交錯して振動する
場面は教室へと切り替わる。
―――――――――――――――
帰りの支度をしながら私は、広に声をかけた。
「広って鈍感で、それでいて周りに流されるタイプだよね。」
流されて、仕方なくって感じ。
「え、そう?」
「うん。今日の委員長決めの時に確信したよー。あはは」
「痛いとこつくよなー、花って。」
あはは、と笑った後、前もって準備していた話題を振る。
「ねえねえあのさ、涼ちゃんのことどう思う?」
質問の意味が分からないという顔をこちらに向ける。
「いやぁ、涼ちゃんってかわいいじゃん。広の好みのショートカットだし、何より美人だし!」
広は『ああ、なるほどな』って顔をする。ほんとにわかりやすいな、広は。
「かわいくて、確かにショートカットはタイプだけど、いいやつの印象が強いかな。高校からの友達だとあいつが一番仲いいかも。」
確かにねと相槌を打った後、ここで本命の質問を投げかける。
「涼ちゃんがもし告白してきたらどうするの?」
こんなのもう、核心をついてるようなものだ。でもさすが広。ここでも鈍感さをいかんなく発揮する。
「どうするの?ってどうもこうもないだろ、花がいるんだし。それに純がいるのに俺に告白なんて無い無い」
やっぱり質問の真意は汲み取らない。予想通りの答え。いつも通りの結果。
広はいつになったら涼ちゃんの気持ちに気づくのだろうか。気づかされた時に場に流されず断れるのだろうか。広には到底無理な課題だ。
そして私は今日もあきらめる。
「まあそっか、幼馴染ってすごい憧れだもんね。それより涼ちゃんと浮気なんてしたら許さないからねー?」
了解、と軽い返事をする広。その返事に嘘はないけれど、意味もない。
この問題は自分で解決するしかない。私はそう決めた。
解決しそうになければ、私が我慢すればいいだけだから。
そして場面はもう一度切り替わる。
―――――――――――――――
一通り行為の済んだ純也と涼は、同じベッドで横になっていた。暫くの沈黙ののち、俺は話を切り出した。
「なあ、俺たちが最初にヤった日、1年の夏のこと覚えてる?」
涼は、その名の通り涼しげに答える。
「当たり前じゃん、純也には悪いけど人生の中で最悪な一日だもん。純也がいなかったらどうなってたか、なんて考えたくないくらい。」
涼は小学生のころいじめにあっていた。顔の大部分が隠れるほどの長い前髪に、内気で根暗な性格。貞子だなんて言われることも多々あった。一時期不登校にもなり、自暴自棄になっていたあの頃の涼を救ったのは、当時同じクラスだった広だった。自分を守ってくれたその存在に涼は恋をした。
いじめの元凶から離れるため中学は私立を選択したものの、そのことがかえって広への思いを強めることとなった。高校は広と同じところを志望した。広の好みがショートカットだと知れば、躊躇なく髪を切った。すべてを捧げるほどの思いをもっていた。
そんな彼女を、彼女の広に対する恋心を俺はそばでずっと見ていた。
―――――――――――――――
だけれど、広くんが選んだのは花だった。私は選ばれなかった。
どうして、ねぇ、どうして。見た目に気を遣った、髪は好みに合わせて短くした、気さくな性格になろうと努力した、ほかの子から告白を受けても、すべてを断った。
それなのに、それなのに私は――。
あの夏の日、『広と付き合うことになって花火大会に誘われた』という花からのLINEを見たときに、私は自分を見失った。自分が壊れていく音が聞こえた。何かに縋っていないと自分が消えてしまいそうだった。
そして私は純也の、幼馴染のやさしさを利用した。
――――――――――――――――
「あんなに泣く涼、あのとき初めて見た。」
そういって俺は涼の頭をなでる。
「人生であれだけ泣いたことなんて、ほかにないから。」
そういって涼は俺の胸に顔をうずめる。ふわっとシャンプーが香る。いつもの匂い。そして俺も今、同じ匂いを共有している。それだけで自分のすべてが満たされている。俺は至極単純な生き物なのだと実感する。
涼、お前は俺に助けられたと思っているかもしれない。でも違うんだ。お前が必要とする存在の中に、少しでも自分が入っている喜び。それが、それだけが自分の存在を肯定してくれている。
だからそんなに広くん、広くんって呼ばないでくれよ。なんて願いは徒労に終わることを俺は十分すぎるほどに理解しているつもりだ。
俺の目には白い天井だけが映っている。
「やっぱ主人公はあいつなんだよな・・・」
意味のない台詞をつぶやいて俺は目を閉じた。
名もなき衝動。 心 凪 @grandma
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