃愛を睨みつける。フィアの注意が、乃愛に向けられた。


「京介。このまま戦っていても、たぶん私たちが先に力尽きる。だから、京介の力を使って、あいつから読み取ってほしい心、いいえ、記憶がある」


「記憶だって? 待て、俺の力は心を読むだけで、記憶までは読めないぞ⁉」


 辛うじてこの場はフィアの心を読めるようにはなったものの、記憶と心は違う。戸惑う俺に対し、金剛は首を横に振って見せる。


「あなたは先の未来で、私の感情に寄り添ってくれた。その時、私の過去も読んでいるように見えた。多分、相手がその時に考えていることに関することなら、少しでも記憶を覗けるのかもしれない」


 それはつまり、相手が過去に起きたことを思い返すように、俺はその思い返している過去も見ることができるということか? 心を読むから逸脱したような力にも思えるが、やってみる価値はある。それに、なぜ金剛がそんなことをお願いしてきたのかわかる。


「お願い。私があいつを揺さぶって、あいつが不死身の『エラー』を得た時のことを思い返させる。もしかしたら、そこに何かヒントがあるかもしれない」


 俺は予期していた金剛の考えに頷く。あいつの不死身を何とかするには、そこに活路がある可能性が高い。


 金剛が氷の陰から飛び出すと同時に、俺はフィアの心を読むことに集中した。


「舞花ちゃん⁉ あなたももういいわ、さっさと殺してあげる!」


「ならそうすればいい。でも、お前にはできない。不死身なんていう力を持ってしても、あなたは私たちに勝てない」


 さっそく、金剛は不死身のことを交えてフィアを挑発する。それに反応しているのが、感情を読むことでわかる。


「勝てない? あたしが? 笑わせないで⁉ あなたたちがあたしを殺せるはずがないじゃない⁉ あたしは不死身なんだから!」


「その不死身の力は、本来お前の力じゃない。それをさも自分の力であるかのように振る舞うのは、ひどく滑稽」


 フィアの感情が膨らんでいくのを感じる。それは感情を読まなくてわかり、目に見えてフィアの顔が歪んでいく。


「これは私があの人間を殺して得た、私の力よ! 私にこそ相応しい力よ!」


(……かかった!)


 俺は脳に負荷がかかることも恐れずに、さらにフィアの心の奥底を覗き込んだ。そして――、


「……⁉ がはっ……ぐっ」


 その光景を見た瞬間、吐き気に襲われその場に跪いてしまった。


「京介⁉」


 金剛が心配げな声を上げるものの、それに反応できる余裕はなかった。フィアの記憶を覗いて見えたものは、フィアが誰かの人間をばらしている光景だった。唐突に見せられたそのショッキングな光景は、さすがに耐えられるものじゃない。けど、


(見つけたぞ……⁉)


 確かに、活路を見つけた。おそらく、これが最後の希望だ。


「ごめんなさい。私の無理なお願いのせいで、辛い思いをさせた……」


 後退してきた金剛が申し訳なさげに顔をよせてくる。俺は首を横に振る。金剛は悪くない。俺もまさか、あそこまで生々しい光景を見ることになるとは思えなかったから。


「大丈夫だ。それより、見つけた。あいつを倒す手段、それは多分、ここだ」


 俺は自分の左胸を指差す。金剛は目をまん丸に見開いた。


「あいつが虹色の結晶と呼んでいたもの、あれがあいつの体内に取り込まれる時、確かにここに吸い込まれていった」


 虹色の光だけが頼りで、肉眼では確認できないほどの『モノ』が確かにフィアへと吸い込まれていくのが見えた。


「結晶自体を壊せば、不死身の力も消える?」


 俺はそれに肯定も否定も返せない。結晶がどういう風に体内にあるのかさえわからない。むしろ、レントゲンなどでもその影すら見つけられないから、もしかしたら、完全に一体化している可能性さえある。それに、問題はそれだけじゃない。


「例え体内に形があっても、それはおそろしく小さい」


 それをピンポイントで狙うとなると、嵐の中で針に糸を通すような至難の業だ。金剛の巻き戻しの力があれば、試行回数は稼げるかもしれないが、すぐにこちらの意図に気づかれかねない。そうなったら、今度こそ終わりだ。


「それしかないなら、私はやる。例え可能性がわずかしかなくても」


 金剛は俺の出した活路に、強い意志を宿らせた目で頷いてみせた。


「……金剛」


「大丈夫よ、京介。こんな時くらい、奇跡を頼りにしてもいいでしょう。それに、私にとっては、京介たちと出会えた時点で奇跡みたいなこと。なら、最後の最後まで、奇跡が続いてもいいじゃない」


 俺は金剛に驚いた。その言葉にもだが、何よりもその顔に驚いた。


 金剛は笑っていた。今まで見せなかった金剛の笑顔を、ようやく見れた。その笑顔に、純粋に美しいと思えてしまった。


 金剛だって、普通の女の子のように笑えるんだ。それが、今日この日までは、フィアの呪いによってできなくなってしまっていた。


「わかった。なら俺も、全力で金剛のサポートをする!」


 やってやる。ここまできたんだ。奇跡くらい、掴みとってやるさ。それにもう一度、金剛の笑顔を見たい。そのために、フィアという呪いを倒すんだ。


 金剛が俺に一度頷くと、その場を駆けた。俺は金剛を見送りつつ、フィアを睨む。あいつの隙を見つけること、それが俺の役目だ。


「乃愛、私に協力して!」


 金剛が乃愛の名前を呼ぶ。乃愛は俺たちの作戦を聞いてはいないものの、何か策があることは瞬時に理解してくれたようで、力強く頷いてみせる。


「はああっ!」


 乃愛がグラムを振るい、フィアを牽制する。氷の盾で防がれていくものの、その間に金剛はフィアへと肉薄していく。


「無駄!」


 しかし、そう叫んだと同時に、数十本はあろうかという氷の剣がフィアを囲むように並んだ。それは瞬く間に飛び散り、金剛と乃愛を襲わんとする。


 金剛は刀を使いつつ、身のこなし一つでその全てを回避していく。フィアまで、残り5メートルほどになった時だった。


「金剛! ダメだ、下がれ⁉」


 フィアの心を読みとり、今まさに巨大な氷柱がせり上がろうとしているのがわかった。けど、金剛は俺の言葉よりも先に急ブレーキをかけ、後ろに下がっていた。


「ちっ⁉」


 フィアが苛立ちげに俺を睨みつつ後ろに下がった。その瞬間、巨大な氷柱が地面を割って出てきて、互いの視界を塞いでしまう。


「離れるのだ!」


 乃愛の言葉に金剛が下がる。それと同時に、グラムの黒い衝撃波が巨大な氷柱に衝突する。激しい突風とともに氷柱は砕けるものの、衝撃波の勢いは収まることなくその先にいるフィアを襲う。その瞬間、俺はすぐさま後ろを振り返り叫んだ。


「金剛、今だ!」


 振り向いた先に、本物のフィアが氷の剣を俺の心臓目掛けて突き刺してきた。けど、全部読めてる! 俺は躊躇いや恐れを捨て、剣をすんでのところで回避し、フィアの右腕を自分の腕で絡めとる。これで一時的に動きを止められた。


「こいつっ……っ⁉」


 フィア気づいた時には遅かった。あっという間に肉薄した金剛は、刀を水平に構えたまま、一点だけを見据える。そして、その切っ先がフィアの左胸を貫いた。


 フィアが血を噴き出し、一瞬力尽きたかのようにうなだれる。しかし、


「フ、フフフ、無駄ってわからないのかしら?」


 刀を掴み、フィアは絶望を与える笑みを浮かべる。


(これでもダメなのか……⁉)


 届かなった……⁉ 歯を食いしばり、悔しげに顔を歪ませてしまう。


「……⁉ ごぼっ……⁉」


 しかし、突如フィアが二度目の吐血をした。その顔には焦燥がにじみ出ている。


「がはっ……な、何で……⁉」


 フィアの心から何かに対する怯えの感情が伝わってくる。腕を離し俺自身も戸惑っていると、静かに金剛が口を開いた。


「お前が取り込んだという結晶。それは確かに私が貫いた」


 それを聞いたフィアは、何を馬鹿げたことをというように苦笑する。


「結晶って、私にもどこにあるかわからないものを、ごふっ……どうやって、見つけるのよ」


 結晶は肉眼で確認できない大きさのもの。だから、この作戦も賭けだった。けど、金剛は確かに手ごたえを感じている様子だった。


「さっき、お前が巨大な氷柱を発生させた時、私が時間を巻き戻す前の未来では、お前は氷柱に飲み込まれ、その体が真っ二つに割れたわ。その時、その左胸から確かに輝く『モノ』を視認できた」


 金剛の告白に、俺は息を飲んだ。あの時、金剛は時間を巻き戻す前に結晶の場所を確認していたのか。フィアの氷を利用して。


「時間を巻き戻すだなんて、どうりで……でも、場所がわかったところで、そんな簡単に狙えるかしら?」


「場所さえわかっていれば狙いは外さない。それがこの2年で身につけた私の技術の一つ」


 金剛は刀を引き抜こうとする。決着はこれで着いたと思った。


「フフ、フフフ……⁉ まだ、まだよ! こんな最後許さないわ……⁉」


「……なっ⁉」


 フィアは金剛の腕を掴み、瞬時に凍りつかせた。それは瞬く間に肩へと浸食していく。


「金剛⁉」


 手を伸ばすも、間に合わない……⁉ 氷が金剛の首元まで浸食しようと――、


「ぎゃああああ⁉」


 フィアの手は払いのけられ、乃愛のグラムによって吹き飛ばされる。そのまま壁に激突し、動かなかった。


「大丈夫か、金剛よ⁉」


 すぐさま振り向き、乃愛は金剛を見た。氷は首元に到達することはなく止まっていた。


「大丈夫。ありがとう、乃愛」


 肩まで凍らされつつも、心配ないというように金剛は言う。


「悪い。最後の最後で油断した……っ」


 危うく取りかえしのつかないことになるところだと思うと、わずかに生まれてしまった油断に後悔してしまう。


「最後のあれは私にも予想外だった。だから京介、自分を責めないで」


 金剛が安心させるように微笑む。


「うむ。何はともあれ、やつを倒すことができたのだ。なら、今はそのことを喜ぼうではないか。せっかく、力を合わせて終わらせることができたのだからな」


 金剛と乃愛の言葉に俺は頷く。後悔はあるものの、フィアを倒せたことは事実だ。


 時間にしてみれば数時間にも満たない戦いだったかもしれない。それでも、俺たちにとっては何よりも濃い時間だった。


 傷に傷を重ねた末に、俺たちはようやくフィアを倒すことができたんだ。その事実を、今はただ噛みしめるのだった。

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