第31話
彼らが去った後、僕は少しの間そのまま呆然としていた。やはり事態がまったく飲みこめなかった。いったい、さっきのあれはなんだったんだろう……。
と、そのとき、
「……あいつのことは諦めろ」
朝霧の向こうから、一人の男が近づいてきた。黒いローブと、仮面を身につけた人物、クラウン先生だった。
「ワッフドゥイヒにすぐにラーファスを離れるように伝えに来たのだがな。一足遅かったようだ」
先生は僕のすぐ近くまで来ると、彼らの去ったほうを振り返り、重く息を吐いた。その様子から、さっきのやり取りは見ていたような感じだ。
「先生、今のは一体何なんですか?」
尋ねずにはいられなかった。
「あいつがフェトレを殺そうとするなんてありえない。だって、あいつ、この間、フェトレを殺し屋達から守ってたんですよ?」
「そうか。お前はそこまで知っているのだな……」
「はい。フェトレはお姫様なんでしょう。だから、王族と貴族たちの権力争いに巻き込まれて命を狙われたんでしょう? ワッフドゥイヒは全然関係ないじゃないですか」
「残念だが、そうとは言い切れない事情があるのだ」
「事情って?」
「先日、街で捕えられた男達だが、その一人が取り調べの中でこう言った。自分達は銀髪の若者に頼まれて、一芝居打ったと」
「え……」
また寝耳に水な話だ。
「そ、そんなの、おかしいですよ! だって、あいつら、そんな気配は全然――」
「ああ、そうだろう。フェトレもそう言っていた。おそらくそれは、捜査をかく乱するためのだたの出まかせだろう。だが、そういう証言が出た以上、一応ワッフドゥイヒについても調べることになった。すると、彼には、王女殺人に加担してもおかしくない動機があることが判明したのだ」
「動機?」
「……彼の父親は今の王に殺されている。そして、母親も奪われている」
「え――」
またどういうことだろう。さっきから、耳を疑うことばかりだ。
「彼の本来の名は、ワッフドゥイヒ・フォン・ヴァーレだ。代々王室に剣をおさめる名工フォン・ヴァーレ家の出だ。だが、今から七年前、王は彼の母親を欲し、彼の父フォン・ヴァーレに差し出すように命じた。美しい女だったそうだ。だが、フォン・ヴァーレはそれを拒んだ。すると、やがて、フォン・ヴァーレは妻子と共に宮廷に呼ばれ、王室に納めた剣の中に素材をごまかしたまがいものがあるとされ、その場で斬り捨てられた。残された彼の妻は王のものとなり、子供は彼の弟の家に引き取られた。その少年がワッフドゥイヒだ」
「そ、そんなのって……」
聞いてないぞ。あいつにそんな過去があったなんて。僕は作者で、あいつは僕の想像から生まれた主人公のはずなのに。
「彼は王を憎み、復讐を考えていてもおかしくはない」
「でも、だからってあんな男達を雇う理由にはならないでしょう? 復讐する気があるなら、フェトレをすぐに殺せばいいだけだし……」
「王への復讐を最も効果的に実行するために、彼女を完全に自分のものにしておく必要があった、とも考えられる。そのための自作自演の芝居だとすれば、つじつまは合うのだ」
「そんな、めちゃくちゃな!」
「……ああ、全くその通りだ」
先生の低い声が、にわかに怒りで震えた。
「あれは結局、王女暗殺を手引きした黒幕に、その失敗の泥をかぶせられてるに過ぎない。ハメられたのだ。おそらく、ラーファスの警吏衛兵団の中に、黒幕の息がかかったものがいる。あるいは、今ここにやってきたラーファス魔術騎士団の中にも……」
そうか、さっきのあの甲冑集団はラーファス魔術騎士団って言うんだ。
「先生、これからあいつどうなるんですか?」
「王家に弓を引いた謀反人は、通常、ラーファスのような地方竜都では裁かれない。彼は竜蝕祭が終わると同時にフェムート王竜都に送致され、そこで裁きを待つことになる。今の王のやり方なら、おそらく即日処刑だろうが」
「しょ、処刑――」
血の気が引いた。さっきまで僕と普通に話してたやつが、なんでそんなことに……。
まさか……僕がノートにあんなことを書いたから?
そうだ、僕は確かに書いた。「彼は家の事情でラーファスを去ることになった」と。僕としては引っ越しとか親の転勤とか、そういう感覚だった。そういうつもりで「家の事情」という言葉を添えたんだ。
でも、それはそんななまぬるいものじゃなかった。彼の「家の事情」は凄惨で、それによりラーファスを去ることになった彼の未来もまた絶望そのものだった……。
「そんな……そんなつもりじゃ……」
最悪だ。めまいがした。僕は何て事をしてしまったんだろう。
「先生、あいつを助けるにはどうしたら……」
「難しい話だな、それは」
先生は何か深く考え込むように腕を組み、それきり何も言わなくなってしまった。
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