第43話
こいつ、なんで……なんでこんな惨めになってるんだよ……。
その無力で打ちひしがれた有り様を前にして、胸がキリキリと痛んだ。彼の感情が理解できないわけじゃない。むしろ、すごくよくわかる。でも、それでも許せなかった。こいつは「主人公の中の主人公」じゃなかったのか? どんな逆境にも折れない、強くて傲慢なやつじゃなかったのか? それがどうして、こんなふうに暗がりでめそめそしてるんだ? そんなのおかしいじゃないか……。
「わ、悪いのは君じゃない。君を取り巻く運命だ」
自然と、こんな言葉が口から出た。
「そして君のその運命ってのを決定してしまったのは、実は僕なんだ。聞いてくれ、ワッフドゥイヒ。僕はこの世界の人間じゃない。遠くの世界からやってきた。そして、ちょっと不思議な力でこの世界の運命に干渉できるんだ……」
「君が? 世界の運命に干渉?」
「ああ……」
正直、本当のことを話すのはものすごくためらわれた。でも、ちゃんと言わなくてはいけないと思った。
「ぼ、僕は、つい出来心で願ってしまったんだ。君が僕の目の前からいなくなることを……。僕は君が妬ましかった。君は僕にないものをたくさん持っているから。だから、君のそういうところを見る度に、僕は自分がいやになった。だから、君がどこか遠くに行かないかって願ってしまって……それで、君の運命はこういうふうに決定されてしまったんだ」
「……そんな荒唐無稽な話を信じろって言うのか?」
彼は鼻で笑った。
「本当だよ! 信じてくれ、全部僕のせいなんだ!」
「違う。俺がここにいるのは、君とは全く関係のない因果からだ。それがたまたま君の願いと重なっただけだろう。よかったじゃないか。思い通り、俺が目の前から消えることになって」
彼は冷笑した。
どうして、こんなこと言うんだろう……。
信じてくれないのはしょうがないと思った。実際むちゃくちゃな話だし。でも、だからって、そんないじけた言葉を吐くなんて。
「ワッフドゥイヒ、自暴自棄になってないで、早くここから出るんだ。君は、僕なんかと違って、優秀だ。死んでいい人間じゃない――」
「僕なんか、か。ヨシカズ、君はまだそんなことを言うんだな」
「え?」
「俺に言わせれば全く逆だよ。俺なんかのために、なぜ君はそんなに必死なんだ? 君はフェトレを二度も救った。危険を冒してこんなところまでやってきた。何が『僕なんか』だ。びっくりするぐらいすごいことをやってのけてるじゃないか……」
「そ、それは、世界の運命に干渉――」
「そんな空想で君は自分の価値から目をそむけてるのか。バカだな。君は自分を無力だと言うが、じゃあなぜ、あの時俺に体当たりした?」
「あのとき?」
「宵闇の陽炎達に絡みつかれて、もうダメだってときさ。君が俺に体当たりして助けてくれた。でも、君はあの時知らなかったんだろう、自分に彼らを倒せる力があるって。それなのに、君は前に出た。それはまさに、君の勇敢さの現れじゃないか」
「勇敢? 僕が?」
いくらなんでもそれはないと思った。そんな言葉とは最も遠い所にいる人間に違いないはずだから……。
「あのときは無我夢中だったんだ。それだけだよ。僕はその、いつも逃げてばかりの臆病な奴だよ……」
「その臆病な奴が身一つでこんなところにやってきたっていうのか?」
「そ、それは……」
言われてみれば確かに、今までの僕ならこんなことはできなかっただろう。そもそもやろうなんて考えもしなかったはずだ。
「……僕は思ったんだ。君ならこうするだろうって。絶体絶命の誰かを助けるためなら、警吏兵団の詰所に忍びこむくらいはやってのけるだろうって。だから……その――」
僕はそこで言葉に詰まってしまった。本当にどうして僕はこんな大それたことをしてしまったんだろう。見つかったら僕も処刑されるかもしれないじゃないか。急に怖くなった。
と、そのとき、
「早良君、大変! 見張りの兵士がこっちに来るわ!」
山岸が入ってきた。
見張りだって? すぐに壊れた扉に耳をつけた。すると、確かに向こうから鼻歌交じりに歩いてくる男がいるようだった。声からして、さっきの見張りの若いほうのようだ。
「……誰か来るのか?」
ワッフドゥイヒがようやく身を乗り出してきた。僕はうなずいた。
「ヨシカズ、ここは俺が騒ぎを起こしておとりに――」
「大丈夫だよ。あいつには僕は見えてないから」
「本当か?」
彼はちょっと信じられないというふうに言った。
「本当だよ。でも、扉を壊しちゃったから、不審に思われるのは間違いないだろうね。うまくやりすごさないと……」
と、そこである作戦を閃いた。
「そうだ。あいつには僕が見えないんだから、今からあいつのところに行って、後ろから殴って気絶させちゃおう。それで、服を剥いで、君がそれを着て変装すれば、うまいことここから出られるんじゃないか?」
それはとてもベタでありがちだったが、素晴らしいアイデアのように思えた。だが、ワッフドゥイヒは「バカなまねはよせ」と、そんな僕の作戦を一蹴した。
「俺のことは構うなと言ったはずだ。君は早くここから逃げろ。これ以上危険を重ねるな」
僕の活躍などこれっぽっちも期待していないような口ぶりだ。思わずむっとしてしまった。
「な、なんだよ! 僕だって、これぐらいのことはできるんだからな!」
その勢いのままに、外に出て見張りの兵士のところに走った。後ろから「よせ!」と声が聞こえたがガン無視だ。ついでに山岸の「待って!」という声も聞こえた気がするが……。
見張りの兵士は僕達のいる牢からはもうすぐ近くにまで来ていた。その前に躍り出ると、さっそく後ろに回り込む――が、
「お、お前、何者だ!」
彼は僕に気付いて、たちまち、腰の剣を抜いた。
あれ? 僕の姿見えてる……?
「もう薬の効果が切れてるのよ」
山岸が僕にささやく。そうか! あの薬、アニィの説明によると効果時間が短いんだっけ。ワッフドゥイヒとけっこう話しこんじゃったからな、ハハ……。
「貴様、どうやってここに入った? 目的はなんだ? 仲間の脱獄か?」
「え……いや、そのう……」
剣を突き付けられ、しどろもどろになってしまう。額から冷たい汗がにじんでくる。
「おい、どうした? 何かあったのか?」
後ろから年配のほうの兵士も駆けつけてきた。うわ、絶体絶命のピンチだ!
「つ、捕まったら、やっぱり早良君処刑されちゃうのかな……」
山岸は真っ青な顔をして右に左にせわしく飛び回っている。いかにも、おろおろって感じだ。僕も同じ気持ちだ。捕まって処刑されるのだけは絶対に嫌だ……。
と、そのとき、にわかに二人の兵士は電撃に襲われた!
「ぐは……」
二人は一瞬のうちにその場に崩れた。この電撃魔法は……。はっとして、後ろを見ると、ワッフドゥイヒがすぐ近く立っていた。今のは彼がやったらしかった。
「は、早く……逃げろ……」
彼は苦しそうな顔をしてその場に膝をついた。さっきまでとは違い、その腕の手枷は強い光を放っている。
「ど、どうしたんだよ、急に?」
「この手枷のせいさ……。魔術を封印するためのものなんだ。無理に使おうとすると、今みたいに……激痛に襲われる……」
そうか。それでこんなに苦しそうなんだ。
「ヨシカズ、早く、逃げろ……。俺のことはいいから……」
「で、でも……」
「だめだ……君は一人で行くんだ……」
彼はそこで気を失ってしまった。
「早良君、彼の言うとおりだわ。こんな状態の彼を連れて一緒に逃げるなんて無理よ」
山岸が僕の前に降りてきた。僕は少しの間気絶している彼を見つめたのち、無言でうなずいた。
ごめん、後で絶対助けるから……。
彼をその場に残し、出口に向かって疾走した。
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