自己嫌悪

「そうだ、なあなあ、広」


 放課後、教室で勉強していた時、純が耳元でささやいた。どうした?と言葉を返す。


「お前らってシたの?」


「ごふっ」


 飲んでいた水をのどに引っ掛けた。


「あらーまー、お盛んねぇ」


 純は顔をニヤニヤで染めていた。


「なんだよ急に、気持ち悪いな。」


「いや、知的好奇心というかなんというか。健全な男子高校生なんだよ、俺だって。んで、どうなのよ?」


「いやま、高校生だし、付き合って長いし、まあなくはないよ・・・」


 動揺してしどろもどろになってしまった。


「でも3年の間は受験もあるし、1年間は我慢ってことにしてるけど」


 そういうと純はニヤニヤからニコニコへと表情を変えた。なんだなんだ、不幸話の類だと思っているのか。不躾で嫌味な奴め。


 俺は純に対抗するかのように不敵な笑みを浮かべながらこう言う。


「まあクラスは同じだし、別に付き合ったのだってそれがメインではないから、我慢なんて余裕だよ、余裕。」


「言い切るねぇ・・・この俺、平純也に誓って絶対守れよそれ。ほかの女子とも絶対すんなよ。絶対だかんな!」


 はいはい、当たり前だろ、と適当に返事を返す。丁度そこへ図書館へ行っていた花と花村が戻ってきた。


「やっほーい、進んでる?」


「俺まだ終わってないけど、花もまだ?」


 そーなのーとうなだれて言う。でも難しかったところ解けるようになったんだ、と今度は笑顔を浮かべる。ほんとに表情がカラフルなやつだ。


 そこへ花村が気の利いた台詞を言う。


「どうせここからは2人きりがいいんでしょ。純也、先帰りましょう。」


 ばいばい、と帰宅のあいさつをして2人は教室を後にした。


 ―――――――――――――――


「あの2人、もう最後まで済んでるってよ」


 夕日が照らす帰り道。もう少しで日が暮れるその時に俺は、その事実を唐突に、脈絡もなく、涼に伝えた。


「はあ、それはそうだろうと思っていたけれど。何、それ本人に聞かされたわけ?」


「わざわざ聞いたんだよ」


「何のためによ。」


 本当に困惑しながら俺に問う。

 好奇心だよ、と吐き捨てるように言う。でも本当は違う。わざわざ言ったのは涼、お前に理解してほしいからだ。


 あー、むしゃくしゃする。どうにかしたくとも自分にはどうしようもないこの状況に不快感を覚える。これがもどかしいって感情なのか俺には判別しかねるし、分類も、分別も出来やしない。

 だけど1つ確かなのは――俺は涼に対して幼馴染以上の特別な感情を抱いているということだ。


「あのさ、今日母さん居ないだろ。・・・いい?」


「・・・うん。じゃあうちでお風呂入りなよ。」


 りょーかい、そう返事した俺は卑怯だろうか。愚かだろうか。

 こんな関係、あいつらには言えないな。


「いう必要もないか・・・」


 そうつぶやいた時には日はすっかり暮れていた。



 ―――――――――――――――


 私、花村涼には父親がいない。私が中学に上がりたての頃、不倫がばれて離婚して家を出ていった。

 悪い父親だ。自分のことしか考えていなかった。私はある事情で私立の中学に行っていたから生活は苦しくなった。その時にお世話になったのが、幼馴染の純也とその家族だった。仕事の量を増やした母の代わりに食事を作ってくれて、ほぼ毎日ごちそうしてくれた。それでも過労からノイローゼ気味になった母に『いつでもいいから』と言ってお金を貸してくれた。勉強だって無駄に頭のいい純也のおかげで塾に通わずに済んだ。


 以前から仲は良かったのだけれど、それ以来、家族が増えたと錯覚できるほどにかかわりを深めていった。


 だからこそ高校1年生の夏、私と純也は歪んだ関係になってしまった。純也の優しさを利用してしまった。

 私たちは幼馴染で、そして――セフレだ。

 私は広が好き。純也はに教えてくれないけれど、あいつにも好きな人がいる。それでも私たちはやめられないし、止まれない。


 この関係に後悔は少しだけ。

 それでも赦されることを望んでいる私は、最低の人間だ。

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