第47話

「な、なんで無理なんですか? 学園長はこの竜都で一番偉いお方なんでしょう? だったら……」

「無理なのは私があれを助けられるかどうか、ではない。あれ自身に助かろうとする意志があるかどうか、だ」

「え……」

「あれは死にたがっている。自ら望んであの場所にいるのだ。私が助ける義理などない」


 フォルシェリ様は不愉快そうに眉根を寄せた。


 確かに、今のあいつは……。そう言われると何も言い返せなかった。ゆうべ、実際にその様子を見てきたところだから。


「早良君、ここで引いちゃだめよ」


 と、山岸が僕にささやいた。そうだ、ここで引いたら何もかも終わりだ。何のために、お菓子まで買ってここまで来たっていうんだ。


「でも、そこをなんとかお願いします! なんでもしますから!」


 僕は精いっぱい頭を下げた。


「ほう……なんでも、か」


 フォルシェリ様はふと、僕に近づいてきた。そして、僕の額に手を当てて、少しの間目を閉じ、やがて「なるほどな」とつぶやいた。


「お前はやはり規格外の存在のようだな」

「はあ……」


 まあそれは認めるけど。この世界の作者兼脇役キャラだし。


「いいだろう。お前のその申し出、特別に受けてやらんこともない」

「本当ですか!」

「ただし、条件がある。お前には今度の竜蝕祭でワッフドゥイヒの代わりにレースに参加してもらう。そして、そこで優勝するのだ」

「え……ええええ?」


 僕がワッフドゥイヒの代わりにレース? しかも優勝?


「む、無理ですよ、そんな! 僕があいつの代わりなんて……」

「お前は言ったはずだぞ。なんでもすると。それに、あれを助けたければ、あれが本来果たすべきだった仕事を肩代わりしろと、私は言っているだけだ。筋は通っているだろう?」

「は、はあ……」


 そうかなあ。なんか違うような気がするんだけどなあ……。


「早良君、何怖気づいてるの! これはチャンスよ!」


 山岸が煽ってくる。


 確かに、これはまさに、どん詰まりだった僕達の前に差しこんできた、唯一の希望の光明なのかもしれない……。すごく不安だけど。


「わ、わかりました。僕が彼の代わりにレースに出ます……」


 顔の筋肉がひきつるのを感じながら、必死に笑顔を作った。


「我が学園の代表として出場するのだからな。無様な姿を晒すのは許さんぞ。もちろん、私がお前の願いを聞くのはあくまで優勝のみだ」

「はい……」


 どうしよう。レ・ヌーになんて、乗ったことすらないのに。



 それから僕はクラウン先生に事情を話して、当日まで授業を休んで猛特訓することになった。祭りが終わった後、たっぷり補習を受けると約束させられて。あと、昨日の一件での反省文も……。


 テティアさんによると、ワッフドゥイヒが乗るはずだったレ・ヌーは特別な「軍用レ・ヌー」というものだそうだった。二歳の雌で、名前はウニル。まずはテティアさんに案内されるがまま、彼女?のいる厩舎に向かった。


 ウニルは薄暗い厩舎の隅でうずくまっていた。普通のレ・ヌーよりは一回り体が大きく、首には銀色のベルトのようなものを巻きつけていた。


「これは竜魔素ドラギルアクセルよ。レ・ヌーがより速く飛ぶためのものなの」

「アクセル? もしかして、こいつって作りものなんですか?」

「そうね、半分くらいはね。速く飛ぶためにいろいろ体を改造されているのが、軍用レ・ヌーだから」


 なるほど。サイボーグみたいなもんなんだな。


「ウニルだっけ? 今日からお世話になるよ。よろしく」


 とりあえず、僕はそのサイボーグのトカゲ鳥に挨拶した。すると、いきなり、足で砂をかけられてしまった……。


「ウニルはワッフドゥイヒ専用に調整が終わってるの。今は彼以外を騎乗者として認めないわ。再調整しない限り」

「そうなんですか。じゃあ、早く再調整とやらを……」

「それがねえ、今からだと一カ月くらいかかるのよね」


 なにそれ! お祭り終わってるじゃん!


「他に乗れるような奴はないんですか?」

「ないわねえ。軍用レ・ヌーは高価だから、この学園にも彼女一羽だけなのよ」

「こ、こいつだけ?」


 そいつはまさに目の前で、僕を険悪なまなざしで睨んでいる。どう見ても敵と認識された気配だ。


「まあ、フォルシェリ様があなたに白羽の矢を立てたのだし、たぶん何とかなるんじゃないかしら? ウニルと仲良くしてあげてね」


 テティアさんは微笑んで言うと、訓練用のマントを置いて、さっさと向こうに行ってしまった。まるで他人事。ものすごい丸投げだ。


「早良君、この子ってすごく速いって評判なのよ。乗りこなせれば優勝も無理じゃないと思うわ」


 山岸もまた大それたことを軽く言う。


「乗りこなせれば、ねえ……」


 試しに、ウニルの頭に手を伸ばしてみると、思いっきりクチバシで噛みつかれてしまった。痛い! こんなのを乗りこなすなんて、本当に出来るんだろうか? 竜蝕祭まであとたったの四日しかないのに。

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