第48話

 その日、僕はただひたすらウニルに拒絶されるだけで終わった。このクソ生意気なトカゲ鳥様は、僕がいくら頼んでも、餌をあげても、涙目で懇願しても、微笑みかけても、恫喝しても、事情を話しながら涙目で土下座しても、まるで相手をしてくれなかった。少し近寄るだけで、あるいは触れようとするだけで、クチバシや脚で攻撃してきた。防御力の高い訓練用のマントのおかげで大きなケガは負わずに済んだが、かすり傷はいっぱい出来てしまった。


「ウニル、お願い! 早良君を乗せてあげて! ワッフを助けるために」


 山岸も懸命にウニルに頼み込む。しかし、彼女の姿が見えているのかいないのか、ウニルはまるで無反応だった。なんとなくだが、見えているのにあえて無視してる感じだった。


 なお、山岸はヌー学科の授業を受けていたはずだったが、軍用レ・ヌーについてはまだ勉強しておらず、この件に関してアドバイスはできないということだった。


「ごめんね。教科書とかちゃんと全部読んでればよかったんだけど……」

「いいよ。たぶん、こいつには教科書に書いてあることは役に立たないだろうから」


 そう、だからこそ、こんな僕にお鉢が回って来たんだろう……。


 夕方になるとアニィとルーが厩舎にやってきた。クラウン先生から事情を聞いたということだった。


「あんた、本気でレースに出るつもりなの? 今からワッフの代わりなんて、絶対無理でしょ」

「ヨッちん、危ないよ。軍用レ・ヌーのレースはたまに事故で死んじゃう人もいるって話だよ」


 二人とも実にもっともな意見だ。特にルーの言葉はずしりと胸に来た。そうか、素人が下手に乗りこなせたとしても、それはそれで危ないんだ。


「だ、大丈夫だよ。このマントがあればさあ……」

「それ、訓練用でしょ。本番で着れるわけないじゃない」


 アニィはとどめをさすように言う。そんな……。やる気がどんどんそがれていく。


「だいたい、話がおかしいでしょ。なんであんたがレースに出て優勝することが、ワッフが助かる条件になってるわけ? 全然関係ないじゃない」

「それは、その……学園長がそう言ったから……」

「それよ! きっと学園長は、あんたに無理難題を吹っかけて、体よく追っ払っただけなのよ。本当はワッフを助ける気なんて、最初からないんだわ」

「そ、そうなのかな……」


 またなんてことを言うのでしょう、この赤毛の魔女っ子は。やる気が一気にどん底になってしまう。


「早良君、しっかりして! 例えそうだったとしても、優勝したら彼が助かることには違いないわ。そういう約束だもの」


 そ、そうだ! 無理難題とかそんなことで尻ごみしてる場合じゃない。もう他に手段はないのだから。


「いいんだ、それでも。今の僕にできることは、これしかないから」


 とりあえず少しでもデキる男をアピールするために、今日一日親睦を深めたウニルに近づいた。当然のごとく、攻撃された。何の進歩もない……。


「これじゃ、レースに出場することすら無理ね」


 アニィはため息を漏らした。


「ヨッちん、あんまり無理しないでね」


 ルーはおもむろに僕に豆の入った袋を手渡した。差し入れ、なんだろうか? 


 やがて、二人は向こうに行ってしまった。日もとっぷり暮れ、夜になると僕も寄宿舎に帰ることになった。本当は夜通し特訓をするべきなんだろうが、ウニルを休ませる必要があったからだ。


 寄宿舎に戻る途中、ちょうと学園の校門のところに、仮面の男が立っていた。クラウン先生だ。


「どうだ、調子は?」


 どうやら僕を待ってたらしい。


「いえ、その……乗ることすらできなくて……」

「だろうな。軍用レ・ヌーは主人を認識し、それ以外を拒絶するように作られている。今のお前ではウニルに触れることすら難しいだろう」


 先生もやっぱりアニィと同じようなことを言うんだな。


「じゃあ、僕じゃ最初から無理ってことですよね。学園長はなんでこんなことを僕に押し付けたんですか? ただの意地悪ですか?」


 思わず弱音が口から出た。だが、先生は「違う」ときっぱり言った。


「学園長は人格にいろいろ問題があるが、そんな中途半端な嫌がらせをする人間ではない。お前が鬱陶しいのなら、お前を正面から叩きつぶしただけのことだろう。彼女がお前に託したことは、相応の意味があるのだ」

「意味って?」

「……それはお前が結果を出せばわかることだ」


 先生はそう言うと、携えていた本を僕に手渡した。レ・ヌーを乗りこなすための教本だった。教本読んでどうこう出来るって感じじゃないけどなあ。気持ちはありがたいけど。


「先生は、その……僕にワッフドゥイヒの代わりが務まると思いますか?」

「さあな。普通の人間なら無理だろう。だが、お前は規格外だ」


 先生はふと、校門のすみを指差した。おととい僕が穴を開けたところだ。今は応急処置のように板が貼られている。


「この学園の門は、昔から学生達の魔法攻撃を受け続けている。遅刻寸前で登校してきて、閉まりかけた門を破壊しようとする者、休み時間に学園の外に出ようと、門を破壊しようとする者……。動機は様々だ。そして、門は学生に破壊されるたびに強化魔法によって堅牢さを増して行った。最後にこれが破壊されたのは今から百年以上も前の話だそうだ。もはや、これは絶対に壊れるはずのないものだった。それをお前は壊した。これは規格外と言うほかない」

「え、そんなすごいものだったんですか?」


 それにその来歴。昔の学生達、どんだけ素行悪いんだよ……。


「第三詰所の牢もそうだ。あれも、この門ほどではないが、並の術者ではまず破壊できない。それを、お前はあっさり壊した。お前はやはりおかしい。不可能も可能にできるかもしれないと、思えるほどにな」


 知らなかった。あのへっぽこ攻撃魔法がそんなすごいことをしてたなんて。「すごい、早良君。先生に褒められてるよ」山岸が微笑みながら言う。


「まあ、いずれにせよ、今回の件はお前の努力次第だ。……頑張れよ」


 先生はそう言うと、すたすたと夜の闇の向こうに去って行った。

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