第15話

「君は一体……?」


 僕以外の魔術科の生徒全員がたどり着けなかったところに、なんでこんな小さい子がいるんだろう。


「ぼく? ぼくはね……君という物語のトリックスターかな」

「僕の物語……?」

「そう。主人公の名前は早良義一って言うんだ」

「え……」


 なんでこいつ、僕の名前を知ってるんだろう。


 それに、トリックスターって何だ?


「君さ、小説なんてものを書くくせに、トリックスターって用語の意味、知らないでしょ? トリックスターってのはね、物語をひっかきまわすキャラクターのことだけど、実のところ、作者にとってとても便利な、ご都合主義の塊なのさ。なんせ彼らの売りは気まぐれだからねえ」


 少女はピエロのようなおどけたポーズで言った。


 こいつ、僕の名前だけじゃなく、小説を書いてることも知ってる……? 不気味なものを感じた。僕のことをまるで創作の中の存在のように言うし。


「お、お前、一体何なんだよ!」

「君という物語のトリックスターって言っただろう。それが全てさ。それ以上の答えは君自身が見出すしかない。真実なんて人の視線の数だけあるものだしね。同じ人間でも視線の高さを少し変えるだけで、真実は違って見えるだろう」


 少女は意味のわからないことを言う。高濃度の竜魔素ドラギルのせいで、幻でも見てるんだろうか。


「君はきっと、今いるこの世界は君の創作で、元いた世界が現実だと思ってるんだろう。でも、本当にそうだと言えるのかな? 結局のところ、どちらが本当で、どっちが嘘かなんて、わかりっこないよね」

「お前、さっきから何言って……」

「許容や理解ができないなら、ぼくのことは全て夢幻に思えばいい。しょせんぼくは君が空想できる範囲で可能性を提示してるだけにすぎないからね。本当のことは、ぼくは何一つ持ってないんだ」


 少女はまた微笑んだ。どこか悲しそうな、不思議な笑顔だった。


「でもね、君だってそれは同じだよ。君はこの世界の作者だと思ってるけど、そのわりに、この世界を思うままに出来てないし、知らないこともたくさんあるね? それはつまり……どういうことなんだろうね?」


 少女はそう言ったとたん、にわかに後ろに宙返りした。たちまち、その姿は闇に溶けて消えた。


 なんだったんだろう、いったい……。


 わけがわからなかったが、とりあえずそのまま階段を上にのぼり、元来た道を引き返した。



 小屋の入口まで戻ると、たちまち、たくさんのクラスメートたちに囲まれた。


「すごいな、お前! ルーより潜れるなんて。どこまで行ったんだよ」

「プレートは何番だったの?」


 みな同じようなことを尋ねてきた。そういえば、階段の横には深さに応じたナンバープレートが貼られてて、それを確認して帰るって話だった気がする……。


「ごめん、確認するの忘れてた。一番下まで行ったんだけど」

「マジかよ!」

「すごーい!」


 たちまち、大騒ぎになった。みんなとても驚いているようだった。


 そんなに、驚くことかな……。


 なんだか大事すぎて、怖くなってしまった。早足でクラスメートたちの集まりから抜け出した。


 すると、今度は銀髪のイケメンに捕まった。


「ヨシカズ、本当に最下層まで行ったのか?」

「う、うん……」

「信じられないな……」


 ワッフドゥイヒは品定めするように僕の顔をまじまじと見つめた。そして、ふいに、両手で僕の頬をつねって横にひっぱった。痛い痛い。あわててその手をはねのけた。


「いきなり何するんだよ!」

「……どこにも異常はなさそうだな。普通だ」


 ワッフドゥイヒは一瞬とても驚いたように目を丸くしていた。子供みたいな顔だった。だが、僕と目が合うと、たちまちきりっとした顔になった。


「いいか、ヨシカズ。俺だって本当は、行こうと思えば最下層まで行けたんだぞ。竜魔素ドラギル遮断の術さえ使えば……ただ、それじゃ試験にならないから……」


 と、不機嫌そうにつぶやくと、


「まあ、とにかく、その……一位おめでとう」


 それだけ言って、ぷいっと顔をそむけて向こうに行ってしまった。


 なんなんだ、今のは?


「ワッフは、ああ見えて、かなり負けず嫌いですから。あなたに負けたのがよほど悔しいんですわね」


 そこで、一人の少女が近づいてきた。亜麻色の長い髪をした、白いシンプルなドレスを着た美しい少女、フェトレだ。


「悔しいって……ルーにも負けてるはずじゃ」

「二位と三位ではだいぶ違いますわ。それに、前の試験ではルーにも同じことを言ってましたよ」

「そ、そうですか……」


 意外と心の余裕のないやつだ。……意外と?


 あれ? あいつは僕が創作したキャラクターのはずなのに、なんでこんな、僕の知らない一面みたいなのがあるんだろう?


 そう、僕の中でのワッフドゥイヒはひたすらに万能で、ひたすらにかっこいい青年だった。そういうイメージしかなかった。例え学校の試験でちょっとくらい他者に後れをとっても、子供っぽい言い訳するようなキャラじゃなかった。


 本当にここは僕の創作の世界なのかな? あの少女の言葉がよみがえってきた。それはやはり、とても嫌な気持ちだった。

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